第6話 失恋と後悔

 この日以降、綿岡とはよく一緒にランドドラグーンをプレイするようになった。


 ソロでの攻略が難しいイベントやシナリオに、綿岡は積極的に俺を勧誘するようになり、俺は彼女の誘いを断らなかった。


 誘われるたびに毎度「ひまだし……」「時間あるからいいよ」とかっこつけた応対をしていたが、他のフレンドからの誘いや友達との約束を断って、彼女の誘いを承諾していた。


 可愛い女の子と二人きりで遊べることに舞い上がっていたのだ。そりゃあどんな予定よりも優先する。今の俺だってそうする。


 一緒にゲームをするようになってから、学校でも会話をするようになって、周囲から「実は付き合ってる?」「いつ仲良くなったんだよ」と茶化されることが増えた。


 周りから囃したてられるのは恥ずかしかったが、優越感があった。クラスの中では恋人がいる人間の方が少数派だったので、異性で仲睦まじくしているだけでモテない男たちから羨望の眼差しを受けた。


 多分、恋愛面での幸福度は自分の人生の中でこの時がピークだ。悲しい話だが。


 この辺りで彼女への恋心を自覚した俺は、胸に秘めた想いを抱えながらも、彼女に告白はせず、悶々とした日々を過ごした。


 当時の自分は告白する度胸なんてなかったし、何よりあの時は、今とは告白の重みが違う。


 マッチングアプリで出会った女と、一方的に好きになったクラスメイトの綿岡に想いを告げるのとでは難易度のレベルが全然違った。


 それにリスクもあった。マッチングアプリの女に振られたところで、自分が言わなければ周りに知られることはないが綿岡は違う。


 クラスも同じだし、たとえ告白した事実を俺と彼女が公開しなかったとしても、教室での二人の態度の変化でわかるだろう。


 ああ、何かあったんだ。硲のやつ、フラれたな?


 そんな風に周囲に噂されるのは勘弁だった。俺は人の目を気にしやすい典型的な現代っ子なのだ。


 それに、フラれて綿岡との縁が切れてしまうのは嫌だった。だから、長々と心地よいゲーム友達兼クラスメイトの関係を続けていたわけで。


 そんな意気地のない俺も最後は告白を決意した。高校二年生の夏休み、その終わりの頃だ。


 夏休みに入ってからも、俺たちのゲームでの関係は変わらなかった。イベントやシナリオをこなしたり、レアアイテムのドロップを狙ってボスを周回。駄弁りながら、アイテム収集や釣りに耽る。変わらない日々。


 何度か会って遊んだこともあった。


 だが、お盆あたりだろうか。彼女が祖父母の家に遊びに行ったので、しばらく連絡を取らない日が続いた。


 一週間程度の期間だったか。彼女がこちらに帰ってきてからも、中々ゲームに誘われなくて、痺れを切らしてゲームをしようと俺から誘ったが、「ごめん、今日忙しい」と断られてしまった。


 彼女と言葉を交わさない日々が続き、胸に秘めていた悶々とした彼女への好意がついに我慢できなくなった。


 久しぶりにゲームを誘われた日、俺は彼女に言った。


「夏祭り、一緒に行かないか?」


 俺たちの地元では、毎年夏の終わりに近くの河川敷で夏祭りが開催されていた。


 彩色豊かな屋台が立ち並び、いくつもの花火が打ちあがる。告白するなら持ってこいのイベントだろう。


 綿岡とは、ライン越しでのやり取りがほとんどだったが、思いの丈をぶつけるなら会って直接言うべきだと思った。


 だが、この想いを彼女に伝える前に玉砕することになる。


『ごめんね。別の人と行く予定があるの』


 その返答に落胆すると共にどこかほっとする俺。


「そうか、それなら仕方ないな」


 告白する機会はまたあるだろうと高を括っていたが、そんなことはなかった。


『う、うん、ごめんね』


 どこか歯切れの悪い返答をする綿岡に「どうかしたか?」と訊ねる。


『その……ね、実は硲くんと二人でゲームするの今日が最後になると思う』


 彼女の言葉に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。


「……なんで?」


『あまりこういうことを言うのも、照れくさいんだけどね。彼氏ができたの』


 血を吐くかと思った。視界がぼやける。


「いつ、どこで、てか誰」


 国語の問題のような問いになった。冷静じゃないのが丸わかりだったが、綿岡には動揺した俺の声色が伝わらなかったようだ。


 それ以上に、自分のことでいっぱいだったのだろう。


『えっと、隣のクラスの三組の子なんだけどね。少し前に告白されて、その誠実ですごく良いなと思って……付き合いました』


 ゆでだこみたいに顔を真っ赤にしている綿岡の姿が想像ついた。これが自分に対して向けられた感情なら可愛いなと思えたが、彼女のこの反応は自分にとって明確な失恋だった。


「そ、そうか。良かったな。おめでとう」


『うん、ありがとう』


 絶望で押し潰されそうになりながら、精一杯虚勢を張って彼女を祝福すると、追い打ちが飛んできた。


『だから、自分勝手でごめんなんだけど、もう夜に二人でゲームとかはできない。相手に話したら、自分以外の男と二人きりでゲームは嫌って言われちゃって』


「ああ、そうか。まあ、そりゃ当然だわな」


 何、物分かりの良い男になってるんだよ。


「じゃあ、またゲーム一緒にできる機会があれば一緒にしようぜ」


 その日は最後まで、物分かりの良い男だった記憶がある。結局二人でまたしようと言ったが、あれ以降一度もしていない。


 恋心を伝えそびれ、悔恨を残したまま卒業してしまった。


 あれ以降、しばらく周囲の人間から失恋を励まされた。やめてほしい。


 憐憫れんびんの情を向けられるのが嫌だ。情けなくなる。


 自分の中でも気持ちの整理ができていない状態で失恋を押し付けられるのはやめてくれ。


 というか、気持ちの整理というなら、今もどう整理していいのかわかっていないかもしれない。


 あれから四年近く経過しているというのに、まだ彼女のことを思い出し、後悔することがあるのだから。


 告白できない全国のチキン男子に言いたい。こうなるから告白はしとけ。俺みたいにはなるな。

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