第22話 どうしようもないくらい
その日の話題は、
純粋に恋バナが好きな恭平と小寺。彼ら二人はこの手の話に熱中しがちだ。
二人が喋っているだけならまだいいが、話題の中心に俺がいるのは反応に困る。
何とか二人の彼女の話に移行させると、そこからは綿岡とのことを深堀されることはなかった。
好んで幸せな二人の恋愛話を聞きたくは無いが、自分の話をされるよりはマシだから助かった。
三人ともハイスピードで飲んでいたからだろう。皆途中から何を喋っているかわからなくなっている。
解散する頃には、全員べろんべろんだった。
「お疲れ、夏休みもまた遊ぼうぜー!」
「うん、ライン入れるよ」
「お前ら、気を付けて帰れよ。酔ってるから車に
「硲、それ鏡見て言った方が良いよ」
解散して徒歩で家に向かう。酒気帯び運転は自転車でもアウトだ。
俺は、こういうところはしっかりしている。
ここからだと家まで十五分程度歩く。全然歩ける距離。それなら普段河川敷に散歩に出かけるのと労力は変わらない。
夏の夜風は気持ちいい。酔い覚ましに歩くのはちょうどいいだろう。
呑気に歩みを進めていたが、途中で徐々に体調が悪くなってきた。
「ちょっと、飲みすぎたかもしれん」
家まであと数分のところで、膝に手を付いた俺はすぐ近くにあった公園のベンチに腰を下ろした。そして項垂れる。
「きっつ……」
吐くほどではないが、歩くのは億劫だ。くらくらする。しばらく休んでいくか。
水を買いたい。けど、自動販売機まで歩くのが面倒だ。どうするかな。
しばらく何をすることもなく、力尽きたボクサーのように朽ち果てていると、
「あれ、硲くん。こんなところでどうしたの?」
声をかけられ、顔を上げる。すると、綿岡がこちらに歩いてきていた。
「綿岡こそ、どうしてここに」
「コンビニ行ってたの、アイスを食べたいなと思って」
部屋着なのだろう。彼女はラフなショートパンツにパーカー、マスクを着用していた。
「大丈夫? 体調悪そうに見えるんだけど」
「ちょっと飲みすぎてな、すまん、そこの自動販売機で水を買ってきてくれないか。身体がだるくて」
そういうと、彼女はすぐにペットボトルの水を買ってきてくれた。
「ありがとう、待ってな。今お金返す」
「いいよ、これくらい。奢ってあげる。それよりも本当に大丈夫? ちゃんと家帰れる?」
彼女の言葉に甘えて奢ってもらう。ペットボトルキャップを捻って取り、ちびちびと水分補給をする。はぁ、と大きく息を吐いた。
「すまん、少し休めば帰れるはずだ」
俺が酔いと格闘していると、綿岡が人一人分程のスペースを空けて隣に座った。
レジ袋からカップ状のアイスを取りだし、マスクを取って、その場で食べはじめる。
「ここで食うのか」
「うん。だって硲くんが心配だもん。少し休めば帰れるなら、それまで付き合おうかな」
酔ってても雑談くらいならできるでしょ? と小首を傾げ、同意を求めてきた。
心配してもらわなくても大丈夫なんだけどな。頷くと、彼女は瞳を細めて口角を上げた。
「それに誰かと喋りたい気分でさ。あ、そうだ。硲くんに言うことあったの!」
「ん?」
彼女はポケットからスマホを取り出して、忙しなく操作した後、画面をこちらに見せてきた。
画面に移るのは、ゲーム機の画面を直撮りした写真。ブレていてしっかり見ないとわからない。
「さっきBランクに昇格したの!」
「おお」
Bランクというのは、パピロン3の話。
このゲームを購入して以降、俺たちはかなり高い頻度で一緒にプレイしていた。
それこそ高校生の頃、彼女とランドドラグーンをやっていた時と同じくらいの頻度だ。
「やっとCランクから抜けたか」
「うん、めちゃくちゃ沼っちゃったよ。三回も昇格戦した」
パピロン3には実力に応じて割り振られるランクマッチという制度がある。
このゲームの大半のプレイヤーは、ランクマッチでより上を目指すことを主目的としている。
ランクは一番低いEから始まり、最高位のSまで存在する。
ランクマッチで勝利することにより、ポイントが獲得でき、そのポイントが一定のラインまで溜まることによってランクアップの昇格戦に挑戦することができる。
そこで勝利すると見事ランクアップというわけだ。
もちろんランクマッチには、敗北時にポイントマイナスのペナルティがあるから、簡単には上がれない。
初心者はだいたいCランクで沼る。パピロン2からプレイしているが、俺はその時そこで沼った。
綿岡もそこで手こずったようだ。だが、かなり早い部類だと思う。
「おめでとう、良かったじゃん」
「うん、硲くんに追いつかないとね。今いくつ?」
「Aかな」
「あとひとつだ。これなら直ぐに追いつけそう」
「どうだろうな、俺はしばらくランクに潜る時間をセーブしてたから。綿岡がAに上がる前にSになってるぞ」
最近は課題とテストに忙殺されていたから、ゲームに充てられる時間が少なかった。
本気で取り組んでいれば今頃はSランクだろう。
「明日から夏休みなんだっけ?」
「そう、だからたくさんプレイできるってこと」
「いいなー、学生。わたしも夏休み欲しい」
残念ながら、わたしは変わらず明日も仕事ですとため息を吐く綿岡。
それなら早く帰って寝た方がいいんじゃないかと思ったが、視界の中にあった公園の時計で時刻を確認すると午後十時だった。
酔っ払って時間感覚が無くなっていたが、まだ寝るには早いな。
「帰ってから寝るまでパピロンするか?」
「うん、しよ……って言いたいところだけど、寝た方がいいんじゃない? 硲くん、酔っ払いだし」
「これくらいなら問題ない。ゲームくらいできる」
水を飲んで落ち着いたか、酔いがマシになってきたので、立ち上がって両手で力こぶをつくってみせる。
残念ながら筋力は無いが、魂の元気アピールだ。
「ふふ、すごく酔ってるじゃん。普段の硲くん絶対そんなことしないでしょ」
「俺もやってから酔ってるわと思った。けど、したい」
「ちゃんと画面見える?」
「流石に見える。今でも綿岡よりは上手い」
「お、言うね~」
俺の隣に立つように、綿岡も立ち上がった。彼女の手には食べかけのアイスが握られたままだ。
「もう家まで歩ける?」
「あぁ、多分。やる気になったか?」
「うん、さっきまでもやってたんだけどね。またやりたくなっちゃった」
彼女はアイスを食べながら歩きだす。翻ってこちらに身体を向けた彼女は「早く帰ろう」と俺を急かす。
「食べながら歩くのは行儀が悪いんじゃないか?」
「誰も見てないからいいでしょ」
「俺は見てるが」
「硲くんはわたしよりだらしない姿で公園にいたからノーカン」
確かに、彼女のマナー違反を咎められる立場ではない。
彼女の後ろについていくように、歩き出した。
暗がりの中、空に浮かぶ星と街灯だけが道を照らす静かな道で、俺たち二人の声が反響している。
目の前を歩く彼女は時折、こちらを振り返りながら、ぱっと開く花のような笑顔を見せてくる。
あぁ、ダメだなこれ。
自分はチョロい人間だなと思う。
かつて酷い失恋をして、もうとっくの昔に彼女のことは諦め、気持ちにケリを付けたはずだった。
だが、いつまで経っても目の前の彼女のことを忘れられない。
そんな状況で偶然再会した彼女は、さらに綺麗になって以前と変わらない表情を俺に向けてくれた。
何一つ特別なことはしていない。ただ昔のように関わって、日々を過ごしているだけなのに。
友達の前では、もうどうこうする気はないと啖呵を切ったくせに。
今、どうしようもないくらい綿岡のことが好きだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます