第5話 かつてのゲーム友達
一限を受け終えたあたりでラインを確認すると、恭平からメッセージが来ていた。
『出席届、提出しといてくれた?』
『あぁ、出しといたぞ』
『助かる、昼飯奢るから昼休みB食堂来てくれよ』
『よっしゃ、特上サーロインステーキ定食食うぞー』
『そんなメニューねーよ』
二限終了後、小寺と共に食堂にやってくると、恭平が席を取って待っていた。チキン南蛮定食(税込み六三〇円)を奢ってもらい、腹を満たした。
今日俺はこの後三限以降授業を受講する予定もなければ、研究室に向かう日でもない。
家に帰るのみだったが、二人は別の授業を取っているので、その場で解散となった。チキン南蛮、美味かった。
リュックを背負い、照りつける太陽の日差しの下、山道を下っていきながら、朝の小寺の発言を思い返す。
──ボクたちの中で一番結婚早そうな気がする。
二人と会話をしていると、卒業後の話や彼女と今後どうするかといった話がでることがある。
俺たちも二十歳を超え、再来年には社会人になっている。二人のように長く恋人と付き合っていれば、同棲や結婚の話が出るのも頷ける。
ただその話を聞いている俺は辛かった。
異性との交際経験が乏しい独り身の俺の前でそんな話をするな。俺は好きな女の子と手を繋いで夏祭りに行きたいくらいしか考えてねーよ。
どんどん恋愛観が大人になっていく二人、孤立する高校生並みの恋愛観の俺。
周りの人間に自分だけが置いて行かれる現実が辛い。初めて彼女ができて、やっと対等になれたと思ったが、違った。
あいつらみたいに、理想的な恋をできていない。
中学の同級生と一途にずっととか、学部のアイドルを射止めて交際みたいな。俺のようなマッチングアプリで出会ったちょうどいい相手と惰性で付き合うといった、焦った末の出会い目的の恋じゃない。
自然に出会って、自然と夢中になって、恋人になりたい。
どうやったらできるんだろうな。男ばかりの大学にバイト先。出会いがない。またマッチングアプリで出会おうという気持ちにはなれない。
そもそもの話、好きな人ってどう作るんだ。元カノへの好きは、はっきり恋人に対する好きかといえば微妙だった。
誰かに取られたくなかったし、笑顔も魅力的で喜ばせたいとも思った。だが、胸を締め付けるような感情になったことはない。
夜眠るとき、授業中、朝起きたとき、食事中、ふとした時に相手を想い、甘酸っぱい気持ちにさせてくれたのは、高校時代のあの子だけだった。
#
高校の頃の自分を一言で例えると、普通だった。
勉強をそこそこ頑張り、部活もこなすが、たまに授業中の居眠りで怒られ、深夜アニメを親に隠れてこっそり見る。そして気に入ったソシャゲを無課金でやり込む。
クラスで目立つ存在ではなかったが、日陰者でもなかった。今は日陰者かもしれない。大学での交友関係は狭く、限られたコミュニティの人間としか関わらなくなった結果、コミュニケーション能力が乏しくなった。
当時の方が社交的だったが、異性に対しては耐性がなく、こちらに関しては今の方が全然喋れる。昔は女の子から声を掛けられただけで、どもってしまっていた。
そんな状態だから、高校二年生の春、たまたま同じクラスになった隣の席の女の子──
「あれ、そのゲーム。ランドドラグーンだよね。好きなの?」
その声が耳に入り隣を見ると、綿岡優菜が自席からこちらを見ていた。休み時間のことだった。校内でスマホを弄るのは原則禁止の高校だったが、そんなルールをまともに守る人間は存在しない。
休み時間、何も用事が無い時は、スマホでソシャゲをプレイするのが一年生の時からの日課だった。
「あ、お、おう」
短く返事をするだけで、こうも無駄な音が入ってしまうのは、多感な時期だから許してほしい。
高校生男子の三割くらいは、突然女の子に話しかけられたらこうなる。
「珍しいね。わたし以外でやってる人、初めて見たよ」
「綿岡もやってるんだ?」
「うん、今ランク二〇〇だよ」
「カンストしてるじゃん、やりすぎだろ」
「そうかも、硲くんはどうなの?」
「俺は……二〇〇」
「一緒じゃん」
ランドドラグーンは日本で人気のアプリゲームを上から順に並べたら、当時一〇〇番に入るかどうかといった、マイナーというには微妙だが、クラスにプレイヤーが一人いればいいくらいのゲームだった。
いわゆるMMOと呼ばれるジャンルのゲームで、モンスターを狩ることと冒険が主目的のゲームだが、農業や釣り、料理にミニゲームなど幅広く遊べる自由度の高いゲームだった。
女性ユーザーが多いと聞いたことはあるが、今までランドドラグーンをやっていた周囲の人間は皆男だった。だから、綿岡がこのゲームをやっている、しかもレベルがカンストするまでやり込んでると聞いたときは、耳を疑った。
こんな子がこのゲームをやっているのか。
綿岡のことは、話しかけられる前から目で追うことがあった。彼女はクラスで積極的に発言するタイプではないが、目立つ存在だったから。
ビー玉のように澄んだ瞳、高い鼻。質の良い肌。細身で丸みを帯びたショートボブは涼し気な印象を覚える。まあ、一〇人いたら九人は美人って言うんじゃないかな。そんな容姿をしている。
内面は大人しいって感じでもなければ、元気って感じでもないが明るい部類の人間だろう。ほどほどに友達もいて、周囲に溶け込んでいる。
お嬢様というほどではないが、どこか品があって清楚な印象を覚える。そんな感じ。
その後、彼女に質問攻めされた。
装備何使っているの? ジョブは? ゲーム内のキャラで好きなのは?
食い気味に問いかけてきたので、たじろいだことを覚えている。
次の授業の先生がやってくるまで、彼女の質問攻めは続いた。
その日の夜、自室で宿題をこなしていると、ぴこんとラインの通知音が鳴った。
『硲くん、イベントダンジョン一緒にやらない?』
通知音を鳴らしたのは綿岡だった。
『いいよ、今から?』
『うん、いける?』
『まって、化学の宿題やってないからそれだけ終わったら』
宿題は爆速で終わらせた。急いで書いたがゆえに、やたらと筆圧が強くなって字が濃くなった。先生に何か言われるかもしれないと思ったがどうでもよかった。
女の子に誘われて一緒にゲームをするなんて初めてだったから、焦る必要なんてないのに、勝手に手が動いた。
『終わった』
そうメッセージを送ると、すぐにラインの通話の着信があった。もちろん綿岡からだ。
「びっくりした、いきなりかけてくるなよ」
『あれ? 迷惑だった?』
「そういうわけではないけど」
言葉を返すや否や、綿岡は『わたしもうログインしてるからさ、硲くんもログインしてよ。早くやろ?』と急かしてくる。
このゲームをプレイしているだけで驚きだし、ランクをカンストさせている時点でわかっていたが、彼女のこのゲームに対する熱量はかなりのものだった。
高校生ながら程々に課金もしているようで、操作がこなれている。
コアなゲーム内用語だって通じないものはないし、ゲーム内で知り合った相手と電話をしながらプレイしているような感覚だった。
その日は日付が変わる頃まで、二人で延々とイベントダンジョンに潜り続けた。
『ねえ、明日も一緒にやろうよ』
そろそろ寝ようかという話になると、綿岡が言ってきた。
「いいけど」
『やった。わたし、フレンドとかいないから、マルチプレイに憧れがあったんだよね』
こういったオンラインゲームは、フレンドを作ってやるのが醍醐味の一つみたいなところがあるが。
「フレンド無しでやってたのかよ。え、それ飽きないか?」
『飽きないよ。逆に硲くんはフレンドいるの?』
「ゲーム内で知り合った人が何人か」
『いるんだ、羨ましい』
「フレンドは作らないのか?」
『だって、ネットの人って怖いじゃん。どこの誰かもわからないし』
「わからなくもないけど、会うわけじゃないんだから」
ゲーム画面を眺めていると、フレンド申請が飛んできた。綿岡からだった。すぐに申請を承認する。
「これでフレンドできたな」
『ふふ、そうだね』
彼女の”ふふ”に心臓をぎゅっと鷲掴みされた気分になった。
いや、笑い方。育ちの良いお嬢様というほどではないが、品のある感じがとても心に刺さった。
惚れたわけではない。いくら異性への耐性が無いちょろい一般高校生男子と言えど、これだけでは惚れない。
でも今振り返ると、わりと早い段階で彼女のことを好きになっていたなと思う。
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