第一三〇回 ゆずれない夜に。


 ――明日へ繋がる今日。


 その活路を見出すためにも、そっとしてほしい。……そう、しょうさんは心で呟く。



 今宵くらいは、戦いを忘れたいから。


 時の過ぎゆく、その焦燥感を切り離したいから、夜の海を眺める見ている、そう思っていたら、釣り……? 釣り竿にバケツ、それに何やらの仕掛けも施されているようなの。


「……夜釣り。梨花りかは釣り好きか?

 俺は、まあ、釣りキチではないし、熱狂的でも……まあ嗜む程度だけど、時々してるんだ、とくに今夜みたいな時は。頭がいっぱいでガス抜きしたい時とか、戦いが飽きた時とか、所謂いわゆる脳内整理とでもいうのか、脳内洗浄ともいうのか……まあ、そんな感じだ」


 と、言いながらも翔さんは、何処となく照れくさそうな、そんな感じにも見えた。


「一人になりたかったの?」


「いや、いても構わない。いや、いてくれ。あっ、それより俺に話があったのか?」


 いう具合に、何が言いたいの? って感じだけれど、僕も……何を話しようとしたのか思い出せず、脳の奥へ吸収されたような感じで、脳内は真っ白という感じだから、


「……きっと、いっぱいあると思ったんだけど、消えちゃった」


 と、僕も僕で意味不明。人のことは言えないようだ。すると、翔さんはクスッと、


「まあ、何だかな、

 見て見ろよ、海。果てしなく続いていくようだろ? 夜の海には、果てしない広さを感じるんだ。どこまでも、どこまでも……ところで梨花、魚は好きか?」


「う~ん、どちらかと言えば、僕より千佳ちかの方が魚好きかな、とくに寒ブリ。……千佳も一緒がいいよね、来てくれるように呼ぼうか?」


と、僕は言うけど、


「それは野暮ってもんだぜ。千佳は太郎たろうと一緒、俺たちと同じように『ゆずれない夜』を堪能しているから。そっとしといてやろう、さりげなく寒ブリをプレゼントするから」


 と、ブラックホールにも通ずるような、黒く広がる海を見ながら、細やかな一時を。

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