第40話 ペアルック
「あー……」
彼女の提案に、あれを外に着ていくのかと迷ったが、今から行くところはコラボカフェだし、着て行っても何らおかしくはないだろう。
というか、仮に外に着ていくのだとしたら、これ以上ふさわしい機会はなかなかない。
「いいぞ、トイレで着替えてくるわ」
せっかくなので、綿岡の提案に乗ることにした。
──悪くないな。
着替えを終えると、トイレの鏡で自分の姿を確認する。
スキニー愛用者なので、下は今日もスキニーだった。色は黒でプリントTの白と対照的になり、これで外に出ても恥ずかしくはない程度に様になっていた。
トイレから出て、綿岡の着替えが終わるのを待つ。
「お待たせ」
現れた綿岡はオープンショルダーのトップスを脱いで、先ほど購入したばかりのTシャツを着用していた。
あのトップス、好みだったから残念。女の子が肩を出している姿が刺さるんだよな。
機能性皆無の謎の穴、良い。
ただこれはこれで、アリだなと思った。
「どうかな、硲くん」
「いいじゃん、似合ってる」
「ありがと、硲くんも良い感じだよ」
「どうも」
着替えを済ませたので、そろそろ本来の目的地に行こうかとなり、二人して再度エレベーターに乗り込む。
「硲くんのレジ袋とわたしの袋、イラストが違うね」
「本当だ」
オフィシャルストアで商品を購入した時にもらえるレジ袋にはキャラクターのイラストがプリントされている。
レジ袋のサイズによって、変えているのだろうか。綿岡はかなりたくさん購入していたので袋が大きく、プリントされているイラストも豪華だった。
二つのイラストを見比べていると、視界の隅にエレベーター後方についている鏡に映る自分たちの姿が見えた。
その姿を見て気が付いたが、カップルがやるようなペアルックにしか見えない。
鏡の中の綿岡と目があった。
「今のわたしたち、めちゃくちゃペアルックだね」
綿岡も同じことを考えていたようだ。
「色違いのシャツを買えばそうなるだろ」
「気づかなかったよ、なんで言ってくれなかったの?」
「俺も今気が付いたんだよ」
綿岡はすっと俺から目を逸らしてしまった。
こんなことするのはカップルでもバカップルしかしないよな。
照れくさくなってきた。意識しないように平静を保っていたが、耐えられなくて頬を掻く。
エレベーターの扉が開いた。コラボカフェに向けて足を踏み出す。
「まあ、わたしは硲くんが嫌じゃなければ、良いんだけど」
「別に何とも思ってないけど」
「なら、いいかな」
俺が嫌じゃなければそれでいい。
それはどういう意味で言っているのだろうか。綿岡の表情は普段通りで真意は読み取れない。
彼女の発言に酷く心が揺さぶられた。
#
パピロン3のゲーム内には、食事ができるフードコートのようなスペースが存在する。
そこで食事をすることで、一度のゲームで獲得できる経験値やお金が一定時間上昇、モードによってはステータスの上昇など、様々な恩恵が受けられる。
バフの種類と強さは食べる料理によって違うのだが、その中でも特に多くのプレイヤーに親しまれている料理が二つあった。
ゲーム内でもらえるお金が一定時間二倍になる、野菜もりもりカツサンドプレート。経験値が二倍になる鬼野菜盛りカレー。
なぜどちらも野菜なのかというと、パピロンの主要キャラが全員草食動物を模した生き物だからだろう。作中の食べ物は大体野菜で作られている。カツを食っているのは謎だが。
世界観に合わせた料理で、どちらもSNSでは「美味しそうだ」「食べてみたい」という声が多かった。
今回のコラボカフェは、全国にチェーン展開されている喫茶店の一部店舗とのコラボで行われる。
そこでは、この人気料理二種を含む数種類のコラボメニューが提供される。
俺と綿岡は店に入ると、迷わず野菜もりもりカツサンドプレートと鬼野菜盛りカレーを注文した。
「二つ頼んで半分ずつ食べるか?」
「うん、そうしよう」
店員さんに注文と同時に取り皿を頼んで、しばらく待つ。店内の内装はコラボカフェ仕様となっており、BGMもゲーム内のサウンドだった。
客層もパピロンユーザーが中心らしい。俺たちのようにパピロンのTシャツやパーカーを着用している者もいた。
「皆パピロンをやっている人たちかな」
「大半はそうだろうな」
「わたし、リアルで自分と硲くん以外のプレイヤーを見たことなかったから、なんだかそわそわしちゃう」
「気持ちはわからなくもない」
店員さんがコップに入れた水を持ってきてくれたが、そのコースターもパピロン仕様だった。
「すごく可愛い……」
写真を撮る綿岡。彼女を見ながら、今日はたくさん写真を撮ることになりそうだと思った。
俺もパシャリ。
『コラボカフェに来た』
SNSにコースターの写真を添付して呟く。目の前で綿岡が同様の呟きをしていたので、投稿をお気に入りにしておいた。
『女と?』
仲の良いネット友達からリプライが飛んできた。返信しておく。
『友達と』
『お気に入り欄でわかってるぞ』
どこまで見ているんだ。
綿岡はゲーム用のSNSアカウントで、ちょくちょく呟いている。
最近ではAランク到達の記念スクショを上げて喜んでいた。
彼女はリアルのことを呟いていないが、アイコンが自身の後ろ姿の写真(短大を卒業した記念に友達と行ったらしい海外旅行での写真)なので、女性とわかる。
それを見て判断したのだろう。
会話はリプライをお気に入りすることで、強制終了させた。
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