Libertéーun

時が過ぎゆくのは風のように早い。ましてや青少年となると、それこそ氷菓子がことん、と愛らしい音をたてながら溶けていくほどだ。そんなわけで高校2年生では、実質最後のー3年生になれば「学校」より大事なものができてくるのだから、文化祭が始まろうとしていた。学校側も生徒達の事情を知ってか知らずか、1年の2月ー期末考査明けには、進路調査ならぬ学園祭調査が行われた。

「まあ、安パイは展示だよねえ」

もぐもぐと、弁当を抱えながら沙美は零す。

「高2でどうなってるかわかんないからなー」

「どうなってるも何も沙美は今でも充分やばいと思うけど。赤点ばっかじゃない」

可愛らしいギンガムチェックのナプキンを包み出す。真澄は食べるのがはやい。

「数学は上位だからいいんです〜。どうせ理系だし」

減らず口を叩く沙美に、奈子が口の端におべんとついてる、と言ってやる。ヘラっと笑うと手で拭った。

「で、どうすんの」

奈子も食べ終わったらしい。フォークとナイフをゆっくりとしまうのが様になっている。帰国子女だからだろうか、テーブルマナーが大変よろしいのだ。

「さっちゃんに聞いてるんだけど」

「......へ。わ、わたし?」

四方を他の弁当箱に囲まれたテーブルの主、多田幸は呆然としていた。

「私たちは展示やろうかなって」

黒髪に手をかけながら奈子が話しかける。幼稚園児を躾けるような優しい声だ。

「わ、たしは」

話そうとすると爆音で校内放送が流れる。最近流行りのアイドルのせつなめラブソングだ。

「あ、これ! アンドレッドのニューシングル」

奈子が目を輝かせる。瞳には溢れんばかりに人工光が集まって乱反射している。

「アンドレッド?」

「ジャ●ーズの新ユニットだよぉ。......沙美はそういうの興味ないもんねえ」

「むしろ真澄はくわっしいよね!」

「なんでそこだけ幸は食い気味なの」

真澄は時計と席を見渡してから奈子と沙美に声をかけて、じゃあ、宜しくねと言って去っていった。幸は3人の使っていたクラスメイトの椅子をぞんざいに片付けて、机に突っ伏す。埃が少し舞い上がって煙たいからだ。

「......で。展示行くの、「さっちゃん」は」

いつの間にか後ろの自身の座っていた宇美が意地悪そうな声で突然話しかけてくる。

「「さっちゃん」呼びやめて。なんかキモい」

「へいへい。で、どうなのよ。本当は展示、つまんなーい、って思ってるんでしょ?」

痛いところを突かれた。あそこまで暗に釘を刺されて、しかも真澄の協力も期待できそうにないとなると心底めんどくさいが展示、展示かあ......。幸は思案顔だ。

「私も展示行かずに、これ行こうと思ってるんだ。ほれ、見てみ」

宇美は後ろから首を引っ掛けて、グッと距離を詰めてくる。宇美の短く切った茶色い猫毛が時折刺さる。

「劇?」

「そう! 劇。よくない? 最後の記念にでかい舞台、立ってみたいじゃん」

宇美と違って幸は目立つことが好きでもないし、馬鹿やるのは大歓迎だが団体行動がどちらかと言えば苦手だった。体を動かすのは割合好んだので、個人プレーの陸上部に入ったのだ。ただ、音響。音響には興味があった。音楽部で自分がしているのも、最近の機材とは行かなくとも、近代的音楽に力を入れたかったからだ。奈子はむしろオーケストラを好んだ。傲慢かもしれないが、音楽系の部活でかつ私がいるから音楽部にしたのだろう。そう、奈子の方が集団行動に向いている。

「ね、やろうぜ。幸とだったら仲良くやれると思うんだよ〜! 私の友達も紹介したいし」

「で、でもなー」

宇美は幸の体の向きをぐるっと回転させる。嘘つき、ほんとはもういくつもりでしょ。と耳元に囁いた。体がぞわぞわする。そしてまた幸と距離を離す。

「いつも嫌な時はむり。やだ。っていうもんね幸は」

 仕方ないから、責任とって浮気相手になったげるよ。だから劇やろう、楽しいぜ?

三日月型に口を開くと、嬉しそうに宇美はいった。

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