Libertéーgrand plié

考査も何もかも終わり7月、夏休み突入だ。学生で一番時間がある時と言えるかもしれない。その時間に学校へ足を運ぶという屈辱、辛さはかの皇帝のように憤死したとしても仕方がないくらいだ。

「あっっつい」

宇美の一言に、無言で明貴がクーラーをかける。

「とりあえず一回休憩にしましょうか」

一方乃々はテキパキと動いている。

「15分後に集合で。特に幸ちゃんと宇美のとこしっかり指導つけるからそのつもりで」

「「ハイ」」

二人とも萎縮している。が、明貴がとりあえずアイス買いに行こ! と陽気に誘った。私は距離をとってその間にもう一度脚本読んでおくかと思っていると、何を言ってるの幸ちゃんも行くのよと手をぎゅっと組まれた。自分より背が高い人物にもたれかかられたため、肩の位置に頭がくる。奈子より短い、帷色の黒髪が目に入る。

「......近くない?」

スキンシップが激しい宇美に言われたくはないだろう。

「だって宇美全然紹介してくれないじゃない? 興味あったから」

目を薄くして明貴が笑う。

「......アイス食べに行かないの」

幸はそういうと、やばいあと10分しかないということで半ば走って購買まで向かった。一見完璧に見える明貴の意外な面を見た気がする。

「私結構打たれ弱いのよ」

見透かしたようにわざとナヨナヨとした声を出す。

「そうそう。急に電話してきてママがぁ〜! って泣きついてくるんだから」

「宇美に!!???」

「驚くとこおかしくない?」

「だって宇美だよ!??」

信じられない顔をすると明貴はツボに入ったようでギャハハと豪快に笑った後、話盛らないでと宇美を嗜めた。

「幸は思ってるより器がビックな女よ私は」

というとボタンをポンと押す。ゆるゆるとバーが移動した後、アイスがぼとりと落ちた。なんだか線香花火のようで切ない。私も続けて買う。

「......チョコなんだ」

明貴が意外そうで、半ばがっかりしたような声で言った。

「なんだと思ったの」

「バニラ」

明貴と宇美が顔を見合わせて、ニヤニヤと気味悪く笑っている。この二人の組み合わせはあんまり良くないかもしれないと幸は思い始めていた。帰りはゆっくりと歩いて帰ってくると、多くはもう準備をして、声出しやセリフ読みなどに取り掛かっていた。乃々は3人に気づくと、じゃあこのシーン。と台本のページを指指す。前半の第一王子が第二皇女を訪れる場面からだ。幸がちょっと困ったような顔をしていると、とりあえず演技の感じをみたいから、台本見ながら喋ってと言われた。

「入れ」

「はい、ただ今」

台本通り、宇美が仰々しく答える。

「あ、あなたは......」

「お久しぶりです、姫。相変わらずお美しい。まるで摘みたての薔薇のようですね」

「......わたくしが生気のない顔だといいたいのかしら。お冗談はよして、プリンス」

「あら、お気に召しませんでしたか。では、ガーネットのように情熱的だ。.....これも違う? 困った! 貴方の魅力には国中のどんな宝でも敵いませんね」

「貴方らしくも無い、単刀直入に言ったらどうと言っているの、ミスター」

先程の冗談めかした声を変え、途端に低くなる。こんな声も出たのか、宇美は。

「ああ。じゃあ言おうか。君は俺のものになるべきだ」

「何のために? 私、貴方のこと好きじゃないわ」

「......俺に言わせる気か! 悪いお人だ。あなたの大事なお姫様のために決まっているだろう。それに君は俺が好きじゃない、だって?」

今度は声量が小さくなるのに、こびりつくような声。

「嘘だね。君は俺のことが好きなはずさ。だって、俺たちは.......似た者同士だから」

「そ、そんなこと」

「......返事をもらえたら、俺は君を、いや君たちを助けると誓おう。......この忌々しい王国の名において」

今度は覚悟を決めた重い一言だ。この後私は第一王子にキスをして終わり、のはずだ。

「はい、そこまで。まず二人ともお疲れ様。宇美からね。練習の成果がよく出てるわ、しっかり感情移入できてるし、何より台詞をほぼ空で言えるようになってる。......私は好きなんだけど、嘘だね、の部分の台詞。あんまり小さいと舞台映えはしないから、声色と距離を詰める動作で違いを出したいわね。でもほんと、えらいわ! 手放しに褒めたい」

幸が聞いていても良い演技だったし、何よりそれを正当に評価する乃々はすごい。

「で、幸ちゃんだけど。前半のつれない部分は良いのよね。ただ、後半の部分は、もっと......そうね屈しているだけじゃなくて恋している感じというか......そういうのが出せないと」

「な、なるほど?」

「自然体の幸ちゃんから遠ざかるとは思うけどちょっと意識してみて。宇美も手伝ってあげて。また15分後にみにくるから」

といって他の子を見にいってしまった。わざわざ時間をとってくれるだけありがたいが、難しいアドバイスだ。

「あー、わかる。幸もっとこう、......いいや直前からやろ」

「嘘だね。君は俺のことが好きなはずさ。だって、俺たちは.......似た者同士だから」

「そ、そんな」

宇美は幸の喉を優しく触る。段々と辿って上の方をトントン、と2回ノックした。

「ここら辺。あと私の顔じっと見て」

宇美の気迫のある声で言われたままにじっと見つめる。真剣な瞳には段々と沸騰していく自分の顔が写っている。思わず目を逸らすとそれ! と大声を出した。

「私もさっきよりだいぶ良くなったと思う。お手柄ね宇美」

と右から声が聞こえた。乃々だ。

「守られてて」

宇美が調子づいてそういうと、打って変わって幸は困惑と呆れを2で割ったような表情へ様変わりする。

「......あー役のこと。ここではずっと第三皇女を守る側だったのが、強引に守ろうとしてくる奴が出てるの。そういう表情、よろしく」

ぎこちなくそう笑った。宇美ってこんな喋るんだなあ、と幸は呆然としていた。


 「はい。全体で一回通します。1時間くらいかかるから覚悟するように。台本は見ないと無理な人はそのままで」

「はい、では始め」

手をパンと乃々が叩くと、その場所が不器用ではあるものの、一人の大きないきもののように動き始めた。すごい、これが演劇ってやつか。客席から、それこそ音響からは見えない景色だ。一度出したセリフは、途中から自分の言葉ではないみたいに口から零れ出てくる。

「はい。お疲れ様でした」

「まず咲ちゃん。流石の華ね。否応なしに目を惹きつけるし、文句なしの主人公」

「あ、ありがとうございます!」

一番出番が多く体も喉も限界だろうにはちきれんばかりの笑顔をみせている。

「......でも、そこに留まってしまっている」

「咲ちゃんは第三皇女ってなんて名前だと思う?」

「え」

「じゃあ、第三皇女はどんな子だと思う」

「多分、優しくて夢見がちな女の子、じゃないでしょうか」

「そうね......」

乃々が艶やかに机の端へ手を滑らせる。

「貴方のオリジナルがみたいの。貴方が演じる第三皇女がみたいのよ。そこを詰めてみて」

「次」

目を静香に向ける。

「静香さんはあまりにも馴染みすぎね。王女というか静香さんなんじゃないかって気すらする。素晴らしいわ」

「でも、支配と以外の感情がない......。ようは人間臭くないのよね」

たしかに幸は静香が大口を開けて笑ったり、怒ったりしたのを見たことはない。

「明貴と宇美は一回喧嘩してみたら? 仲が良すぎるのよ。王子たちの複雑な感情がなんというか馴れ合いぽく見えちゃう? そんな感じ」

「幸ちゃんは......姿勢の問題ね。貴方と演劇の距離が遠すぎるわ。もっと一直線だと思って考えたらいいと思う」

「何はともあれお疲れ様でした! 厳しいことも言っちゃったけどよくやってるわ。今日のアドバイスを受けてまずはセリフしっかり叩き込んでね」

乃々のやり切った後の笑顔が夕日の光に重なってぼやけて見える。もう5時だ。


「王子の感情ねえ......」

明貴が珍しく悩んでいる。練習を終えてさっさと帰ろうとしたところを、この二人に捕まったのだ。曰く今日は明貴が7時まで暇らしい。幸にとってはだからなんだという話だが、まあまあと言われるがままに現在スカイツリーの麓に来ていた。スカイツリーの青から赤に変わっていくネオンが、昔育てた芋虫の動きに似ていると物騒なことを考える。

 ーさっちゃん、虫ー!!!!

大声で騒ぎ立てる奈子をあやしながら虫をティッシュで包んで窓の外へ放つ。なんで生かしたままにしちゃうの!? また会っちゃうかもしれないじゃん! と再度喚く奈子を、虫がいたって何もしないでしょ、生きてんだしそっとしとこうよと慰めた。でもある日、休日に遊んでた時かなんだったか覚えていないがー奈子がゴミ箱にティッシュをパッと捨てたんだ。ああ、虫いたから。となんともないように言う奈子より、虫を......? わからないがなんだか虚しく感じたのを覚えている。

 「......読み合わせするから感想って言ってんだけど聞いてる?」

「あっごめん。いいよ、どうぞ」

「号令出して」

「えっあっわかった」

手の中にあった駄菓子を食べ切ると、は、はじめ! と唸る。二人は締まらねー、と言って笑ったが、明貴が一言発した瞬間に空気が冷えた。

「兄上、ハッキリ言って貴方では役不足です」

優等生を思わせる凛とした声だ。

「知ってる」

こちらも毅然と返している。

「兄上ではこの国を不安にさせてしまう。そして、僕であれば、この国の民にもっと自由を与えられる!」

力強い意思表示。

「そうだろうな」

「ではなぜ!? 僕の前に立つのです」

「それは、俺がお兄ちゃんだからだ」

「俺はお前を止めなきゃいけない。お前は間違ってない。でも、」

「......方法が間違ってるんだ」

「何が違うと言うのです兄上。国よりも民を重視するのが本来の王族の務めでしょう?」

「お前はある女のついでに我が国民を救おうとしている。そしてもう動き始めた以上、ここで終わらせるしかない」

「......騙されてるんだカドリの王女に。あの女はお前なんかどうでもいいんだ」

同情したような宇美の声だ。

「そんな......こと! 僕は民を想って、自由を!!」

「チェックメイトだ。大丈夫、俺もすぐ逝く」

「ど.......どうだった?」

恐る恐る明貴が聞く。

「えっと、乃々さんが言ってたのもわかるかも。なんか清々しすぎるというか」

「いやたしかに幸より湿っぽくない自信はあるけど」

「は? 宇美も割と湿っぽいよね? いやそうではなく......」

頭をずっと悩ませていた明貴が不意に顔を上げた。

「そっか、もっと悪い部分を考えればよかったのかも! 第二王子は悪い女に騙されただけで根は真面目で努力家なのかな、と思ってたけど」

「いや、そもそも女に騙された時点で抜けてるだろ」

おっとっとを食べながら宇美が突っ込む。

「そうなんだよ! 多分王家で甘やかされて育てられたから人を疑わないっていうか......」

「それ以前に傲慢だよね」

そ、それだ! と明貴が声を上げた。

「民に寄り添うとは言わず『救う』って言ったり、兄が自分を愛してる自信があるからか上に立つべきだって言ったり......」

なるほど......とぶつくさと喋る明貴は奇怪だった。

「第一王子はなんでもっと早く言ってやらなかったんだろ、って毎回思うんだよね」

少し視線を下に逸らしながら宇美が独り言のようにつぶやく。

「それこそ『複雑な感情』ってやつ何じゃない?」

「あーー、わかるかも。家族だからこそ、一番わかってるから、傷つけるのが怖いから。言えなかったんだろうな」

宇美は何かに思いを馳せるように空を見上げた。夜空には飛行機がチカチカと拙く動いている。

「でも、行くとこまで行っちゃったから止めるしかなかったんだ」

今度は明貴がうまい棒を口にしている。あ、-あれコンポタージュ味だ。いいなあ。

「じゃあ臆病だったんだね」

「しかもお互い家族だからわかる/許してくれるって思ってる感じする」

と幸が付け足す。

「そして......なんかすごく自分に身に覚えがあるというか......ずっしりくる」

「わかるー!! なんか演技なんも向上してないけどスッキリしたわ。これだ!」

宇美は伸び伸びと手を上にあげて、スッキリしたし帰るわ! と歯を見せた。

「えっもうご飯食べないっていっちゃったけど!?」

と明貴が言う。そういうことなら私も帰るわ、と幸もそそくさと電車の時間を調べ始めた。明貴なら許してくれるっしょ、じゃあまたね。と走り出す宇美に向けて恨めしく、宇美のバカーーーという大声が商業施設のビルに囲まれたスカイツリーをこだました。


「ただいまー」

返事も聞かず靴を脱ぎリビングへと向かう。ああ、靴揃えてないと思い、踵を返して整える。よく誤解を受けるが、宇美は几帳面な性格だった。ついでに革靴を磨き、再びリビングに向かう。途中で空になったビンが二つほど視界に入った。

「もう飲んでるの、秋サン」

「いいでしょー今日は金曜日なんだから」

「金曜日だからじゃないでしょ」

「えー?」

秋と呼ばれた女性は、顔を赤く染めているものの、実際のところそこまで酔った様子はない。頬の先端まできっちりと施された化粧も崩れておらず、年齢以上の美貌を保っている。焦ったくなった宇美は、率直に言った。

「気になってる男がいるんでしょ」

「......。今回は大丈夫そうだから。宇美が心配しなくても」

「秋の人生だから好きに生きればいいと思ってる。......から今までいい娘してこって考えてた」

でもさ、とビンを拾いながら優しく宇美は言う。今までの経験を初めて明かす慎重さだった。

「.....でもこれじゃ私も『パパ』できないよ。秋のかれぴでしかないもん。私にとって」

「割り切ろうとしたけどやっぱ無理。私のパパは最初から一人だもん。でも、秋のことは応援してる、からこんなとこで腐ってるな」

声以上にその瞳には揺らがない想いが込められていた。秋は一度面食らったものの、必死に何かを飲み込んで、ボソッと頑張るとだけ言った。

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