第14話 今のゲーム友達

 女の子ばっかりの大学、絶対いい匂いするよな。廊下歩いているだけで幸せな気分になれそう。


 うちの大学なんて、男臭くて酷いからな。特に夏場は地獄。人の多い教室なんて、入った瞬間むせてしまう。


 先生方も臭いと思ってるんだろうな。どの教室にも空気清浄機が置いてある。


「また機会があったら行ってみたいかも」


「やめといたほうがいいぞ。来てもつまらん」


 臭いからとは言わずに、彼女を止めておいた。真実を告げたら流石に引かれそうだからな。


 でも実際うちの大学は華やかなキャンパスとは程遠い地味な作りで活気も無い。


 何を考えているか知らんが、綿岡が期待するような結果は得られないだろう。残るのは山登りでの筋肉疲労だけだ。


 目の前では、俺が操作するキャラと綿岡の操作するキャラが格闘している。


 俺が使うのは三つの目を持つイケメンなトンファー使いサイカ、綿岡が使うのは俊敏な動きに定評のあるクノイチ、ヒトミ。


 相変わらず彼女の操作はへたくそで、回数を重ねるごとに俺の手加減度合いが増していく。


 時間を追うごとに敗北の数が増えていく綿岡だが、それでも楽しそうで使用するキャラを愛でたり、ゲームの思い出を語りながらプレイを続ける。


「やたらと上機嫌だな」


 思った通りのことを口にすると、


「うん、楽しいからね」


 素直な回答が返ってきた。


「最近、本当にしんどいことが多くてさ、楽しいなって思うときが少なくて」


 女の子座りでテーブルに肘を突き、コントローラをカチカチと鳴らす綿岡。


 ゲームの方に視線を向けられた状態で、急に重たい発言をするものだから咄嗟に手を止めてしまう。


 大きな隙ができた俺のサイカが、ヒトミにぶっ飛ばされていた。


「あっ」


「やった、勝った」


 やってしまった。油断した。コントローラを置いて腕を伸ばし軽くストレッチする。


「もう一回するか?」


「する」


 即答だったので、キャラクター選択画面に戻る。


「そんなに仕事辛いのか?」


 キャラクターを何にしようか迷いながら、彼女に訊ねた。


 綿岡と再会した日、彼女は去り際に精神的にまいることが多いと言っていた。


 部屋越しに聞こえてきた彼女の嘆きや、早い起床時刻に大変そうだなとは感じていたが。


「まあね。こっちに出てきてから、毎日嫌なことが多いのに退屈で」


 双方キャラピックが終わり、バトルに移行する。戦いながら、綿岡は話を続けた。


「うちの会社ね、女性がすごく少なくて。課内で女性はワタシと年配の人の二人だけでさ。ワタシは来年退職する年配の人の後釜として雇われたの。今までその人が一人で事務作業を行っていたみたいで」


「へえ」


 さっき男ばかりの大学が未知の世界と言っていたが、男ばかりの職場みたいだ。


 それなら未知の世界じゃないだろとツッコミを入れてみると、「おじさんばかりだよ? 一番若い人でもわたしと十歳以上離れてる」らしい。


 高齢化が進んだ職場のようだ。確かに、それなら未知の世界だわ。


「その年配の人が嫌な人でさ? 毎日のように意地悪してくるんだよね」


 曰く、入社して間もない彼女は周囲の人たちからかなり良くしてもらっているらしい。


 だろうな。おじさんばかりなら娘と接するような感覚だろう。彼女は容姿も優れているし、そこそこ愛嬌もある。可愛がられるに決まっている。


 だが、それをよく思わない人がその年配の人、おつぼねだという。


「酷いんだよ? 昨日ね、コピー機に新しい用紙を入れて欲しいって言われたから、その年配の人に用紙の置き場所を訊いたの。そしたら、そんなこともわからないのって。いや、知らないよ。入れたことないし、教えてもらったことも無いんだから。それなのに教えるわけでもなく、周りに聞こえるように説教だけして自分は仕事に戻って。結局課長に場所を訊いて取りに行ったよ。理不尽じゃない? わたし、わからないことはその人に訊けって入社時に言われたんだけどっ」


 彼女の語気が少し荒くなった。鬱憤うっぷんが溜まっているらしい。


 確かに理不尽だ。綿岡はそのお局からやっかみを受けているのだろう。大変すぎる。


「偉いな、それでも毎日働いて」


 視線の先で行われているバトルは、今度は俺の勝利で幕を下ろした。


 綿岡のキャラは隙だらけだった。ゲームそっちのけで話していたからな。


「休憩するか」


「うん、そうする」


 そういうと彼女はコントローラを下ろして、麦茶で喉を潤した。


 そして、はぁとため息を吐く。


「ごめんね、硲くん。愚痴っちゃって」


「良いよ、溜まっているものは出した方がいい」


「優しいね」


「普通だろ」


 俺の返答に彼女がふふと微笑んで反応した。


「仕事から帰ってきたら疲れて寝ちゃうことも多いし、わたし趣味が無いんだよね。強いて言えば友達と遊ぶことだけど、この辺りには誰も住んでないから。発散もできずに溜まっちゃってた。硲くんがここに住んでいたのは本当にラッキーだったよ」


 趣味が無いという、彼女の発言は意外だった。ゲームは違うのか。


 そう尋ねようとしたが、止めた。ランドドラグーンを止めてからはゲームをしていないと言っていたっけ。


「趣味は作らないのか? 今ストレス発散になっているならいいけど、心の拠り所は作っておいた方がいいだろ」


 そんな辛い環境に置かれているならなおさらだ。


「作ろうかなとは思ってたけど、なかなか打ち込めなくて。でも、ゲームをまたするのは良いかなと思ってる。久しぶりにやるとすごく楽しいし。わたしも据え置き型のゲーム機、買おうかな」


「おっ、それはいい。ゲームは良いぞ」


「硲くん、今目が輝いたね。キミ、本当にゲーム好きだね」


 彼女に指摘され、頬を掻く。ゲームは俺の生きがいみたいなところがあるからな。


 高校の頃はランドドラグーンばかりやっていたが、大学生になってからは時間とほんの少しだがお金に余裕ができて色んなゲームにのめり込んだ。


 買い切りタイプが多い据え置き機のゲームはいい。なんといっても大手生産会社の物はクオリティが高いからな。


 何時間でも楽しめるものもある。熱弁しようと思ったが、引かれそうだから止めた。早口のオタクはキモい。


「じゃあさ、硲くんが一緒にしてくれるなら買うよ」


「……俺?」


「うん、昔みたいにまた二人でしようよ。わたしからできないと言った建前、すごく自分勝手なお願いになっちゃうけど」


 ダメかなと首を傾ける綿岡。


「ダメなわけないだろ、やろうぜ」


「やった」


 まさか、また綿岡からゲームに誘われることになるとは。数日前の俺に言ってもまず間違いなく信じないだろう。


 一時期はもう話すことすらないと思っていたから。


 彼女とランドドラグーンをプレイした日々を思い出すと、気づけば自然と笑みが零れていた。

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