第16話 ゲームソフトの発売日
大学ではよくあることだ。彼は単位を取るのを諦めたのだ。
別に俺たちに被害が無ければ、何も言うことはないんだがな。
一人飛んだことを授業の担当教授に相談に行った。三人に減ったんだから、課題の難易度を下げてくれるだろうと考えたのだ。
だが、現実はそう甘くなかった。
「え、完成させなきゃ単位は上げないよ?」
一人いなくなったところで納期は守らないといけない。社会の常識だよとのことだ。
もっともなのだが、学生の俺たちにそれは酷じゃないか。
その後、交渉を試みたがうまくいかず、結局本来四人で取り組む課題を三人で取り組むこととなった。その結果が俺たちのこの疲労度合いだ。
なんとか乗り切った。
課題の提出は締め切りが朝だったからその時点で終わったのだが、その後に待ち受けたのが五限まで空きコマ無しの授業地獄だ。
徹夜で臨むのは非常に厳しい。
本当は休める授業は休もうとしたのだが、小寺に「ダメに決まってるでしょ。硲の家のドアを蹴破りに行くよ」と言われた。
真面目で頭の良い彼、自分の目の前でのサボりは許さないらしい。
敷金がオーバーフローしてしまう。そんな恐ろしいキックを食らうわけにはいかない。
そうして、俺と恭平は強制的に授業に駆り出されたわけだ。恭平はほぼ寝てたが。てか、寝るのはいいのか。
「この後どうする? せっかくの金曜だし飲みに行く?」
「小寺? お前、イカれてんのか?」
徹夜明けでテンションがバグってしまったようだ。修正しないと。
「いいね、行こうぜ」
「バカとバカじゃん、……いや、お前は寝てたもんな」
首を横に振って二人を制止する。
「俺は帰って寝る。眠気で限界だし、明日用事ある。そもそも俺、酒そんなに強くないし、今飲んだらマジで死ぬ」
「そういえば、ぼくもバイトあった」
「あるのかよ、てか大丈夫かよ」
「いけるいける、なんとかなるなる」
小寺は絶対に寝た方がいいと思う。目がバッチバチに開いている。もしかしてドア蹴破ると言っていた時からこの調子だったのだろうか。
彼に徹夜をさせてはいけない。何をしでかすかわからん。
「マジか、二人とも無理か。小寺が飲みに行くって言ったから、口がアルコール欲しくなっちまった」
「ごめんごめん」
「まあいいや、家でのんびり飲むわ。明日、彼女と映画観に行くから、寝坊したら怒られるしな」
「へえ、いいじゃん。楽しんで。うちの彼女は明日バイトらしいからなー」
二人の彼女持ちトークが始まった。途端に襲い来る疎外感と劣等感。やめてくれと念じながら、荷物を纏めて席を立つ。
「じゃあ、お先」
「うん、お疲れ」
「じゃな。良介」
「おう」
別れの挨拶を済ませ、講義室を出て家に向かっていく。
疎外感と劣等感を感じるのはいつものことだが、今日はそれが軽減されているような気がした。
明日は新作ゲームソフトの発売日、そして綿岡と共にショッピングモールに行く日だ。
#
「今日は割と涼しいほうか」
土曜日、午前十一時前。
雲は少なく爽やかな空模様が広がっているが、最近の異常気象気味の気候の中だと過ごしやすいほうだ。
スマホと財布はショルダーバッグにしまい、マンションの入り口前の壁を背もたれに、綿岡を待つ。
五分も経たないうちに、彼女はやってきた。
「おはよ、硲くん。……待たせちゃった?」
「いや、全然。今来たところだし、時間ぴったり」
先日、彼女とショッピングモールに行く約束をして、今日がその決行日だ。
あれは三日前の夜のこと。
「わあっ」
「うおっ」
洗濯物を干していたら、また隣のベランダから脅かしてきた。
「……それ、やめにしないか?」
「ごめんね、反応が面白くてつい」
「おい」
ベランダに出ていたら、また彼女が声を掛けてこないかと考えていたし、なんなら耳を澄ませていたんだがな。音を消してやがった。
綿岡は昔から子供っぽい一面がある。見た目は大人っぽくなったが、今もそれに変わりはない様子。
濡れた髪をタオルに当てながら、ニコニコしている彼女。風呂上がりのようで、ちょっとドキっとした。
すっぴんで出て来れるところがすごい。てか化粧落としても多少童顔に見えるだけで変わらんな。これは高校生の俺が簡単に惚れるのも無理ないわ、顔面強者。
綿岡は、「ねえ、知ってる?」と前置き言った。
「パピロンの続編が出るんだって」
「知ってる、てか今週の土曜日発売だろ」
「さすが! ゲーム好きだね」
彼女が言うパピロンとは、ゲーム好きならみんな知っているであろうビッグタイトルのゲームだ。
五体五で戦う陣取りゲーム。アクション性が強く、eスポーツシーンでも見受けられる本格派のゲームだが、扱うキャラクターとステージがキャッチーで大人から子供まで愛されるゲームだ。
二年前に2が出て、今年3が出る。
「買うの?」
「もちろん」
「やっぱり、そうだと思った。2持ってたもんね。テレビ台の下にあったの覚えてる」
洗濯物を干しながら話す俺、それを眺めながら話す綿岡。家事をしているところを一方的に見られるのってなんだかやりづらいな。
「あのゲーム、かなりやりこんだからな。プレイ時間、五百時間はくだらないんじゃないか」
「それはやりこんだね。わたしのランドドラグーン並みかも」
「いやいや、あれは千はやってただろ。カンストしてどんだけやったよ」
「ふふ、そうかも」
しかし、パピロンの話題を綿岡から振られると思わなかった。据え置き型ゲーム機を買うかどうか悩んでいたし、もしかしたら興味あるのか。
「わたしね、パピロン3買おうと思うの」
やはりそうだった。
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