第23話 ただの友達
室内にカチャカチャとコントローラーのスティックを弾く音が響いてる。
ポップでキャッチーなゲームミュージックがTVのスピーカーから放出され、楽しい空気を演出してくれてはいるが、ゲームに取り組む俺は必死だった。
夏休みに入って最初の土曜日になる。SNSを覗けば、中学高校の同級生がバーベキューをしたり、海やプールで泳いでいる写真を眺めることができる。
二十歳の夏休みだ。高校までに比べ、比較的金銭に余裕のある大学生は、よりアクティブに休暇を過ごすことができる。
毎日のように遊ぶことは無理でも、毎週は可能だろう。
だが、俺は夏休みに入って夏らしいことを一つもしていない。
もちろん、まだ始まったばかりというのもあるが、バイトにゲームに、研究室の勉強会に。授業が無くなり、バイトとゲームに費やす時間が増えただけだ。
これではせっかくの夏休みって感じがしない。どこかに出かける予定でも作ろうか。
午前十一時。
外は茹だるような熱気に満ちているが、室内は二十六度にキープされている。
ただいまパピロン3のSランク昇格戦の真っ最中だ。
実家にいたら夏休み最初の土曜日からこれかと母に小言を言われそうだが、ここは俺一人の家なんでな。
午前中にSランクに上がると決めて、早い時間から黙々とやっていた。
前作の2でもSランクには到達していたので、すんなり上がれるはず……と思っていたのだが、そうは問屋が卸してくれない。
五連戦のうち三勝以上すると昇格できるのだが、現在味方運に恵まれなかったことと俺のミスもあって二勝二敗。
この試合で昇格できるかどうかが決まる。負けたら五連戦の初めからやり直しだ。
流石に今の時間からやり直しを食らうと、午前のうちには昇格できない。踏ん張りどころだ。
ゲームは終盤。俺のチームが優勢。獲得した陣地はフロアマップの六割は超えている。
獲得した陣地の割合で勝敗が決まるのだが、相手チームは四割弱。
このまま獲得した陣地を奪い返されないように立ち回れば勝利だ。わざわざ相手陣地に突っ込んでいってやられるリスクを背負う必要は無い。
これは昇格できそうだ。だが、思い通りにいかないのが、チームでやるゲームの難しいところ。
「ちょ、馬鹿馬鹿、突っ込むな突っ込むな」
仲間との連携が上手く取れず、一人が敵陣に猛進していき、ダウンを取られてしまった。
もう少し陣地を広げたかったのだろう。それで相手に攻め入る隙を作ったら元も子もない。リスクが高すぎる。
それをカバーしようとした味方がもう一人突っ込み、やられた。二枚落ち。
二人落ちると、敵チームはここぞとばかりに集団で一箇所に攻め入ってきた。
そりゃそうなる。
残り三十秒のアナウンスが鳴った。
「……っ!!」
数の暴力でもはや集団戦術ではどうにもならない。自らの個人技に全てを託す。
上手く背後をとって一人を倒す。俺の横から敵が湧いてきた。すぐに身を隠すが、相手の攻撃によりダメージを負ってしまう。
俺にダメージを与えた敵は味方が倒してくれた。だが、その味方はすぐにやられた。
二対三か。そう思ったのも束の間、味方を確認するとダウンを取られていた。一対三。嘘だろ。
もうどうにでもなれと、がむしゃらに暴れていたらタイムアップとなった。
リザルト画面に移行する。こちらのフロアマップ占有率五十一%。勝利。
「あっぶねー……」
ギリギリにも程がある。後一秒長ければ負けてたな。
味方のミスで招いたピンチだったが、なんとか乗り切ってSランクに昇格した。
三時間くらいぶっ続けでやっていたから、くたびれてしまった。
ゲーム用のSNSアカウントに、Sランク昇格時のスクリーンショットを投稿し、コントローラを置く。
右手で自らの肩を叩きながら、左手でスマホを操作し、ネットで知り合ったゲーム友達からの祝いリプライにお礼を返した。
達成感に満たされる。綿岡がAランクに上がる前に、ランクアップすることができた。
まあ、流石にな。彼女がBランクに上がったのはついこの前だ。フレンドリストから彼女のランクを確認すると、まだBランクの下位。
もうしばらくは時間がかかるだろう。あとで自慢してやろう。
ふと、先日酔って公園で休んでいた時、彼女と遭遇した時のことを思い出す。
頭の中にチラつくのは彼女の笑顔。……あぁ。
思わず両手で頭を抱え、その場に寝転んだ。
「本当に俺は、くそくそくそくそくそくそくそくそ……っ!」
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
彼女のことが好きな俺、プライドが高く今になって彼女と付き合いたいと思うなんてありえないと一蹴する俺、他の男と甘い日々を過ごしてきたことが許せない処女厨の俺。
色んな俺が脳内で喚き散らしている。静かにしてもらってもいいですか。うるさいです。
彼女と再会してわずか一か月。惚れるにしても早すぎるし、チョロすぎる。というか、もっと前から惚れてたんじゃないのか?
どれだけ、俺は綿岡に対して耐性が無いんだ。
自らの両頬を叩き、意識を切り替える。知らん。何も考えるな。
自分のためを思うなら考えなきゃいけないことはあるのだろう。わかっているが、思考を放棄した。
俺はプライドが高い。悪いところだ。だが、すぐにそれを直せるほど自分の性格の根っこは浅くない。
俺は過去あいつのことが好きで失恋したが、今はただの友達だ。これ以上の何物でもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます