第39話 オフィシャルストアにて

 コラボカフェに行くのは、俺も綿岡も初めて。


 十五分前には目的地に行っておくべきとネットの記事に書いていたから、それを参考に余裕を持ってやってきたけど、持ちすぎてしまった。


「どこか行きたいところはあるか?」


「うーん、微妙な時間だし特にないかなぁ。硲くんは?」


「俺もぶっちゃけない」


 もう少し時間があれば、服屋やカラオケにでも行くかと提案できたが、移動時間も考えると、遊べる時間は少ないわけで。


 コラボカフェの近場で短い時間でも楽しめる場所──スマホで地図アプリを立ち上げ、近くに何があるか探していると、


「ちょうどいい場所があったわ」


「どこ?」


「それは行ってからのお楽しみってことで」


 俺のスマホの画面を覗き込もうとする綿岡。彼女の視界に目的地が映らないようにスマホの電源を落とすと、


「着いてきてくれ」


 と言い残し、目的地へと歩き出した。


 俺が行く先に決めたのは、コラボカフェのすぐ近くにある商業ビルだった。エレベータの脇に、各階層にどんな店が入っているかを示す案内板が掲示されている。


 一階から喫茶店、服屋、雑貨屋、アニメグッズ専門店、最上階にあるのは、


「なるほどね。もうどこに行きたいかわかったよ」


 案内板を見た綿岡は理解したらしい。エレベーターに乗り込む。


「もしかしたら混んでるかもしれないけど、見るだけでも良い時間潰しになるんじゃないかと思って」


 五階に到着して、エレベーターの扉が開く。


 その先には彩色豊かな空間が広がっていた。扉が開いて早々、正面にでかでかと掲げられたロゴが目に留まる。そのロゴは俺たちにとって見慣れたものだ。


 普段ゲームをするときにタイトル画面で表示されるやつで、ここはゲーム会社直営のオフィシャルストアだった。


「こんなお店あるんだね」


 エレベーターから降りたすぐ脇に、パピロン3のキャラクターの大きな置物がある。綿岡はそれを見上げて「わぁ」と驚き、スマホでパシャリと写真に収めていた。


「全国に何か所かあるのを知っていて、この辺にもあるって聞いていたから、来てみたかったんだよな」


 それがたまたまコラボカフェの近くにあった。


 よくよく考えると、アニメやゲーム系のショップって一部の地域に密集している傾向があるから、ここら辺はそういう地域なのかもしれない。


 老若男女、様々な世代の人たちの足音と喋り声でフロア一帯が雑然としている。


「かなり混んでるね」


「だな、けど整理券無しで入れてるから空いている方だぞ」


「これで?」


 ゲームのオフィシャルストアってどこも馬鹿みたいに混んでいる。そこら中人混みでごった返し、レジ待ちの列はさながら蛇の様相をていする。


 まだ人の行き交いがまばらなここは、比較的空いていると言えるだろう。


 人気のゲームグッズが中心に置かれるこのショップは、今はパピロン3の売り上げが好調ということもあり、その関連の商品が多く陳列されていた。


「見てみて、硲くん! このマグカップ可愛くない? 買って帰ろうかな」


「いいんじゃないか?」


「あ、このボールペンも素敵かも。これだったら仕事で使えるし、こっちも欲しい……」


 ゲーム内で登場するキャラがプリントされたグッズたち。


 綿岡が手に取ったものはどちらも魅力的で、彼女の手に持つ籠に吸い込まれていった。


 俺ならそこまでポンポン購入を決めていくのは躊躇ちゅうちょする。社会人の財力、恐るべし。


「俺も何か買おうかな」


 正直、ゲームのグッズが買いたければネットショップを利用すればいいし、ブラウザ上で眺めているだけだと買う気にはならないのだが、いざこうして実物を見ると、惹かれてしまう。


 周囲を見渡していると、目に留まったのはTシャツだった。


「これ、良いな」


 中心にパピロン3を象徴するようなイラストがプリントされたTシャツ、背中側の首元にはゲームのキャラが陰になって小さく潜んでいる。


 デザイン的にそこまで派手ではないし、知っている人間でなければパピロンだとわからないだろう。


 大学に着ていくのは抵抗あるが、部屋着にするにはいいかもしれない。


 値段も二千円ほど。生地も良い。これは買いかな。


「何を見てるの?」


 購入を決意すると、少し離れたところで商品を物色していた綿岡がやってきた。


 彼女のかごの中には人気キャラの小さなぬいぐるみが増えている。


「Tシャツだよ。買おうかと思って」


「へえ、いいね。わたしも一枚買おうかな」


「散財が止まらないな」


「いいの、最近ゲームばかりしてるから、お金を使う機会も少ないし。楽しませもらってるコンテンツにお金を落とさなきゃね」


 ファンの鏡のようなことを言う綿岡に「それはそうだな」と頷くが、俺はそこまで金銭面に余裕はないので、この白いTシャツ一枚で我慢することにした。


 綿岡は俺の色違いである黒バージョンを購入していた。


 レジで会計を済ませると、予約していた時刻まで後二十分ほどとなっていた。


「ねえ、硲くん。せっかくだし買ったTシャツ、二人で着て行かない?」

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