Libertéーdeux


 カリカリと黒板に文字を書き入れる少女の字は実に勢いが良い。良すぎて斜めになったり大きさがばらついたりしている。背が低いのも起因しているが、本人の性格によるものも多いだろう。

「よし! では始めよう」

ダンと得意げに机を叩いたのは今回のシナリオ担当らしい演劇部員だった。超のつくど変人だが人は悪くなく、腕はピカイチらしい。ただど変人すぎて校内で知らない人はいなかったが。

「今回は何だったか。あれだあれ。えっと学祭だな。有志で集まってくれるやつだ。で、脚本だが、先にキャストを決めてから書こうと思う。大体1週間くらいだ」

勿論教室はざわついている。元々クラスを跨いで1教室に集まっている、しかもホームルームということで治安は最悪だったが今をもってより不可解さをもった。1週間で仕上げるつもりというこの小さな少女にだ。

「キャスト志望はとりあえず前に出て名前を書いていってくれ。ああ、全部通すわけじゃないからそこは期待しすぎないように。あと衣装と照明と音響と大道具と......ああああもう誰か! 私は文書く以外なんもできん! とりあえずそんな感じだ各人希望を書け。ないやつはその他って書け」

そう捲し立てたあと、ふうと一息ついて、少女はどっかりと座った。先人を切ったのは1-Aのクラス委員で生徒会長、宮野明貴である。明貴は黒板の端に教科書のような字で名前、下にキャストと書くとみんな続いてペンギンのようにぞろぞろと書いていった。

(音響......と)

結局志望決定の直前、グループラインに「私劇に行く」と書いて放置しているが大丈夫だろうか。いつもなら割合校則を守って携帯を使わない幸も、今日ばかりは席に戻り、携帯をひらいてしまう。そこには案の定真澄から4件のLINEと、......グループの方は0。既読だけ付いている。かん、ぜんにやらかしている。

「ふふ、変な顔してる」

宇美は最早少し楽しんでいる節すらある。

「宇美はいいじゃん、いっぱいいろんな子に話しかけられてたし」

「そう? でも自分が楽しめるの選ばなきゃ損するよ」

宇美はいつもの悪戯っ子のような顔とは違い、大人びた顔をした。スッとした鼻筋が目を惹く。

 あらかた書き終わったのだろう、小さな少女はなるほどなるほどと一人頷いたり首を捻ったりしている。そして教室中を歩き始めた。一人一人の顔をまじまじと見つめている。いよいよ教室の左端やや前方、私たちの方まで来るとピタリ、と足を止めた。大きな黒い瞳がこちらを値踏みする様に上下に揺れている。

そしてまた前へ向かった。

「決めた。役割発表と脚本は来週のHRまでに持ってくる。今日できること、そうだな。ESSとダンス部の部員でめぼしい衣装やらなんやらある人は教えに来てくれ。あと私は脚本を書いたら司会を宮野に移行する。脚本も書き終わった時点で好きに直してもらって構わん。どうしてもなんかっていう時以外関わらないからな私は。......あとなんかあるか?」

クラスは静まりかえっている。本人は苦手そうにしているが案外統率役に向いているかもしれない、もしくはこういったところが買われているのだろう。

「じゃあ解散」

30分も経たずに今日はお開きとなった。終わったところから帰るなり部活動に励むなりして良いという触れ込みなので、蜘蛛の子を散らすようだった。

「幸どうすんの」

「あー、今日部活」

「先週はこの日直帰だったじゃん?」

「うち、不定期だから。人数も少ないし」

「あっそ。じゃ、またねー」

宇美は案外あっけなく退散した。声をかけられて一緒に帰るようだ。相手は......、あき。あの明貴か!

ー前の修学旅行、してやられたかも......。

幸はそう後悔しながら、また次の後悔かもしれない音楽部への部室へと足を運んだ。

 「さっちゃん遅い」

すでに奈子は準備を済ませていたみたいで、展示って本当に何をしてるんだという疑問を持ってしまう。これは行かなくてよかったかもなんて、奈子を目にしてもうっすら思ってしまった。

「いや、これでも30分はやいし」

「劇、楽しかった?」

私よりもと言いたげな瞳だ。まだ直接言ってくるだけそんなに怒っていない方かもしれないと希望的観測を持つ。本当に奈子が怒っている時は笑顔で、声が低くなるのだ。オーケストラで朗々と響く管楽器のような低さ。

「ま、まだ何も決まってないし」

「さっちゃんの舞台、最前列で見てやるから!」

手を前で握りふんすと意気込む奈子は可愛らしい。

「いや、舞台に出るっていうか私裏方志望だし」

「えっ裏方なの?」

「うん、音響志望」

カタカタと機材を取り出す。線やらなんやら押し込んでいたせいでパンパンになっていたカバンが少しずつゆとりを取り戻し始めた。隣には奈子のツヤツヤとしたヴァイオリンが並んでいる。

「自分の曲、つかいたいの?」

ポカンと大きく口を開けてしまった。いつから気づいていたのだろう。

「さっちゃんあんなに好きだったアイドルの曲全然聞かないんだもん。サカナクションとか、YOASOBIとかなんか変わったじゃん趣味。と思ったら全然知らない海外の曲聞いてるし」

奈子はぎゅ、とイヤホンを幸の耳に詰めると音楽プレイヤーを押した。音楽プレイヤーは、音楽部特権で無理いって持ち込ませてもらっているものだ。そこに入っているということは、学校から持ち帰って、ダビングして、と周到な準備が必要になる。

これ。

コツンと頭が当たる。綺麗なヴァイオリンの後に意外と力強いヴォーカルが入ってくる。

さっちゃんが好きそうだと思って探してきたの。今度作ったやつはちゃーんと聞かせてね。

片方イヤホンをしているのに、聞こえるか聞こえないかの声で奈子は囁くと、お手洗い行ってくる! と今度は大きな声で言って出て行ってしまった。

と、とりあえずセーフ!

と急いで真澄に返信してカバンにしまうと、しまった後で音が4つくらい鳴った。絶対まだ怒ってる。


trois


2回目のHRの時間はいつも以上にザワザワとしていた。文字通り脚本を仕上げてきたことと、配役発表のせいだ。まあ自分にあんまり関係ないだろ、と幸は思っておざなりにしていると、隣で宇美がおぁあ!? と叫ぶ。思わず膝を外して仰け反ってしまった。周りを見渡しても宇美に声に注目している人は少なく、それだけ教室が騒がしいんだと驚く。

「さ、幸のってる! えっと......第二皇女役! 割と重要ポジじゃん!!! おめでと」

「は、はあああ!!???」

今度は私が叫んだ。聞いてないぞ! 前まで変だけど面白いと思っていたがあの子! やったな!?

「えっと、準音響。みたいな感じで追加書きしてある。一応音響もできるんじゃない? よかったね」

宇美はとても私の役所に前向きだ。

「準......。で、宇美は?」

「私は第一王子だって! そこそこの役だね。おお......そしてどうやら......? なになに......? ほんほん。私達カップルみたいだよ! やったね! ガチウワキじゃん」

「ま、まじか。いや妻帯者になったつもりは」

「ワードチョイスがおもろすぎでしょ。なにそれ」

混乱が混乱を呼ぶ。とりあえずこの脚本を読み切らなければ如何ともし難い。


 『Marianne』

 背景:フランス革命を基にした、大規模革命までの政略結婚とその行く末を描いた物語。

理由:見栄えのする衣装が中世風に偏っていた。そしてLes Misérablesとベルサイユの薔薇が面白いから。男装女子を逆手に取ったのもやってみたかった。

名前:私はペットに生物名をつけるタイプだ。興味はないが由来を読者が好きに考えるのは多いに歓迎する。キャラクターの名前も関心はないので覚えやすいだろう王子だのなんだのと記載する。

大まかな関係図

細かい配役は35頁へ。


政治背景:ハルア皇国=没落国家。かつては大国だったが、工業活性化に失敗し、血筋で繋ぎ止めている状況。

エウレア王国=鉱山の発見により今勢いのある国家。大国から独立した。カドリ帝国と隣接しており、対立関係にある。

カドリ新興国=エウレア王国と同じ大国から分離した。独裁体制を築く帝王の手腕で拡大傾向にある。

レジスタンス軍=旧体制的国家を打倒し、ブルジョワ国家を建てようとする動きに呼応する形で隔離に存在する。本編ではエウレア王国とハルア皇国に不満のある農民・労働者と一部の若いエリート層の集まりである。


概要:エウレア王国の第一王子と政略結婚予定だった第一皇女の暗殺により、第三皇女の主人公に白羽の矢が立つ。というのも第二皇女は妾の子だったからだ。第三皇女は継承権も兼ねて大慌てで支度ーテーブルマナーやら作法やらを始めるところから舞台は始まる。健気で少し抜けた親しみやすい主人公像を魅せる。

 場面転換ののち、第一王子との謁見の機会として近隣諸国の多くが集う舞踏会へと繰り出す。そこで主人公は3人の男性に出会う。踊りがおぼつかない主人公を優しく抱き寄せてリードする金髪の美青年、快活で豪胆、そして茶目っ気のある第一王子。最後に、月の夜空で身の危険を忠告をするミステリアスな美貌......。第一王子との婚約を案外悪くないと思いつつ、他の2人のことも気になってしまう乙女な第三皇女を描き再び場面転換だ。

 エウレア王国内では、第一王子の失踪が問題となっていた。彼は度々王国を抜け出すのだ。そしてしっかり者で頭のいい、第二王子が国王になればと噂をする使用人たち。その会話を尻目に外へ出ていく第一王子。暗転してハルア皇国の一室にノックする。入れと第二皇女が声をかけると、そこにいたのはまさに第一王子だった。第一王子はつれない第二皇女を誘惑する。私は貴方の秘密を知っている。第三皇女が心配なら、私と一緒になりなさい、と。混乱する(予定の)観客とは裏腹に第二皇女は全てを悟って、口付けする。

 そして場面転換。エウレア皇国で執務を行う第二王子に、同じように来客。仰々しく開けるとそこにはカドリの王女の姿が。第二王子は顔を華やげて歓迎すると同時に、計画を語り出す。自身が王国を引っ張っていくために、反乱を起こすのだ、と。協力するわと笑うカドリに影を当てる。

暗転後カドリ王女にスポット。横から出てくるのは、民衆の格好をした美青年。王女はエウレア第二王子を利用し、天下を取る野望を弟ーあの舞踏会で優しく手を取った青年に語りかける。弟も姉のために全力をつくし、第三皇女を暗殺することを約束する。

 休憩


再び第三皇女にスポット。使用人たちとお茶会を開いていると、そこに舞踏会の美青年がやってくる。慎ましく出迎えると熱烈に、しかし優しくプロポーズをし始める。受けるなら明日5時、この部屋で一人で待っていてほしいと告げ、名残惜しそうに去っていく。そこへ立ち替わり現れるのが第二皇女扮する男装の麗人だ。5時の誘いに乗ってはいけないと強く念を押す。どうしてそこまで心配してくれるの? と尋ねると、戸惑いながら君が好きだからと答える。幼い頃舞踏会で四面楚歌だった僕を救ったのは君だと告げ、去ってしまう。最後に訪れた、第一王子は行儀良く挨拶した後で、7時に部屋の扉を開けて門の前で待つように言い、あなたを守ると言って去っていく。

場面転換

 6時。レジスタンス軍では第二王子とカドリ王子がお互いの身分を隠して民衆との自由を叫ぶ。カドリ王子は民衆から抜け出し一足先にハルアへ向かう。

 そこにいたのは第二皇女だった。しかし第三皇女と見間違えた油断によって、第二皇女は辛勝する。男装し、負傷しながらも門へと向かう。

 場面転換。一方、第二王子は第一王子を暗殺するために外へ向かう。第一王子は第二王子がカドリ王女に騙されていることを説得するも決闘に。こちらも第一王子が何とか勝利。


暗転。逃げる二人の元にはレジスタンス軍とカドリ王女の魔の手が。そこへ第一王子が合流し、なんとか第三皇女だけを逃す。先に死んだ第二皇女に、一人にはしないと後を追い、暗転。

馬車に揺られながら今は亡き故郷へ手紙を書く第三皇女で幕を閉じる。


これは概要だというのかという量だ。場面転換が多そうに見えて、戦場、部屋など同じセットで良い工夫が凝らされているのが素人にもわかる。概要を読んだだけでも相当ハードなのが予想されるのに、これをセリフから何から書き切ったとなると、すごいと認めざるを得ない。

「全員に行き渡った?」

明貴はいつの間にか教卓の前に立っている。

「それぞれの役職の顔合わせと今後の方針を立てましょう。15分前になったら私に進捗を紙にまとめて報告して欲しいの。じゃあ、時間もないし始めましょう」

「キャストは右端に集まって!」

指導者然とした声で呼びかける。

「音響どうしよう......」

すると聞いていたのか、明貴が、幸運か不運か、ちょうどもう一人の音響担当がお休みなの。次の機会までに早めに集まって話しておくのをお勧めするわ、とにこやかに言った。とりあえず不服ではあるが、教室の右端へと宇美とともに集まる。

 机と椅子を適当に集めて即席の会議室のとうな場所をつくると、6人の顔があった。

「とりあえず、自己紹介と役どころをおさらいしましょう。私は乃々。えっと......カドリ王国の王子役で、演劇部所属。皆、特に劇未経験者ののバックアップができればと思ってる。よろしく」

優しげな顔立ちに反して、芯の強そうな女性だ。

「私は咲。第三皇女役で、ESS所属。歌はよくやるけど演劇メインは初めてだからちょっと不安かも。よ、よろしくお願いします!」

ヒロイン役も頷ける華やかさだ。

「静香です。カドリの王女役。演劇未経験だから精一杯努力します」

言葉とは裏腹にそつなくこなしそうな静香。演技しなくとも素でイチモツありそうな気がしてしまう。

「えっと、私は宇美。私も演劇やったことないけど......いい劇にしたいと思ってる。よろしく」

宇美は珍しく少し緊張している様子だった。......幸の番だ。

「幸です。第二皇女役で、えっと.......よろしくお願いします」

幸はみんなみたいなモチベーションも何もない。早くも少し心折れた気分だった。

「私で最後ね。明貴って言います。初めての子も仲良くしてね。第二王子役です!」

「じゃあ、読み合わせをしましょうか。とりあえず棒読みでもいいから、ストーリーと、場所と位置、自分のセリフがどこなのか把握するつもりで」

こうして読み合わせを始めると時間はあっという間に過ぎ、音響のことを考える暇もなかった。

ーなんで第二皇女役になったんだろ......。

幸は、その疑問だけが頭にぼんやりと浮かんでいた。

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