第7話 再会

 大学生の夏休みは長い。二ヵ月弱もある。本当に馬鹿長い。


 バイトに、遊びに、睡眠に。やりたいことなんでもやりたい放題。


 研究室での研究もあるが、それでも膨大な時間がある。


 今から何のアニメを観ようか。徹夜でゲームするか。ワクワクで心の中で踊っているのだが、大学生には課題とテストがある。


 テストは赤点を取れば単位はないし、課題はだいたいプログラミング系のやつだ。情報工学科なんでな。


 期末の課題がどの授業もクソ重い。文系学部のテストや課題はぬるいらしいから、文系に進学すれば良かったとよく後悔する。


 先生と両親に勧められて進学したが、結構きついんだよな。授業が無い日なんてないし、教室には男だらけ。


 思い描いていた華のキャンパスライフとはかけ離れている。


 閑話休題。


 少し先の夏休みへの展望と、理系学部に関する愚痴はさておき、課題の話にフォーカスする。


 うちの学科では毎時間課題が出る授業が多い。プログラミング系の実習課題だ。


 今週もいくつかの授業で出た。これがまたキツい。


 だいたい課題提出日前は、提出時間ギリギリまで取り組んでいる。


 課題の提出は一律ネットで行うので、わざわざ大学まで足を運ぶ必要は無いのだが、締切が朝の六時とかに設定されていると、だいたい徹夜になる。


 課題の難易度と自分の計画性の無さを恨む。


 今日もでかい欠伸あくびを漏らしながら課題の提出を終えると、朝六時前だった。


 この後一限から授業があります。研究室での勉強会もあります。やってられん。

 

 今から寝たら確実に寝坊するし、どうするか。ゲームでもするか。なんて思っていたら、隣の部屋のアラームが鳴った。


 随分早起きだな。社会人は大変そうだ。







      #







 結局あれから睡眠は取らずに大学に行き、授業まで研究室のソファで仮眠を取った。


 研究室で寝ていたら、もし自分で起きれなくても誰か滞在していた人が起こしてくれるだろうといった算段だ。


 結果、自分では起きれなくて院生の先輩が起こしてくれた。先輩に何やらせてんだ俺は。すみません。


 その日もこれといって変化のない日常が続く。授業を受け、飯を食い、空きコマにはイツメン(恭平・小寺)と駄弁る。


 今日はバイトの予定が無かったから、家に帰ったらのんびりしようかな。


 ここまではよくある一日だった。


 研究室での勉強会を受けて下宿先のマンションまで帰ってくると、財布の中からカードキーを取り出して、扉を開けた。


 管理人室を覗き込む。うちのマンションの管理人さんはとても陽気なツルツル頭のおじさんだ。


 顔を見ると、毎度挨拶をするようにしているのだが、どうやら留守らしい。コミュニケーションを取る機会が乏しい一人暮らし、管理人さんの目尻にしわの浮かぶ笑顔が俺の癒しになっていたのだが……残念。


 エレベータで四階まで上る。四階の隅にある五号室が俺の部屋だ。


 いつもならまっすぐ伸びる廊下の先にある俺の部屋までの道に、遮る物はないのだが、今日は違った。


 ──あれ、人がいる。


 四〇四号室。俺の隣の部屋の前でスマホを耳元に当てて通話をしている女性が一人。例の新社会人さんだろうか。


 オフィスカジュアルのパンツスタイルに身を包んでいる。ミディアムヘアの茶色い髪に隠れて顔は見えない。


「……はい、はい、すみません。ご迷惑をおかけします」


 謝罪している。何かあったのだろうか。気にはなったが、他人の電話に聞き耳を立てるのはよろしくないので、聞こえてないふりをする。


 初めて顔を合わせたんだし、せっかくなら挨拶くらいしておきたいところだが、取り込み中のようだし、会釈だけして通り抜けよう。


 目があったので、ぺこりと頭を下げたらぽとんと物を落としたような呟きが聞こえた。


「硲くん?」


「?」


 名前を呼ばれて顔を上げる。彼女の顔を見た最初の印象が、めっちゃ可愛いじゃん、だった。


 大きくて丸っこい澄んだ瞳。整った鼻梁びりょう。控えめな口元。


 どれをとっても、かなり俺の好み。というか、この顔どこかで──。


「えっ」


 彼女が誰かわかった瞬間、動揺して目を見開いた。


「……綿岡?」


 自分の記憶の中にある彼女とは少し違った。当然だ。彼女とは高校を卒業して以来会っていなかったのだから。


 髪が伸びたし、パーマを当てている。肌も白くなったような気がする。垢抜けて大人びたなと思う。


 ただ、目の前にいる彼女が綿岡なのはわかる。その優しい声色や所作を見て、俺が間違えるわけがない。


 間違いなく、高校時代に片想いをして想いを告げることなくフラれてしまった相手──綿岡優菜わたおかゆうなだった。

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