第11話 ベランダにて
「なあ、小寺」
「なんだい、硲」
「例えばさ、ある男が誰かに告白してフラれたとします」
「突然だね、どうしたの」
「まあ聞いてくれよ。男が好きだった相手にはその後彼氏ができました。その二人は仲睦まじく交際しています」
「辛いね」
「それから数年して、男は好きだった女の子と再会します。その時、彼女には彼氏がいませんでした」
「別れたってこと?」
「そう。その時の男の心情を答えよ」
「まさかの国語の問題」
取っていた授業を全て受け終え、バイトまでの時間何しようかなと、講義棟のエントランスでスマホを弄っていると、小寺がやってきた。
彼は今からバスに乗って帰るところだったらしい。
バスが来るまで付き合ってよと言われ、雑談していたのだが、その途中で彼に訊ねてみた。
小寺は自分の顎を指で触りながら、うーんと唸る。
「嬉しいんじゃないかな。好きだった人と再会できて。しかも彼女いないんでしょ? 最高じゃん」
「まあ、そうだよな」
小寺の意見に首肯する。純粋に再会できたことは嬉しかった。
綿岡とはあいつに彼氏ができてから、ろくに話ができなかったし。俺が必要以上に避けてしまっていたから、それを自分自身で悔やんでいた部分もあった。
そういった過去を清算できたという意味では、憑き物が落ちた気分だ。
それに、彼氏がいなかったことも嬉しかった。
別に今更彼女と恋人関係になりたいといった欲求はない。けど、あいつに彼氏がいないと聞くと、テンションが上がったのは事実だ。
可愛い女の子に彼氏がいると萎える。付き合いたい云々は置いておいて、恋人がいたらその相手の男が羨ましくて嫉妬してしまう。恵まれてるなぁと。
自分が納得できる恋愛を経験してこなかったからだろうか。円満な恋愛を直に感じるとアレルギー反応が出る。きついきつい。
「正解ってことで良いのかな?」
「あぁ」
「やった」
小さくガッツポーズを作ってみせる小寺。
実際彼の答えは部分点ってところだろうか。
失恋して一度は他の男の彼女となった綿岡。そんな彼女とまた接点を持てて、喜んでいる自分が情けないと思った。
エントランスから外を眺めていると、通学用のバスがやってきた。
「来たぞ、小寺」
「あ、本当だ」
彼は立ち上がって駆けていく。そのさなか、振り返ってこちらに手を振った。
「じゃあ、また明日」
小寺を見送るとポケットからスマホを取り出して、視線を落とす。
時間は潰せた。バイト行くか。
#
バイトから帰宅すると、洗濯物だけ洗濯機にぶち込んで回し、シャワーを浴びに風呂に行った。
夕食は食べてきた。飲食店で働いているからな。
飲食のバイトはきついが、飯を提供してくれるところがいい。それ以外は全部悪い。
湯舟はお湯を貯めてすらいないので、頭と体と顔面だけ洗ったら終わり。
一人暮らしあるあるだと思うが、湯船には浸からない。水道代がもったない。
明日は土曜日、休みだ。何をしようか。
とりあえず散歩に行って酒を購入して飲むか。
洗濯籠に洗った洗濯物を入れて、ベランダに運ぶ。今日も夜風が心地よい。やっぱ初夏はいい。
早く散歩に行こうと、張り切って洗濯物を干し始める。
そのさなか、俺は隣に視線を移した。四〇四号室。綿岡の部屋。
もちろん仕切りがあって隣の部屋のベランダは見れないようになっているのだが、少し気になった。
──あいつ、もう仕事終わって帰ってきてるのかな。
綿岡と再会して数日が経過して、あれ以降彼女の顔を見ていない。今まで隣に住んでいたのに二ヵ月出くわさなかったからな。
家を出る、そして帰ってくる時間が全く違うのだろう。
いつもなら足音が聞こえることがある時間なので、用事が無ければ帰ってきているとは思うが。
また遊びに来ると言っていた綿岡。あいつのラインの連絡先は昔に交換したものが残っているから、あいつが俺をブロックしていない限り彼女の手元にも残っているはず。
本当に来るなら、連絡があってもおかしくないが。
「わあっ」
「うおおおおっ」
なんて考えていたら、突然仕切りの横から綿岡の顔がひょこっと現れた。驚きのあまり、仰け反ってその場で転びそうになった。
「ふふふ、良い反応、迫真だね」
「おおお、お前、俺の心臓を止める気か」
「ごめんね」
謝りながらも、何が面白いのかわからないがふふふふと笑い続ける綿岡。
「洗濯物干してる音が聞こえたから、元気してるかなと思って覗いちゃった」
「覗くのはいいけど、もっと静かにそっと覗いてくれ」
「……そっちの方が怖くない?」
元気?と訊ねられたので、元気と返す。なんだその質問。
「硲くん。明日は大学休みなの?」
「あぁ、休み」
「一日暇だったりする?」
「夕方からバイトあるけど、それまでは暇かな」
「そっか、バイトしてるんだ。なんのバイトしてるの?」
「飲食だよ。そこのチェーンの和食屋で働いてる」
「え、そこの信号二つ渡ったところにあるあそこ?」
「そう、あそこ」
「近いね」
仕切り越しに、洗濯物を干しながら話す。ここから看板が見えるくらい俺のバイト先は近い。
「話が逸れちゃった、ねえもしよかったら、明日硲くんの部屋に遊びに行ってもいい?」
「仕事は休みなのか?」
「うん、一応完全週休二日制だからね。一応。休みだよ」
一応が二つあった。多分、何かあるんだろうな。拾わないが。社会は怖い。
「いいよ。昼までには起きてるから、いつでも来いよ」
「やった」
遊びに来るなら連絡はあってもおかしくないと思っていたが、まさかこういう形でやってくるとは。
まあ、隣に住んでいるならこれが一番手っ取り早いか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます