第27話 懐柔、そして説得

「優菜ちゃんこそ、会社はどうなの? やっぱり社会人って大変?」


「それはもちろん。嫌味言われたり、理不尽に怒られたりするからね」


「わたしより大変そうじゃん」


 笑いが起こる食事の場。いつ本題を切り出すか、やはり話を振るのは俺より綿岡の方が良いよなと考えていた矢先、朝霞が口を開いた。


「お金はできる限り楽に稼いだ方がいいよね」


 横目で綿岡を見ると、朝霞の発言にぴくりと眉を動かしていた。


「……ど、どうだろうね」


「わかる、正直働きたくない」


「硲くん?」


 テーブルの下で服の裾を引っ張られた。なんで同意するのと顔に書いてるのがわかった。責めるような視線が俺に向けられる。


 とりあえず朝霞に乗って話を引き出した方が早いだろと、目で訴えておいた。伝わったかは知らん。てか、働きたくないのは事実だ。


 俺の発言に朝霞は「皆思うよね」と首肯する。彼女はアイスティーのコップに刺さったストローで、意味もなくくるくるとコップの中をかき混ぜながら、話を続けた。


「この前、優菜ちゃんに言ったよね。わたし副業してるのって」


「うん、スマホゲームの広告だよね?」


「そう、良かったら優菜ちゃんも一緒にやらない? 硲くんも」


 誘われていきなり嫌ですマルチはやりませんと宣言するのは、良くないだろう。


 頭ごなしに批判しても、向こうはハマってしまっているわけだから、一方的に意見を押し付けるだけでは聞く耳を持ってくれない。


 隣の綿岡は、緊張してしまっているのか。言葉に詰まっている。覚悟してこの場に来ても、こうなってしまう気持ちは大いにわかる。


 友達を助けないとという責任感が伴うと、喋れなくなるよな。


 その点、俺はお気楽だ。代わりに口を開く。


「ちなみにどういうものなんだ、それ」


 否定も肯定もしない。とりあえず、詳細を知らないと揚げ足も取れない。


 俺が訊ねると、朝霞は語りだした。


 曰く、広告というからWEBサイトや動画サイトを経由したアフィリエイトで収入という形を取っているのかと思ったらそうではないらしい。


 オンラインで遊べるゲームを紹介して、紹介した人がオンラインゲームのアカウントを作ったり、そのゲームで遊んだ時に報酬が発生しているようだ。


 絵にかいたマルチだけど、広い意味で捉えれば広告か。苦しいけど。


「しかもこのゲームで、お金稼げるんだよ。プレイするのにお金がかかっちゃうんだけどね。でも、月百万円以上稼いでいる人もいるんだって」


 要はオンラインカジノのようなものと。


 朝霞は、スマホでその稼げるゲームとやらを見せてくれた。


 なんだこの作りの悪そうなやけにチカチカした画面。ゲーム好きでクソゲーにも寛容な俺が発狂しそうだ、てか、.jpや.comじゃない。


「海外のドメインじゃん」


「お、硲くんわかる? 海外のゲームなの、これ」


 昔授業でWEBサイトを作ったとき、サーバーやドメインの話を聞いた。


 基本的なドメインはそこで習ったが、明らかに馴染みのないものだった。


 本当に百万円稼いでいる人がいるのか? 怪しさ満点だ。


「紹介した人がこのゲームをプレイしてくれたら、寝ていても勝手にお金が入ってくるんだよ? 人に紹介するのには、自分もアカウントを作って入会しないといけないんだけどね? 今なら格安で入会できるから──」

 

「雛ちゃん、これ良くないよ」


 その時、綿岡が割って入った。ついに来たか。彼女の方を見やると、まっすぐに朝霞を見ていた。


「どうしたの、優菜ちゃん」


「どっからどうみても怪しいよ、雛ちゃんが言ってること。多分、マルチ商法だと思う!」


 直球だな。綿岡の指摘に戸惑った様子の朝霞。


「え、ええと。マルチ商法? なにそれ」


 知らないわけないだろう。学校の授業で習ったことあるだろ。


 マルチ商法と指摘されたら、白を切るか無茶苦茶な理論で正当化するのは定番らしい。動画サイトで観た。マニュアルでもあるのか。


 ただ、明確な理由もなくマルチだと決めつけて言ってしまうと、朝霞はどう受け取るだろう。


 綿岡の行動は悪手のように思う。彼女は冷静さを欠いている。


「落ち着けよ、綿岡」


「硲くん?」


 視線がさっきよりも怖かった。なんで肩を持つのと言わんばかりの目だ。ちょっと怒っているようにも感じた。さっきの俺の訴えは伝わってないようだった。


 見なかったことにして、朝霞に視線を移す。


「俺は朝霞の話ちょっと興味を持ったよ。面白いと思った」


「本当?」


 横はもう見れない。気づいてないふりをする。すまんな、綿岡。


「ただ気になったんだけど、このゲームの広告の副業でいくら稼いでるんだ?」


「月に数十万くらいは──」


「朝霞の話だよ、それおそらくお前の話じゃないだろ。先月いくら稼いだ? 最高じゃなくて先月な」


「えっと……」


 この様子だとほとんど稼いでいない。もしくはゼロだろう。


 この手のマルチは入会してすぐはそれなりに稼げるらしい。この場合、最初はゲームでプレイして、それで勝てるようになっているのだろう。簡単に元は取れるようになってると思わせるために。


 だが、そんなのは最初だけ。甘い蜜を吸う経験だけさせて離れられなくさせるらしい。これも動画サイトで観た。


 朝霞が答えを出し渋っている。俺はスマホから検索ブラウザを立ち上げ、とあるページを開き、彼女に見えるように机の上に置いた。


「多分、朝霞がやっているのってこれだろ」


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