第26話 化粧とお洒落で女は化ける
「でも、顔を見て話した方が何事も伝わるでしょ?」
「それはそう」
「じゃあ、会うしかないよ」
両手で口を覆い息を吐く綿岡。友達を助けるために最善を尽くす。優しい奴だなと彼女を横目で見下ろしながら思う。
本当、良い女だわ。マジで。
「正直、怖がることはないと思う。朝霞以外の誰かが来たとしても、話を適当に聞き流しておけば良い。暴力とかは百%ないだろうから」
「流石にそこまではわたしも考えてないけどね。……そうだね、なるようになるか。隣に硲くんもいるし大丈夫でしょう」
俺も昨日の夜、たくさん動画サイトで動画を見て勉強してきた。
論破まではできる自信はないが、揚げ足なら取ってやる。
綿岡には悪いが、好奇心が膨らんで今少しワクワクしていた。
待ち合わせ場所である駅前のドラッグストアにやってくると、既に朝霞はその場所にいた。
「あっ、優菜ちゃん! こっちこっち!」
店の入り口の脇にスマホを弄りながら立っていた彼女はこちらに気づいて手を振った。
綿岡に小声で訊ねられる。
「他に誰もいないよね?」
周囲を見渡すが、朝霞以外のマルチ会員と思しき人物は見当たらない。
「見た限りではな」
俺がそういうと綿岡は胸を撫でおろし、「雛ちゃん!」と応え、朝霞に駆け寄っていった。
両手を繋いで、久しぶりと再会を喜んでいる。女の子って感じの絡みが目の前で繰り広げられている。
しかし、朝霞。高校時代と印象が全然違うな。綿岡とは対照的に昔より髪が短くなっている彼女。アッシュカラーのメッシュを入れている。
綿岡に垢ぬけたと言ったが、彼女の方が露骨に抜けた。
髪が短くなった分、そしてノースリーブを着用しているせいか、地味で大人しかったのが、ぱっと見明るい印象を覚える。
女って化粧とお洒落を覚えると、すっごく化けるよな。朝霞を見てそれが身に染みた。
朝霞が俺の存在に気づいたので、軽く会釈をした。
「どうも、お久しぶり」
「硲くんも久しぶり」
「すまんな、俺も来ちゃって」
「ううん、いいよいいよ」
何も気にしていないという様子で笑顔を向けてくる朝霞。本当に変わったと思う。高校時代の彼女はこんな自然な笑みを男には向けなかった記憶がある。
見た目も明るくなって、釣られて中身も明るくなったのだろうか。外見は内面の一番外側っていう。間違いではないかもしれない。
もしくは、マルチに勧誘するカモが来たと喜んでいるだけかも。
ちなみに、彼女がマッチングアプリで出会った相手かどうかは、朝霞本人の顔を見てもわからなかった。
少し前のことだから、彼女のアイコンがどうだったとか覚えてないしな。
あと、マッチングアプリは皆顔を盛っているからわからん。俺も盛ってる。
立ち話をするのも通行の邪魔になるので、予約していたレストランに移動することにした。
店は事前に綿岡が予約していた。自家製焼きたてのパンが食べ放題のベーカリーレストランだ。
……綿岡、パンが好きすぎる。
連絡を取った当初、朝霞が店を予約してくれるといったらしいが、綿岡が自分がすると断ったらしい。
正しい判断だと思う。朝霞はマルチ商法にハマっている。どこに連れていかれるかわからないしな。
店に到着すると、人気店のようで少しだけ待ち時間があった。
「三名様でお待ちのハザマ様」
「おい、人の名前を使うな」
「ふふ、ごめんね」
綿岡の小ボケにツッコミを入れる。そのやり取りを見ていた朝霞が、綿岡と俺の顔を見比べながら、訊ねた。
「もしかして、二人付き合ってる?」
「ううん、付き合ってないよ」
そう返す綿岡の表情が何とも言えない微妙な表情をしていて、ちょっとメンタルに来た。
俺は何をショックを受けているんだ。
ショックを受けてしまった自分が情けなくて、二倍凹んだ。
案内されたテーブルは個室だった。
「へえ、良い感じじゃん」
「ね、ここを選んで正解だったかも」
マルチ関連の話をするとして、周囲に聞かれたくはない。落ち着いて話せる場所というのは必須条件だ。
俺と綿岡が横に並んで座り、その正面に朝霞が座る。
店に入ったら他のマルチ会員がいるパターンも考えたが、そういうわけでもなかった。
どうやら、朝霞は一人で来たらしい。
少し肩の力が抜けた。
料理を注文して、その間何気ない世間話をしていると、店員さんがパンを配りにやってきた。
「どれにいたしますか?」
焼きたてパンの食べ放題はバイキング形式ではなく、店員さんが時折巡回して持ってきたものから選ぶ形式らしい。
一々席を立たなくていいから、楽でいいな。
各々好きにパンを選ぶ。名前のわからないパンが多い。クロワッサンはわかる。
運ばれてきた各々の料理と共に食べながら、話を続けた。
「雛ちゃんって、荒田女子大だよね。看護師目指してるんだっけ?」
「うん、そうだよ」
「絶対勉強大変だよね。偉いなぁ」
「優菜ちゃんの方が大変でしょ、働いてるんだから」
「私は勉強苦手で逃げた人だもん、賢い大学に行ってる人は皆偉く見える」
荒田女子の偏差値は中の上くらい。
そこまで良いわけじゃないけど、綿岡からしたらよく見えるのだろう。俺の大学も賢いって言っていた。
「大学は楽しい?」
「んー……、ぼちぼちかな」
朝霞は綿岡の問いにスマイルで返したが、その笑顔がやや歪であるように感じた。
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