第13話 男に慣れたな

 パラパラとパンフレットを捲る。すると、値段の記述を見つけた。


 プレーン、一斤九百八十円。


「結構するな」


 食パンなんて、スーパーでしか買わない。百円を超えているものは購入を躊躇ためらってしまう。文字通り価格の桁が違った。


「高級食パンだからね」


「これは恐れ入った」


 正直このお土産はかなり嬉しい。ちょうど朝食用のパンが切れかけていたところだ。朝ごはんの代わりになるし、純粋に美味しそうでもある。


 毎朝六枚切り九十八円のパンを食べているから、食事が十倍グレードアップした。とんでもないインフレ具合だ。


「美味しくいただくよ、ありがとう」


 さっきも礼はしたが、重ねて言わせてもらう。明日の朝食が楽しみだ。


 テーブルの隅に紙袋を置いて、彼女に視線を向けると目があった。こちらを凝視しているように感じて、


「どうした」


「うん? 硲くん、雰囲気変わったなと思って」


「それ、昨日も言ってたな。そんなに変わったか?」


「なんか、大人っぽくなったし、かっこよくなったよね」


 そう言われて「え、ええ」狼狽ろうばいした。


「……そうか?」


「うん、ちょっと痩せた? 頬が高校生の時よりもしゅっとしてるかも。あ、眉も整えてるよね。髪型もスッキリしてていい感じ」


「めっちゃ見るじゃん」


 指摘されて、照れくさくなって両手で顔を隠しておいた。


「なんで隠すの?」


「そこまで詳しく自分の顔を解説されると恥ずかしいだろ」


 大人っぽくなったのその次。かっこよくなったと彼女の口から言われたのが嬉しかった。


 客観的に見て、俺の顔は中の下から中の中だと思う。ただそれでも、自分なりに男前になれるように努力はしてきたつもりだ。


 ネットを使って流行の眉の形と髪型を覚えそれに合わせたり、肌の手入れもオールインワンジェルを使ってだが、毎日一応している。


 髪も正しい髪の毛の乾かし方を美容師さんに教わって実践した。清潔感が出るようにそれなりに身なりも意識している。暴飲暴食はしない。


 ビジュアルが良くなりたいなと思ったのは、やはりモテたいから。綿岡と付き合っていた男も容姿に優れていた。


 自分にとって過去一番好意を向けられたかった相手から、そう思われることは嬉しかったし、自分の行いが報われた気がした。


 覆っていた手を離す、顔が熱い。


「え、硲くん。顔赤いよ、照れてるの? 可愛い〜」


 くすくすと笑う綿岡。やられっぱなしなのは、男としていかがなものか。


 目には目を歯には歯を、の精神で仕返しをしてやることにした。


「そうは言うけど、お前も結構変わったぞ」


「そう?」


「あぁ、俺も前会った時に言ったけどな。垢ぬけて大人っぽくなったよ、あと……」


 しばらく逡巡しゅんじゅんした後、口にする。


「可愛くなったよ。元々可愛かったけど」


「ふふ、ありがと」


 彼女は手を軽く口元に当てて、瞳を細め微笑む。上機嫌そうだ。


 こういう言葉、言われ慣れてんだろうな。


 端的で飾らない発言だが、女の子に素直に可愛いと言うのはハードルが高い。どうでもいい相手ならその限りではないが。


 俺としては絞り出した言葉だったけど、彼女を照れさせるには不十分だったようだ。


 昔なら少しは照れてくれただろうが。


 俺と関わりがあった頃。高校時代の彼女は男に気軽にかっこいいなんて言葉を吐くようなタイプではなかった。


 異性と関わりこそ持つが、性差を意識する話となると一歩引くイメージがあった。


 男に慣れたな。


 そりゃあ、彼氏ができてそれなりの期間付き合っていたら、慣れるだろう。


 彼女の人となりは高校までしか知らない。卒業後、彼女は彼氏と別れたらしいが、その後も他の男と付き合っていた可能性だって十分にある。


 かつての恋人たちと様々な経験を経て、今の綿岡になったと。


 深く考えると心が死んでしまうので、これ以上は考えないがようにしたい。


「昔の硲くんって、そういうこと言わないイメージあったんだけど……ちょっと変わった?」


「……どういうこと?」


「硲くんに可愛いなんて初めて言われたなと思って」


 ピュアな高校生男子がそんなこと言えるかと心の中でツッコミを入れる。


 なんか怪しいなと疑うような目付きで見つめてくる綿岡。


「な、なんだよ」


「彼女いるの?」


「いないけど。いたらお前と二人で会わないだろ」


「じゃあ、できたことは?」


「あるよ」


 なるほどなるほどと独りごちる綿岡。


「本当になんだよ」


「ううん、なんでもないよ」


 結局彼女は真相を教えてくれなかった。なんなんだ。


 その後、ゲームをしようかとなり、二人でまたランドドラグーンバトルをプレイすることにした。


 他のゲームをやるかと訊いたが、もう少しこれをやりたいとのこと。


 この前、うちに来たときは限られたキャラしか触れなかったからな。


 他のキャラも使いたかったのだろう。了承して、ゲームを起動した。


 ゲームのさなか、綿岡が口を開く。


「硲くんは、大学楽しい?」


「どうした、やぶから棒に」


「わたし、女の子しかいない短大卒だからさ。共学のこと全然知らなくて。どんな感じなのかなって」


 どんな感じか。画面上のキャラクターを操作しながら考えてみるが。


「うちも一応共学だけど、男ばっかなんだよな。学科によっては女の子が多いところもあるけど」


 工業大学なんてどこもそんなものだろう。就職率はいいし、手に職を付けることは可能だが、青春の甘い要素を捨てるのが工業大学だ。


 男ばかりだから気楽でいいけどな。


「そうなんだ、男の子ばっかりの大学かぁ。未知の世界」


「逆に俺にとっては女子大の方が未知の世界だけどな」

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