第46話 あの夏を繰り返す
祖母の家の近くにある公園にやってきた。
ゲートボール場に遊歩道、お爺さんたちが日中将棋に励む
小さい頃はよくここに来て遊んだな。
祖母の家は、実家から自転車で二十分程度の場所にある。
中学校の学区とは違うが、高校の同級生の中にはこの辺りに住んでいる人間も何人かいた。
一番下のイトコがタコの滑り台を滑り、それを一番上の子が受け止めている。二人がじゃれているのを、藤棚の下にあるベンチから妹ちゃんと共にほほえましく眺めていた。
「りょうすけお兄ちゃんは遊ばないの?」
「んー、遊ぶぞ。けどな、兄ちゃん体力ないからな。休憩を挟まないと死んでしまう」
男の子二人はどちらも体力がすさまじい。さっきまでサッカーをして遊んでいたのに、今度は遊具の方へ駆けて行き、笑顔を絶やすことなくはしゃぎ続けている。
もう少しゲームで遊びたいと、ここに来ることを渋っていた二人だが、いざ来てみるとどちらも楽しそうだった。
健康的に焼けた肌が眩しい。俺も小学生くらいの頃は、あんな感じだった。
今ではこの通り美白の持ち主だ。美ではないな。不健康な白だ。
隣に座る妹ちゃんは、昨年までは二人と一緒にはしゃいでいたが、今年は俺の隣で彼らを見守っている。
「一緒に遊ばなくてもいいのか?」
「わたしも疲れちゃったから、男子って元気よねー」
ませているなと思った。女の子の方が精神的な成熟は早いって言うしな。
小さな足をぱたぱたとパタつかせている彼女は、さっき自動販売機で買ってあげたペットボトルのオレンジジュースを、少しずつ口に含んでいる。
しぐさといいマジックテープの靴といい、まだまだ子供だとも感じるけど、それでもあの二人よりかは纏う雰囲気が大人だった。
目の前の二人が今度はブランコに走っていった。ブランコを占有し、靴を飛ばしている。どちらが遠くに飛ばせるか競って遊んでいるようだ。
日差しが強い。念のために声を掛けておく。
「二人ともー、水分補給はちゃんとしろよー」
「うん!」「わかってるー!」
三人分、飲み物は買ってあげた。誰か一人でも脱水症状や熱中症になるとおばさんおじさんたちに合わせる顔が無い。
一応保護者だからな。しっかり彼らを見ておいてあげないと。
「りょうすけお兄ちゃん、大変だね」
妹ちゃんが俺の考えていることを察したのか、そんなことを言ってきた。
「全然、大変じゃないぞ」
「本当?」
「あぁ、本当」
妹ちゃんの言う通り、ある程度気を張らないといけないから多少疲れはするだろうが、正直なところ今この時間はかなり癒しになっていた。
というか実家に帰省してからは、全体的に良いストレス発散になっている。
家でだらだらしていても、飯が勝手に出てくる。友達と酒を飲んで駄弁る。可愛いイトコたちと遊ぶ。
盆休みに入る前は、メンタルが不安定になり、体調も死んでいたからどうなることかと思ったが、良い休暇になったなと思う。
明後日には研究室の勉強会があるし、明日には下宿先のマンションに戻るが、もう少し居たいくらい。
お子様が気を遣わなくてもいいんだぞと頭をわしゃわしゃと撫でてやろうかと思ったが、やめておいた。
レディーの髪に気安く触れるのは良くないよな。
立ち上がって、屈伸をする。
「俺ももうひと遊びしてこようかな、晩御飯は焼肉らしいからお腹を減らしておかないと」
今日の寄り合いは晩御飯を食べて解散となる。
昼は祖母たちに男なんだからもっと食べなさいと何度も煽られた結果、かにしゃぶを腹いっぱいに詰め込むこととなった。
幸せだけど、夜も普段以上に食うことになりそうだから、もう少し消化を進めておきたい。
「りょうすけお兄ちゃんが行くならわたしも行く!」
俺が歩き出したら、妹ちゃんも慌てて着いてきた。一人は嫌らしい。
「二人ともきたー!」
「りょうすけ兄ちゃん見てー! ぼく、向こうのタイヤがあるとこまで飛ばす!」
「張り切りすぎて、ブランコから落ちないようにな」
遊んでいるさなか、ふとさっき四人でパピロンをしていた時のことを思い出した。
ログイン中のフレンドを見たときに、綿岡の名前が映った。ログイン日数がしばらく前になっていた。
実家に持って帰らないと言っていたから当然だけど、このお盆の期間に彼女はパピロンをしていない。
彼女は、この盆休みをどう過ごしているだろうか。
高校二年生の夏──綿岡にフラれた夏から、丸四年が経過した。
あの夏は盆休みを機に、綿岡との交流が途絶えた。俺にとってお盆はトラウマだ。
また、早く一緒にゲームしたいな。
昔を思い出して、胸が締め付けられる。もしかしたら、またお盆を境に遊べなくなって、彼女に彼氏ができてしまうかもしれない。
それは……絶対に嫌だ。
小寺の言葉を思い返す。
──捕まえておかないと、すぐに彼氏できちゃうよ。
「りょうすけお兄ちゃん? どうしたの? ぼーっとして」
「いや、すまん。ちょっと考え事してた」
綿岡に対しての負の感情はもう完全に無いと言えば、嘘になる。
彼女との過去を否定する気は無いし、プライドの高い自分も、処女厨の自分も否定しない。
だが今の自分の気持ちも
綿岡を、もう誰にも渡す気は無い。
「頑張るか」
声に出して呟いてみた。だが、その呟きは誰にも拾われることはなかった。
一番上の子が両手に蝉をもって、妹ちゃんと一番下の子を追い回していた。
「助けてー!!」
きゃあきゃあ叫んで逃げ回る二人。
「こらやめろー」
下の子たち二人に抱き着かれた。お兄ちゃんがこちらに突進してくる。
その時、彼がくぼみにつまずき、転びかけた。
「危なっ」
咄嗟に手を差し伸べ、彼の身体を支える。両手の蝉が解放され、飛び立っていく。
一匹がぐにゃぐにゃと不安定な軌道を描いて、俺のおでこに張り付いた。
「うおおおっ、やめろやめろっ!」
頭を左右にぶんぶん振って、蝉を離れさせた。
本気で焦っている俺を見て、三人が爆笑していた。
「笑うなお前ら」
蝉を持ってきた張本人である一番上の子に軽いげんこつを落とす。
「ケガするからやめとけよ」
「はーい」
蝉が飛んで行った方に目を向ける。蝉は見つからなかった。
──あれ。
だが、目に留まる物があった。
自転車を押す若い女性と、横を歩く明るい髪色の男の姿。
息が詰まって、目が釘付けになった。
女性の被る麦わら帽子に見覚えがあった。亜麻色のリボンの付いたシンプルな麦わら帽子。
横顔だったが、見間違えるわけがない。綿岡だ。
そして男の方は──。
俺の記憶の中にある思い出したくない光景。
高校の廊下ですれ違った綿岡と仲睦まじく会話をしながら歩く男の姿がフラッシュバックする。
髪の色も型も違うが、その甘いマスクは間違いないだろう。
俺が失恋する原因となった男──綿岡の元カレだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます