第21話 プライドの高い処女厨

 七月も半ばになり、本格的な夏が始まっている。


 ここ最近は期末テストや最終課題に追われる日々を続けていたが、それも今日で落ち着いた。


 前期の授業は終わり。夏休みである。


「じゃあ、前期お疲れ様ってことでかんぱーい!」


 ストレスから解放された勢いで元気よく音頭を取るのは恭平だ。


 彼に続いて、小寺と共にグラスを掲げる。

 

 俺たち三人は夕方まで授業を受けて、そのまま居酒屋に直行している。


 大学の夏休みは受講した講義が全て終わった時点で、各々休みに入れる。


 大学ではまだ続いている授業もあるはずだが、俺たち三人が取っている分については終了したので、全員長期休暇入りだ。


 甘いマスクに似合わない、大きなサイズのジョッキで生ビールを飲む小寺。


 そんな彼に向けて、俺は頭を下げた。


「マジで助かったよ、お前がいなかったら俺は何個か落単してた。ありがとう」


 大学も高学年になると授業内容が難しくなる。頭の出来がぶっちゃけたいして良くない俺は、独学ではどうしても上手くいかない部分も出てくる。


 期末はいつも小寺先生のお世話になることが多いのだが、今回はその量が増えた。


「全然、人に教えるのも勉強になるしね」


 彼は何を訊いてもすぐに答えてくれる。頭の出来が違うのだ。


 その分、努力をしていることは知っているのだが、顔も良くて賢くて彼女持ち。


 羨ましいなと思う。


 俺たちのやり取りを見ながら、上機嫌に枝豆を口にする恭平も「俺からもありがとう」と礼を言った。


 こいつもなんだかんだ頭がいい。授業中は寝るし、よくサボる。ただ要領が良くてフル単。そんな生き方がしたい。


「……あ! 思い出したわ。言わなきゃいけないこと」


 ハッとしてそう呟いた恭平。なんだ? なにか大事なことを忘れていたのだろうか。


「この前さ、良介が可愛い女の子とデートしてるところに遭遇したんだよな」


 全然大事なことじゃなかったわ。


「誰だっけ、ゆきな・・・ちゃん」


ゆうな・・・、な」


 しかも名前を忘れている。彼がデートと言っているのはこの前のパピロン3を購入した時のことだろう。


 あの時、小寺を交えて会議がどうこう言っていたっけ。しばらく話を振られていなかったから、忘れていた。


「へえ」


 興味有りと示すようにこちらを見つめてきた小寺。


「詳しく聞かせてよ、新しい彼女?」


「ちげーよ」


 否定すると、恭平が補足した。


「なんでも良介と高校が一緒で、今マンションの隣の部屋に住んでいるんだとよ」


「隣? 硲って地元遠かったよね、それって偶然?」


「偶然らしいぜ、本人曰く。怪しくないか?」


「これは怪しいね」


「なんでだよ」


 何が怪しいのかわからないが、首を横に振る。


「普通そんなことありえないでしょ、これはやってるね」


「何をだよ、やってねーしマジの偶然だ」


 本当に偶然なんだから仕方がない。俺も驚いている。世間は狭い。狭すぎる。


「だとしたら、すごい確率だね。しかも可愛いんでしょ。最高じゃん、良かったね硲」


 真面目なくせに結構俗っぽいことをいう小寺。


「まあ、隣に可愛い子が住んでいたらテンション上がるわな」


 それは素直に同意する。俺も男だ。


「この前、良介を見たときめっちゃデレデレしてたぞ。鼻の下を伸ばしまくってさ。オランウータンかと思った」


「それはいくらなんでも言いすぎだろ。てか伸ばしてない」


「硲が誰かにデレデレしてるとこ、ぼく見たことないんだよね。前の彼女さんの時はいつもの硲って感じだった」


「正直、良介、あの子狙ってるだろ」


「はぁ?」


「わかるぞ、可愛いもんな。ちょっと喋った感じ良い子そうだったし、男に好かれる雰囲気が出てた。物腰が柔らかいっていうの? そんな感じ」


 勝手にわかられても困るが。ただ男に好かれる雰囲気ってのはわかる。現に俺が過去惚れてたから。


 だが。


「狙ってるとか、そういうのはねーよ」


「えー、なんで」


「あいつのことは、もうそういう風には見れない……ていうのかな」


 見れないと口に出していったあとに、見たくないが正解だったと気づく。


 仮に今付き合えることになったとしても、俺は綿岡と付き合わないような気がする。


 だって──。


「硲、それってさ。もしかしてこの前の話と関係ある?」


 恭平との話のさなか、口を挟んできた小寺。


「この前、言ってたじゃん。好きだったけどフラれて、数年後フラれた相手と再会する男の話。あれ、硲のこと?」


「なにそれなにそれ!」


 恭平が食いついた。


 あの時、綿岡に再会した話を濁して小寺にした記憶がある。


 彼女と再会したことを自分の中だけでは感情の整理ができなくて、話したのだけど、頭のキレる彼に言ったのはミスだったと気づく。


「小寺、ストップ。この話はやめにしよう」


「硲、グラス空いてるよ? コークハイだよね。……すみません、コークハイ一つ」


「えぇ」


 爆速でコークハイがテーブルに置かれた。


 俺は酒を飲むのは好きだが、強くない。こいつ、酒を飲ませて口を割らせようとしてやがる。


 結局、酒を飲んだら重たかった口が軽くなってしまった。アルコールって怖い。


 勢いで二人に綿岡に告白はできずフラれたこと、偶然再会したことを伝えると小寺は、


「それは最高のチャンスだね。アタックするしかない」と言った。


「なんでそうなる」


「普通にそうなるよ、ね、林」


「あぁ、逆になんでならないのか不思議だわ。好きだった子と再会できて今フリーなんだろ? 俺には理解しかねるね」


「だから言ったろ、あいつにはもうどうこうする気は無い」


 今の彼女と付き合うのは、男として屈辱だから。


 他の男に取られて、その男と別れたから俺と付き合う。


 それまでの過程に色々あったのはわかっているし、そんな単純な話ではないことも理解しているが、キープされた男に自分がなったように感じる。


 他の男と幸せな経験を積んできた彼女を、恋愛対象としてみたくなかった。


 俺は男としてのプライドが高く、そして処女厨だった。


 これは皆が憧れるような、幸せな恋愛をしている二人にはわからないだろう。負け組の思考だ。

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