第9話 本心は今も言えない
しかし、久しぶりに彼女と喋ったけど、案外喋れるな。
綿岡と話を続けながら、ふと思った。
俺はコミュニケーションで苦労するタイプの人間ではない。
だが、もし今彼女と会えばどうなるかと想像したことがあった。すると想像の中の俺は、何も喋ることができなかった。
彼女とどう向き合えばいいかわからなかったのだ。
告白していない状況でフラれたとはいえ、酷い失恋をした。どんな顔で彼女を見ればいい。それに彼氏もいるだろう。……多分。
高校卒業時点で、綿岡には彼氏がいた。例の彼だ。一年以上交際は続いていた。
校内で歩いている二人を見たことがある。仲睦まじいカップルだった。あそこから別れる姿は想像ができない。
円満な二人を見ると、告白することすらできなかった自分が際立って情けなく見えて、酷く劣等感を刺激された。
だから好きだったが、妄想の中では過去を
未だに理想的な恋愛のできない自分を省みて、そして恋に負けた自分を思い出して死にたくなるから。
だが実際に彼女と話してみると、当たり障りのない会話をする程度だったら特に問題なく口を開くことができた。
これは失恋してから時間が経ったからだろう。失恋したばかりの頃は彼女の目を露骨に避けていたし。
大人になったな、俺も。と二十歳になったことをここで実感した。
「綿岡は、仕事のためにここに住んでるんだろ? 今なんの仕事してるんだ?」
「OLだよ。近くの会社で事務の仕事してるの」
「へー、偉いなあ」
「偉くはないでしょ、学校を出たらみんな働くんだから」
「それは人によると思うぞ」
一部この発言が刺さる人間もいるだろう。やめてあげて欲しい。
「それにキツそうだもんな仕事、偉いよ。前この部屋に綿岡の嘆きが聞こえてきたよ。苦労してるんだな」
「嘘、聞こえてた?」
「あぁ、『仕事、いやー……』って」
「ちょっと」
裏声で声真似してみたが、不評だったらしく肩をぺちんと叩かれた。痛くはない。
「壁薄いよね、ここ。隣が知り合いだとわかってたら、絶対漏らしてなかったよ。気を付けよ」
「逆に俺の声は漏れてたりした?」
「それは、うん。お風呂入るとき、鼻歌歌っているでしょ? ご機嫌そうだなって思ってた」
確かに毎日歌っている。隣の部屋まで聞こえていたのか。指摘されると、恥ずかしくなってきた。
「俺も気を付けよ、恥ずいわ」
気まずくなって頬を指で掻く。そしてふと思う。漏れてた生活音って、口笛だけだよな? テレビの音はまあいい。AVの音が漏れていたら死ぬ。
まあ、観るときはイヤホンを付けているし、大丈夫か。
綿岡を見ると、室内を見渡していた。
「うちと間取り一緒だ」
「そりゃ変わらんだろ」
「そうなんだけど、家具の配置も似てるなと思って。ベッドの位置とテレビの位置が一緒。というか、ゲーム、すごくたくさん持ってるね」
彼女の視線はテレビ台の中、ガラス越しのゲームソフトのケース達に注がれていた。
「ああ、趣味だからな」
俺はゲームソフトを50本以上所有している。古いゲーム機の物から最新の物まで、メジャーなタイトルにはだいたい手を出している。
そのケースをかなりの幅を取って、テレビの下にずらりと並べているのだから、目にも付くだろう。
「見てもいい?」
「いいぞ、好きにしてくれ」
立ち上がって、ガラスの扉を開けてやる。彼女はソフトのケースに手を伸ばして、観察し始めた。
「すごい、アニ森、スクラ、カリオ、パケモン、何でもあるね」
「綿岡は、今はゲームやらないのか?」
「うん、全然。というか、元々ゲームはスマホでできるやつしかしてなかったし。ゲーム機のはほとんどしたことないかな。ランドドラグーンをやらなくなってからは全然」
興味深そうに、ソフトのケースをじっと見つめる綿岡。ランドドラグーン、懐かしすぎる。
「サービス終了しちゃったもんな、あれ」
「そう、飽きちゃってからもたまにログインはしてたんだけどね。悲しかったな」
俺たちの青春を彩ってくれたランドドラグーンは、高校を卒業して程なくしてサービス終了した。
今ではログインすらできなくなっており、『長期に渡るプレイ、ありがとうございました。』という文字だけが、アプリを開くと表示される。
「また久しぶりにやりたいなぁ、もうできないけど」
綿岡に彼氏ができて以降、二人でプレイしなかったことはお互いに触れなかった。
あの後、気まずくなって露骨に避けてしまった節があるのだが、彼女も気づいていてそれに配慮してくれたのだろうか。
「二人でゲームをしなくなってから、硲くん、わたしのこと露骨に避けてたよね」
いや、びっくり。全然触れてきたわ。
「そ、それは、悪いと思ってな」
「何が悪いの?」
「彼氏さんに。教室で仲良くしてるのもいかがなものかと」
「それは考えすぎだと思うけど。わたし嫌われたかと思ってた」
「それはない」
それなら良かったと安堵したように息を吐く綿岡。
「勘違いさせたならすまん」
教室で仲良くするのはいかがなものか、もちろんそれも少しはあったけど、本心は別だ。だが隠した。今さら言えるわけがない。
「あっ」
その時、良いものを持っていることを思い出した。
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