第56話 朝
「……は?」
「だから、セックスしちゃえばいいじゃんって」
「聞こえてる聞こえてる。何言ってんのお前」
耳を疑ったわ、いきなりどうした。
「ヤれば男だって嫌でも意識するだろ」
「究極的過ぎるだろうが! どうやったらそんな考えになるんだ!!」
へらへらと笑う恭平、酔いが回りすぎておかしくなったのだろうか。
「するわけないだろ、馬鹿。付き合ってもないのにいきなり手を出したら、軽蔑されて二度と話して貰えなくなって終わりだ」
「お堅いなぁ、良介。童貞じゃあるまいし、今どきセックスから始まる恋愛なんて珍しくないだろ。家に来るくらい仲良いなら、ちょっとそれっぽい空気を作れば簡単に抱けるかもしれないぞ?」
「ふざんけんな、そんな恋愛は嫌だわ。それに、もし綿岡に受け入れられたとしても、付き合う前にそんなことする女とは付き合いたくない。てか、あいつは絶対に身体を許さない」
「ピュアピュアじゃん、良介」
「普通だろ、お前の抱いてきた女と綿岡を一緒にするな」
「どうだか。真面目そうな顔しても案外えろい女の子は多いからな。その子も彼氏がいたんだから、経験はしてるだろ? 表ではいい顔して裏では性欲に溺れて……いや、顔こわっ、怒らないでくれ、冗談冗談」
肩を小突いてやった。
「お前も俺の地雷を踏んでくるな」
そもそも綿岡はそんなことをする人間ではないし、彼女の生活は、かなりの頻度でゲームをする上にSNSも知っているから、全てを把握しているわけではないが大体わかる。
とてもじゃないけど、裏の姿があるとは思えない。というか、ない。断言する。
「確かに、このやり方は良介には似合わないかな」
その言い回しから察するに、恭平の中では女の子にアプローチする手段の一つとしてあるのだろう。
付き合う前に行為に至る。相田の時もそうだったのだろうか。
考えそうになってやめた。友人の情事を想像したくない。
「正直、お前がやりたいようにやるのが一番だと思うぞ。かっこつけようとせず、愚直に向かっていけばいい。下手にかっこつけても長続きしないしな。良介は偏屈なところはあるけど、良い奴だから。きっと報われるだろ」
「お前、面倒になって投げただろ」
「あ、バレた?」
「お前なぁ」
なおも赤い顔で口角を上げ続ける彼に、眉尻を下げて苦笑する。
極端なアドバイスと無難すぎるアドバイスしかもらえなかったけど、腹の底に溜まっていたものを吐き出したおかげか、スッキリとした気分だった。
#
目を覚ますと、窓の外で蝉がしゃんしゃんと鳴いていた。
「あー……ったま、痛え」
少し酒が残ってる。てか、俺昨日家に帰ってないよな。
周囲を見渡す。隣で恭平が口を開けて寝ていた。くかーくかーといびきをかいている。目の前にはチューハイの缶が散乱して、テーブルの上に転がっていた。
寝落ちしてしまったようだ。
いつまで喋ってたっけ。記憶があやふやだ。窓を見やるとカーテンが開いている。日差しが白い。まだ朝早いらしい。
「お、硲。起きた?」
廊下の方から小寺が歩いてきた。
「おー……おはよ。お前、昨日泥酔してたけど、大丈夫なの?」
「大丈夫、てか硲も人のこと言えないでしょ」
彼はアルコールが抜けたのだろうか。表情がすっきりとしている。いつもの小寺だ。
コップに水を入れて飲んでいたので、俺にもくれと言ったらもう一つ用意してくれた。
喉を潤し、はあとため息を吐く。
「気持ち悪い」
「強い酒を飲むから」
彼は俺の対面にきて座り、まるで部屋の主であるかのようにテレビのリモコンを手に取って、ディスプレイの電源を付けた。
朝のニュース番組が流れる。六時十三分。
「……てか、あれ。俺が強い酒飲んだの、なんで知ってるんだ? 記憶が残ってんのか?」
彼は俺が来て早々に寝落ちした。俺と恭平のやり取りは知らないはずだが。
「実を言うと、起きてたんだよね。酔っぱらいすぎて半分意識はなかったんだけど、会話は大体覚えてる」
「すごいなそれ」
「ぼくが
「勘弁してくれ、てかトイレに行け」
「動くのも辛くて」
照れ混じりに頬を掻く彼に苦笑してみせた。危ない、靴下がゲロまみれになるところだった。
「ごめんね、硲」
「ん? 何が?」
「ほら。あの日、会った時のこと」
「あ、あぁ……」
恭平に全部話したから、一人で解決した気になっていた。
少しは話したけど、小寺は泥酔していたしな。
ちゃんと解決していなかった。
「ラインでも送ったけど、お前が謝ることは何もねえよ。色々と
「いや、そうでもないよ。なんかお酒飲むと、ふと思い出しちゃってさ。硲に嫌われてたらどうしようと考え始めたら暴走してた」
前、課題で徹夜した時も思ったけど、小寺は時折イカれた一面を見せる。
真面目で普段は何事も模範的なふるまいをするくせに。俺たち三人の中では彼が一番ぶっ飛んでる気がする。
「お酒は飲んでも飲まれちゃいけないね」
「本当にな」
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