第10話 情けないが湧き上がる喜び

「どうしたの?」


「ちょっと待ってな」


 並べられたソフトケースのタイトルを一つ一つ確認して目を配る。


「確か隅の方に、あったこれだ」


 並べられたソフトのうちの一本を抜き取り、彼女の前に差し出す。


「ほら、これ知ってるか?」


 ソフトのタイトルは「ランドドラグーンバトル」、俺たちがハマっていたランドドラグーンのスピンオフ作品で、ゲーム内に出てくる主要キャラクター達で行う対戦型格闘ゲームだ。


「知ってる! ゲームの中で一時期お知らせに出てたよね。これ買ってる人いたんだ」


「おい」


 綿岡の発言は手厳しいが、俺もそう思う。


 ランドドラグーンは一定数の人気はあったが、据え置き機にスピンオフ作品を強気に売り出せるほどの覇権コンテンツではない。


 結果このソフトの売り上げは爆死している。内容はそこまで悪くないんだがな。


 細かいキャラの造形。豊富なアクション。三十を超えるキャラクター、オンライン対戦にシナリオモード、オフラインバトルまで完備。


 ファンがプレイするには文句が出ないであろう出来だ。


 ただ、大元のコンテンツが弱かっただけだ。これで定価六九八〇円。強気価格にもほどがある。


 なんで俺がこれを買ったかと言えば、日ごろお世話になっていたゲームだったから、お布施のつもりで買った。


 元より、ゲームのクオリティにはそこまで期待していなかった。普通に遊べる程度には面白かったが。


「良かったら、これやってみるか? 管理人さんが来るまでまだ時間あるだろうし」


「いいの? やってみたい」


 ソフトをゲーム機に差し込み、電源を付ける。


 せっかくの対戦ゲームだ。二人でやればいいだろう。彼女にコントローラーを手渡し、画面をテレビに出力する。


「ゲームなんて久しぶり、楽しみかも」


 タイトル画面にやってくると、キャラ達が全員集合した一枚絵が表示される。


「え、懐かしすぎるんだけど」


「わかる」


 自分用のコントローラーを操作し、オフラインモードで一対一バトルモードを選択する。


「キャラは全部解放してるから自由に選べるぞ」


「どうやって選べばいいの?」


「左スティックを動かせばいける」


 自分の手を動かしながら見せる。彼女は「こう?」と言いながら、動きを真似た。


「そうそう、据え置き系のゲームの操作、全然知らないんだな」


「うん、しないからね。子供の頃は憧れてたんだけど、お母さんが買ってくれなくて」


 ロットちゃんにしよーと言いながら、彼女はとあるキャラに決めた。正式名称でロットムという女の子のキャラクターだ。


 ベレー帽を被っていて大人しそうな雰囲気をしている華奢な女の子だが、自分の身体と同じくらいある大きさのハンマーをぶんぶん振り回すパワー系のキャラだ。


「じゃあ、俺はタヌーカにしようかな」


 俺はタヌキの小さなキャラクターを選択した。こいつは攻撃時だけ、全長三メートルの筋肉お化けになる。パワー系VSパワー系だ。


「タヌーカ懐かしい」


 ランダムでステージが決定し、二人が選択したキャラクターが降り立つ。


 選ばれたステージは本家のシナリオ四章の舞台となったアッテランデ島だ。ヘビーユーザーだった綿岡はすぐ気づいたようで、「アッテランデ島だ、細かいね」とツッコミを入れていた。


「そうなんだよ、このゲーム一々作りが細かいんだよな」


 そうこうしている内に、開始のゴングが鳴る。


「これって攻撃すればいいんだよね、初めていいの?」


「もちろん、好きに殴ってこいよ」


 据え置き型のゲームを全然しないと言っていた綿岡。


 彼女は操作もままならないのは何となく今までのやり取りでわかっていたが、本当にわかっていないようで攻撃方法を模索していた。


「えっと……これが攻撃で、これがジャンプかな」


「Rを押すとガードができるぞ」


「なるほど、ありがとう」


 彼女が操作方法を理解していない状況で容赦なく殴り掛かるほど、俺は卑怯な人間ではない。


 ちゃんと彼女が操作を覚えてから、攻撃した。


「ちょっと、いきなりだね」


「すまんすまん」


 それでも早かったようだが。まあ、あれだ。


 よくある好きな女の子にちょっかいをかける男子的なノリだ。好きだったのは昔の話だがな。ただ覚束ない手つきを見てるとからかいたくなったのは確かだ。


 会話を交わしながら、ゲームを続ける。不慣れな彼女の相手をするからには、当然手加減はしているのだが、それでも俺がかなり優勢。


 ほとんどソシャゲしか通ってこなかったからだろう。ゲームセンスと自力が反映されやすい格闘ゲームに関して、彼女の実力は壊滅的だった。


 三ストック制で、俺が二機残している時点で彼女はストックを全て失い敗北した。


「容赦ないねー」


「容赦したけどな」


 悔しそうに唇を尖らせる綿岡。ツンとしていても顔の造形が良いから可愛く見える。


「難しいけど楽しい。もう一回したい」


「いいよ、キャラ変えてもう一度やるか」


 結局その後は、二人でランドドラグーンを懐かしみながらゲームに耽った。


 彼女と久しぶりに会って話してゲームをしたからだろうか、憑き物が落ちたように感じる。そして、自然と笑えた。綿岡もたくさん笑っていた。


 漠然と幸せな時間だなと感じていたら、しばらくして綿岡のスマホに着信があった。


「はい、綿岡です。……はい、そうなんですね。わかりました。ありがとうございます」


「管理人さん?」


「うん、そう。今着いたから扉、開けてくれるって。ありがとう、硲くん。ゲーム、久しぶりに一緒にできて楽しかったよ」


 コントローラを片付け、身支度を終えた綿岡は立ち上がって「帰るね」と告げる。


 玄関まで見送りに出る。靴を履き終えた彼女は振り返って、言った。


「久しぶりにたくさん笑ったかも。最近、仕事を始めてから精神的にまいっちゃうこと多くてさ。地元を出てきてるから友達にもなかなか会えないし、ちょっと病んじゃってたの」


「それは……大変だな」


 あの嘆きの声を聞いていたから、なんとなくわかる。社会人になったら色々あるんだろう。


「だから、今日硲くんと会えてよかった。鍵落として良かったかも」


「良くはないだろ」


「確かに」


 口元を抑え、ふふふと笑いながら目を細める綿岡。彼女の清らかな笑みに少しどきっとした。


 あー、好きだったわこいつのこと、とその笑みを見て強く実感する。


「ねえ、また遊びに来ていい? 一緒にゲームしたいな」


 そんなことを考えていたから、彼女のその言葉にさらに心臓を跳ねさせた。


「い、いいけど。彼氏はいいのか?」


 訊ねると、彼女は「彼氏?」と呟き首を傾げた。


「とっくの昔に別れたよ。というか、彼氏いたら他の男の子の部屋に一人で上がらないでしょ、普通」


「そう……か」


 彼氏と別れていたのか。てっきり今も続いているものかと思っていた。仲良さげだったから。


 高校生カップルはほとんどがすぐに別れてしまうって言うもんな。綿岡たちもその例に漏れなかったわけで。

 

「今度来るときは、何かお土産でも買ってくるよ。今日のお礼もしたいし」


「気にしなくていいのに。まあでもくれるなら、食べ物系が良いな」


「食べ物ね、わかった」


 彼女はじゃあまたと言って、手を振りながら扉を閉めた。がちゃんと音が鳴って、振っていた手のひらを下ろす。


 恋に破れ、すでに彼女への恋心は消え去った。何度も思い出していたとはいえ、久しぶりに会っても一瞬誰かわからないくらいの記憶の中の存在と化していたはずなのに。


 そんな彼女と今更接点ができて、彼氏がいないと聞いて、喜んでしまっている自分が少し情けなかった。


 

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