第15話 デートの記憶とぬいぐるみ

 女の子と二人きりで遊びに出かけることをデートと定義するなら、異性を意識したデートは高校二年生の時、綿岡と学区内にあるショッピングモールに出かけたのが、人生の初デートになるだろう。


 ある日、綿岡がランドドラグーンをプレイ中にこんなことを言い出した。


『ねえ、硲くん。ゲームセンターに行ったことある?』


 日付が変わるかどうかの頃合いに、イベントアイテムを二人で淡々と収集していた時のことだ。そろそろ寝るかと切り出そうとしたら、そう質問された。


「あるよ」


『どんなところなの?』


「どんなところって、名前の通りゲームができるところかな。UFOキャッチャーとか、メダルゲームとか、音ゲーとか色んな遊べる機械が置いてあって、賑やかで目がちかちかするくらい明るい場所」


『へぇ~』


「なんだよ、ゲームセンター行ったことないのか?」


『うん、だって怖いじゃん。不良の溜まり場なんでしょ?』


「いつの時代の話だよ」


『でも、お父さんがそうだって言ってた』


 おそらく綿岡の親父さんは、娘が危険に巻き込まれないようにそういったのだろう。少し過保護な気がするな。


「場所にもよると思うけど、そんな危ない場所ではないぞ」


『そうなの?』


「あぁ、良かったら一緒に行ってみるか?」


 自然と口から言葉が出たが、これデートの誘いじゃんと心の中で気づく。


 この時、すでに綿岡に惚れていたから軽率な発言に心拍数が跳ね上がった。


 今の一言で下心があるように見えただろうか。


 そう心配したのも束の間、綿岡は二つ返事で『本当!? 行きたい!』と乗り気だった。考えるよりも、ゲームセンターへの興味が勝ったようだ。


 それが、俺の人生初デートの成り行きだった。


 デート当日は精一杯お洒落して、新品のスニーカーを履いて出掛けたのを覚えている。


 ゲームセンターではしゃぐ綿岡を子供みたいだなとからかいつつも、内心クソ可愛いなこいつと思っていた。


 はしゃぐことがダサいと感じていた高校二年生思春期真っ盛り、必要以上にクールぶっていた自分が恥ずかしい。


 ゲームセンターを一通り満喫した綿岡はこう言っていたっけ。


「ここはダメだね。お金がいくらあっても足りないよ」


 当時流行っていたアニメのぬいぐるみがUFOキャッチャーのケースの中に入っているのを見て、五百円を投入したが取れなかった彼女の言葉だ。


「まあ、そうだろうな」


 五百円でぬいぐるみが簡単に取れたら、皆正規の手段で買わなくなるだろう。


 テレビや動画サイトで、一回で商品を取る神業を見かけたことがあるが、あんなことができる人間はごく一部だ。


 なんとなく財布を取り出し、百円をゲーム機に投入する。軽快なBGMが鳴り、残りゲーム回数が一と表示された。


「硲くんもやるの?」


「ちょっとやってみたくなってさ」


 このキャラクターが出演するアニメは見たことがあったし、綿岡がやっているのを隣で眺めていると、俺もしたくなった。


 簡単に取れないことはわかっていたし、無理と確信していたから、奇跡的にぬいぐるみのタグに引っかかって取れてしまった時は驚いた。


「え、すごい! すごいよ、硲くん!! ……天才?」


「かもしれない、ていうのは冗談でたまたまだけどな」


 取り出し口からぬいぐるみを取り出す。そこそこ大きくて抱き心地が良い。だが軽く抱いてみたすぐ後に、綿岡にそれを手渡した。


「ほれ、あげる」


「わっ、いいの?」


「ああ、UFOキャッチャーがやりたかっただけだし」


 雑に渡したせいで顔を覆ってしまった。すまん。


 受け取った彼女は、表情に喜色を滲ませ、ぎゅうとぬいぐるみを抱きしめた。


「すごく嬉しい、ありがとう」


 あの日の彼女の笑顔を写真に収めたかった。それくらい、素敵な笑顔をしていた。


 初デートにしては上出来だったが、その後は最悪だった。他の男に取られたしな。


 取るならUFOキャッチャーの景品ではなく、彼女自身を取りたかった。


 それなりに上手いことを言ったつもりだが、別にそうでもないな。というか、かなりキモい発言だな。猛省。








       #








「かっは、疲れた」


「本当にね」


「よく頑張ったわ、俺ら」


「林、キミはずっと寝てたでしょ」


「そうだっけ? わはは」


 金曜日の午後六時半。


 俺は恭平と小寺と並んで、五限目の講義を受け終えた。


 今日は必修の授業が詰まりに詰まって一限からずっと授業を受けていたのだが、それだけじゃない。


 俺たち三人は徹夜している。グループワークの課題提出を血眼になってやっていたのだ。


「まさか、一人飛ぶとはね」


 小寺の呟きに恭平が「あいつ、学校全然来てない奴だったからな」と答える。


 俺たちが徹夜する原因となった授業は、グループプログラミング演習。


 開発の現場では、個人で開発作業を行う機会は少ない。


 顧客、営業、チームのエンジニア、様々な人々とコミュニケーションを取りながら皆で一つの物を作り上げる。


 グループプログラミング演習の授業はその予行演習というわけだ。


 今回の課題は期末ということでかなり重たかった。四人でオセロを作れ。


 要求分析から設計、コーディング、テストまでの一連の流れを行い、成果物を提出しなければいけない。


 これがかなり時間がかかる。


 三週間の期間に渡って取り組んできたが、俺たち三人ともう一人、余っちゃったからグループに入れてくれと言ってきた男が途中で授業を受けに来なくなった。

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