第53話 最終日
綿岡から返事が来たのは、陽が沈み始めた頃だった。
『そっちに戻るの今日の終電になりそうだから、できないと思う。すっごくしたいけど……ごめんね!』
そのメッセージを見て、『わかった。じゃあまたしよう』とフリック入力で打ち、返信してスマホをテーブルの上に置いた。
まあ、そういうこともあるだろう。
久しぶりに実家に帰ったら、居心地が良くてついつい長居してしまう。明日から平日だけど、綿岡は仕事のはずだが大丈夫だろうか。
今日何度目かわからないため息を吐いて、プレイ途中だったゲームのコントローラを握った。
することが無くて、パピロンのランクマッチに潜っている。
このゲームを買った時は、ランクマッチでSランクに到達するといった明確な目標があったが、今はもう無かった。
下位とはいえ、ランキング表示される順位にいるし、これ以上の順位を目指すのは今の自分には無理だろう。
それでもやっているのは、このゲームをすることが楽しくて好きだからで、それはかつて綿岡とやっていたランドドラグーンと同じだ。
カンストするまでやり込んでも、なお続けイベントクエストをこなし、持っていない装備品類を無課金で可能な限り収集する。
ゲームをしない人にはわかってもらえないかもしれないが、事実上クリアしたゲームをその後も延々とやり込むのが好きだった。
ランドドラグーンも綿岡と二人でやり込んでいたしな。
……考えないようにしても、彼女のことが頭に浮かぶ。
仕方がない、とは思った。
だって今の状況は、四年前をなぞるようにして進んでいる。
四年前は、盆休みをきっかけに一緒に遊べなくなり、最終的には失恋した。
だとしたら、このまま進んでいけば俺は──。
綿岡と橋川が一緒に歩いていた。その事実が起こってしまった以上、今さら俺にはどうすることもできない。
別れた元恋人と会っていただけで、考えすぎだとは思う。
偶然会った可能性も否めないし、何も無いことだって大いに考えられる。
だが、万が一にでもあそこでの出会いをきっかけに何かあったら。
綿岡がこの場にいない以上、今の自分にできることは……何もない。
考えれば考えるほど、心が押し潰されそうになる。
後悔先に立たずという言葉が痛いくらい身に染みた。
#
狂ったようにパピロンを続けていると、日付が変わった。
そろそろ終わるかとコントローラを置く。
ランクマッチを続けていたが、大きく負け越して順位を下げてしまった。こんな日もある。
というか、精神状態が不安定な時にやると大体こうなる。ミスが目立った。
マッチングした野良の味方たち、ごめんな。
凝り固まった肩甲骨を動かすように肩をぐるぐる回す。
シャワーを浴びるかと考えながら立ち上がると、ふと思った。
──綿岡、多分まだ帰ってきてないな。
彼女が帰ってきた時、だいたい扉が開く音が聞こえてくる。それを聞いていない。
まさか、終電に間に合わなかったのだろうか。
気になったので、ラインを送ってみた。
『もしかして、終電に乗り遅れた?』
今度はすぐに連絡が帰ってきた。
『よくわかったね』
『隣の部屋が静かだからな』
『部屋の壁薄いもんね。明日の朝、そっちに帰るよ』
『仕事は大丈夫なのか?』
『うん、始発に乗れば七時前には駅に着くから、全然間に合うよ』
ということらしい。
ここで『少し前に橋川と歩いてたろ? 何してたんだ?』と訊く度胸は無かった。
訊いたところで、どうにもならないしな。
それにもう夜遅い、始発に乗って帰って来るなら睡眠時間はあまり取れないだろう。変に追及して困らせるようなことはしたくない。
早々に会話を切り上げた。これが良くないのかもしれないが。
今度こそ風呂に行こうかとしたら、またラインの着信音が鳴った。
綿岡かと思って見たら違った。
恭平だった。
『今、小寺とうちで宅飲みしてるんだけど、暇なら良介も来いよ』
日付が変わったというのに遊ぼうぜと誘ってくるのは、非常に大学生という感じがするな。
『何時だと思ってるんだ、俺は寝る』
『まだ十二時だぞ?』
『もう十二時な?』
今から飲みに行けば朝まで飲むことは確定だろう。徹夜はきつい。断ろうかとメッセージを打っていると、追加でラインが送られてきた。
『てか、マジで来てくれよ。小寺がお前に嫌われたって凹んでるんだ』
『はぁ?』
そう驚いて返信したが、心当たりはもちろんあった。
コラボカフェに行ってばったり遭遇した時、鋭い目つきであいつを睨んでしまったから。
「……」
ラインですまんとは言ったが、それでは俺の気持ちが伝わってなかったのだろう。たった一文の、簡素な内容だったしな。
そんなことで一々嫌うわけがないのに。女々しい奴だ。人のことは言えないが。
しかし、ここで強硬して断るのはあまりにも心苦しい。
『今から行くわ』
小寺の誤解を解くためにも、重ねて謝る必要がある。徹夜を覚悟して、俺は家を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます