第一二九回 二人の夜の慕情。


 ――アンさんは、大局という言葉を残し、夕陽の海に消えていった。



 僕らは暫く立ち尽くしたけど、時間が前に進むものだから、それに釣られ、取り敢えずは帰還した。研究所……そこで集えるのだと思ったのだけど、姿がもう……


 なかったの、しょうさんの。


 まるで、消えたかのように……



 僕は歩み、そして駆ける。彼女を捜索するために。いつしか目的が、そこに執着していた。暫くするとヒョッコリと、僕らの前に現れるのかもしれないけれど……


 もう二度と、現れないような、その不安の方が大きかったから、闇雲でも捜す、研究所の内部を隙間もない程に見る、見渡す。目を凝らす。それは相当な集中……


 ある種のストーカーみたいな勢い。でも……


 全然気にする様子もなしに、気が付けば海へと向かっていた。数時間前のあの、アンさんが消えた夕陽の海へ繋がっている場所。地図に載せられない程の、小さな場所。


 それでも思いは、その思いによって発する声は、ビッグなもので、


「翔さん!」と、惜しみもなく呼び続けてきた。


 すると……するとだね、


「何じゃい?」と、シャープに声が。紛れもなく翔さんの声。僕の呼ぶ声に反応した証の声。その……夜の海に響く。そしてその姿も見る。僕の前にス―ッと現れたのだ。


 目の当たりにする長身……

 とはいっても、僕の背より高いだけ。


「何だ何だ? そんなに血相を変えて」


「急にいなくなるからじゃないか。もしかしたら、もう二度と……」と堪え切れなくなって、その胸に身を寄せる。そんな僕を、確かな感覚で、しっかりと抱いた翔さん。


「……バカだな。そんなこと、あるわけないよ」と言うの、翔さんはしおらしく。



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