第24話 相談事
頬の痛みに意識がいくと、思考がクリアになってきた。よし、それでいい。
完全週休二日制はどうなったのやら、彼女の一応は確かに一応だったようだ。
その時、ラインの通知音が鳴った。身体を起こして、テーブルに置いたスマホの画面を覗き込む。
『Sランク昇格おめでとう! SNSのスクショ見たよ!』
綿岡からだった。今の今まで彼女のことで頭を悩ませていたから、脳内でまた小さな俺が喚き散らしそうだ。
すんでのところで頬を張って、事なきを得た。二度目だぞ、絶対赤くなっている。
彼女のメッセージには『ありがとう』と返信をしておいた。
パピロン3を始めてから、綿岡はゲーム用のSNSアカウントを創設した。俺が勧めた。
SNSのアカウントを作っておけば、ゲームの情報収集が容易になるし、同じ趣味の人とも繋がれる。
SNSはゲームをより楽しむための便利なツールだ。
彼女はネット越しに人と直接話すのは高校時代同様に抵抗があるようだが、投稿されたスーパープレイやイラストを見るのは好きなようで、お気に入りしているところをよく見かける。かなり活用してくれているようだ。
趣味が無いって言っていたからな。この機会にまたゲームにハマってくれればいい。精神的に辛い日々を過ごしていると言っていた彼女。
最近は少しマシだろうか。俺と二人でいるときは、笑顔を見せてくれている。
ゲームをすることで、少しでも癒されてくれているなら勧めたかいがあったというものだ。
『仕事は終わったのか?』
『終わったよ、今帰ってる』
『お疲れ様』
『ありがとう、疲れたよ。硲くん、お昼食べた?』
『まだ。何か作ろうかなと』
『それなら、今からパン屋さんに寄るんだけどパンでよければ奢るよ』
『マジで? いや、流石に悪いわ。この前、水も奢ってもらったし』
軽率に奢ってくれるという綿岡。申し訳なくて断る。
彼女の財布の中は大丈夫だろうか。つい最近、ゲームを買ったばかりだが。
社会人は皆こんなものだろうか。
『奢らせてほしいな。その代わりちょっと相談事があって、聞いて欲しいんだけど』
『?』
なにやら訳アリのようだ。
#
それからしばらくして、インターホンが鳴った。
「お昼ご飯買ってきたよ」
彼女が掲げるレジ袋は、菓子パンと惣菜パンでずっしりとしている。
「お疲れ、ありがとう。上がってくれ」
彼女にはテーブルの方に座ってもらって、飲み物を用意する。
「コーヒーか麦茶、どっちがいい?」
「お、今日はコーヒーありなんだ」
「パンを食べるなら合うかと思って」
「ミルクと砂糖の有無も選べる?」
「もちろん」
「じゃあ麦茶で」
「麦茶かい」
どういう前振りだよ。その流れでそうはならんだろ。
「わたしコーヒー飲めないんだよね」
「それならさっきのミルクと砂糖のくだりはなんだったんだ」
二人分の麦茶を運ぶ。テーブルの前に座ると、綿岡がどれがいい? と訊ねてきた。
「なんでもいいぞ」
「一番困る返答だね」
「じゃあ順番に一つずつ取っていこう」
綿岡が買ってきたパンは合計で七個だった。ウインナーロール、チョココロネ、焼きそばパン、ピザトースト、カスタードクリームパン、ジャムパン。
好きなものを一つずつ取りながら、訊ねる。
「なぜに奇数」
「硲くん、男の子だしわたしよりたくさん食べるかなと思って」
最後の一個、カスタードクリームパンが俺に手渡された。
「ありがとう」
確かに四つくらいは食べたいなと思っていた。
綿岡は三つで足りるのか。まあ彼女はもともと華奢だもんな。そんなに食べる印象はない。
しかし、彼女はとてもパンが好きなようだ。この前の高級食パンといい、今回もパン。
スタンプカードも持っていたっけ。
モグモグとウインナーロールを咀嚼する。
美味しいでしょここのパンと訊いてくる彼女に首肯した。
美味い。ウインナーロールの少量しか乗っていない焼かれたケチャップが最高に好きだ。
飲み込んで、彼女に「それで?」と前置き訊ねた。
「相談事ってなんだ?」
途端に彼女の表情に曇る。良くないことであるのは確からしい。
「久しぶりにラインでメッセージをもらった友達がいてね。覚えてるかな?
名前を言われてすぐにピンとは来なかったが、数秒して思い出す。
「高校二年の時、クラス一緒だったやつだよな。綿岡と仲良かった」
「そう。その雛ちゃん」
おっとりしていて大人しい子というのが、俺の記憶にある朝霞雛だ。
何度か席替えで近くなったことがあったが、よく本を読んでいた印象がある。
存在感の小さい女の子だったが、覚えていたのは綿岡と絡んでいる割合が高かったからだろう。
高校時代、綿岡とのゲーム中に何度か話題に上ったことがあった。
「彼女がどうかしたのか?」
「多分なんだけどね。マルチ商法にハマってる」
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