第30話 日替わり定食三〇〇円

『そういえば雛ちゃん、結局お金取り戻せなかったんだって。色々調べて見たり、聞いてみたりしたらしいんだけど、ダメそうで』


「そうか、それは残念だな。悲しんでたろ」


『それがそんなことも無くてね。むしろ清々しい顔をしてたよ。友達にもちゃんと謝れたらしくて憑き物が落ちたみたいだった』


 ベーカリーレストランで朝霞を説得した翌週の土曜日。


 昨日の夜、朝霞とディナーを食べに行ったらしい綿岡から、事の顛末てんまつを聞いた。


 やっぱり無理だったか。


 俺がその感想を抱いたのも、帰ってからクーリングオフについて調べていたからだった。


 連鎖販売取引の際、消費者が契約を締結した場合でも、法律で決められた書面を受け取った日から数えて二十日以内であれば、契約解除することができる。


 朝霞の契約はどう考えても二十日を超えていただろう。


 大金を失い消沈しているかと思ったが、そうでは無いようで安心した。


『また硲くんにもお礼がしたいって言ってたよ』


「全然気にするなって言っといてくれ」


 俺が彼女を説得したのは、主に綿岡に頼まれたというのと、興味と好奇心からってのが理由だからな。純粋に彼女を救いたいという気持ちからの行動ではなかった。


 恩を感じられると、むしろ罰が悪い。


 ただいま午前十時半過ぎ。朝からパピロン3をプレイしていたら、ログイン中だと気づいた綿岡から連絡が来て、そこから一緒にやっている。


 お互いがプレイ中なのを見たら、とりあえずラインを入れて誘ってみるというのが常になっていた。高校生の時と同じだ。


 ここまで気軽に誘える友人の存在がいるというのはありがたいな。


 前持って予定を立ててゲームというのも悪くはないのだが、したい時に一声でできる人間がいると労力を使わずに済む。


 ゲーム好きとして嬉しい存在だ。綿岡じゃなくてもな。


『硲くん、一匹大きいのが裏から回ってるよ』


「大丈夫、見えてる」


 今プレイしているのは、ランクマッチではなくカジュアルに楽しめる別モードだ。


 こっちのモードでは、ゲーム内でアイテムの強化やコスチューム・武器を買うのに必要なお金が多く集まる。


 ゲームも対人戦ではなく、わらわらと湧いてくる敵モンスターを一掃するといったもので、難易度やハイスコアを競う制度が実装されている。


 内容も飽きるものではなく、爽快感があって楽しい。難しいモードではやりようによっては、ゲームオーバーになることもある。ランクマッチをやらずに、こちらばかりプレイしている人もいる人気モードだ。


 ちなみに、このモードも五人プレイ。俺と綿岡+どこぞの誰か三人でやっている。


 大体五回やったら一回はゲームオーバーになっているのだが、今回は味方運に恵まれたこともあり、難なく勝てた。


 リザルト画面に移るとお金が加算されていく。


『お金貯まった! これで新しい武器が買える』


 ん~~っと電話越しに伸びをする綿岡。


 ネットで強いと評判の武器を買いたいから頑張ると今朝から意気込んでいた。


 彼女は未だにBランク帯で停滞している。新しい武器を練習して、早くAランクに上がりたいらしい。


 俺もかなり貯まったな。


 朝一から二時間くらいやっていたが、楽しくお金を貯めることができた。コスチュームでも買うか。


「そろそろ抜けるかな。キリもいいし、俺、大学に行かなきゃいけない」


『土曜日なのに大学あるの?』


「研究室の勉強会があるんだよ、すごく面倒なんだがな」


『大変だね』


 研究室の勉強会自体、強制参加ではないのだが、出席率が非常に高い。


 なぜかというと、勉強会に参加していると先輩たちと仲良くなれる。先輩と仲良くなっていれば、試験の過去問をもらえたり、勉強を教えてもらえたりする。


 後、うちの研究室は縦の繋がりが非常に強く、勉強会に就職したOBがやってくることもある。それだけではなく、簡易的な企業説明会を開きにそのOBの勤め先の人事の方もやってきたりする。


 参加して顔を売っておいて得なことが多いのだ。研究室に配属された当初、サボらないほうがいいといろんな先輩から言われた。


『わたしもそろそろ終わろうかな』


 テレビとゲームの電源を落として、コップに入れていた麦茶を飲み干す。


「綿岡はこの後は何をする予定なんだ?」


『うーん、特に何も。買い物行ってお昼ご飯を作ろうかなって感じかな。硲くんはご飯食べてから行くの?』


「いや、学食で食う。夏休み期間は学食が安いんだよ。なんと日替わり定食三百円」


『え、すごい。めちゃくちゃ安いね』


「ちなみにご飯と味噌汁のおかわりが無料だ」


『破格すぎる、なぜそんな値段に』


「うちのキャンパス、長期休暇は人が集まりにくいんだよ。サークル活動も盛んではないし、立地が山の上だからな。休み中にわざわざ来てくれた人にはサービスをしようということでこの値段らしい」


『へー』


 夏休みに大学に用事がある日は必ず学食を利用する。この価格帯で腹いっぱい食わせてくれるのは、学生の強い味方だ。


『その学食って学外の人でも食べられるの?』


「あぁ、誰でもOKなはずだぞ。部活で来た他大の人たちが食べてるところを何度か見たことがある」


『それならわたしも食べてみたいかも』


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