第九十三回 イブの前の日に。


 ――それでも嵐は訪れるの。


 広がる黒い雲は、戦いの世界へと誘っていった。



 Xマス……今日はイブの前日その夜に、平和に浸る心は、それを拒むけれど、パラレルな世界へと、いつしか紛れ込んでいたの、千佳ちかも一緒に……


 せめて千佳だけは、現実の世界のままで留まってほしかった。明日へ繋がる今日くらいは、戦いの味を忘れてほしかったの。……それも叶わないの? と、誰ともなく誰かが聞くわけでもないけど、心から叫ぶの、心の中心から鋭く……



「俺が守る、千佳のことは……」


「へっ、太郎たろう君? どうしてここに?」


 驚いたのは僕もそうだけど、ソックリな声だけど、声にしたのは千佳だった。


 なら、お互いにここが、パラレルな世界という自覚はある。……そのようだ。そう思ってもいいよね? と、その思いは表情にも現れていたようで、「明日はスペシャルな日だろ? だからってわけでもないけど、少しでも一緒にいたいって思うのも人情だろ」


 と、太郎君は言う。真に言いたいことを見え隠れさせながら、遠回しに……


「ほほう、そこまで言うなら、僕が見定めてやる」


 と、声が聞こえる。ボクッ娘ではないボクッ子の声……正真正銘の男の子だ。気配を消しながら、そっと背後に。太郎君の背後に旧号きゅうごうがいたのだ。いつから? それもチート能力かも? 気配を消すどころか、本当に姿自体が見えてなかった。どちらかといえば、急に現れたのだ。旧号だけに急に。太郎君は驚きを隠せない表情……あくまで平静を装う程に動揺。なので「青いな君、この程度の脅威で。まあ、それでも見せてもらおうか。君に千佳が守れる程の男かどうか。僕と一緒に来るんだな」と、旧号が言う始末……


 旧号の中身は、脳内はきっと、旧一もとかずおじちゃんそのもの。そして震える太郎君、それは恐怖? それとも「何か知らんけど、やってやるよ!」と、太郎君の溌剌とした声。



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