第261話「氷と傭兵」
【安藤 テン】
「──お前、本当にエミリア……なのか……」
「……ほんの1週間前に会っている筈ですが、もう顔を忘れたんですか? まあ、私も貴女達の事は覚えていませんが……」
「あんた、死んだはずでしょ!? なんで生きて……」
「エキドナに治療してもらい一命は取り留めました。残念ながら記憶は失ってしまいましたが、復讐の相手が貴方たちである事が分かればそれで充分です。魔女狩りを裏切ったうえに仲間まで殺そうとするなんて……度し難いですね」
(……クソ、エキドナのヤロウ……!)
どんな手を使ったかは知らないが、あいつらエミリアを蘇生しやがった。しかもお得意の記憶改ざんまでしていやがる。最悪の状況だ……。
「あ、あんた何言ってんの!? 仲間って、あんたは
「……? 何を訳の分からないことを、
「……あんた、イカれてるわよ」
オルカのセリフを否定したかったが、出来なかった。記憶の改ざんの件は、オルカにはタブーだ。あいつ自身もそのおかげで自分が死んだ事を忘れている……だから、今この場でエミリアに真実を話す事は不可能だ。
「枢機卿からは貴方たちは殺さずに捕らえるようにと命令を受けています。が、抵抗するならばその限りではありません」
エミリアがライフルを持った右手を俺の方へ伸ばした。よく見るとライフルの先端、銃口の部分がブレード状になっている。あんな物をさっき見た力で食らったら、間違いなく致命傷だ。
「……随分と物騒な女になっちまいやがって……話せば分かるって言ったら取りあってくれるか?」
「問答無用です」
銃口とそれに連なる切っ先が真っ直ぐ俺に向けられている。地面ではなく、俺にだ。
バァンッ!!
エミリアは一切の躊躇なくライフルをぶっぱなした。弾丸が俺目掛けて飛んでくる。
だが来るとわかっていれば、俺レベルの身体強化でも銃弾くらいなら躱すことはできる。弾丸の軌道を確認し、半身で避けて再びエミリアに視線を戻した。
エミリアの姿が消えていた──
「だあああああ!!」
「……なっ!?」
さっきみたいにオルカが俺に突っ込んできた。エミリアの背後からの奇襲に勘づいて、助けてくれたのだ。突き飛ばされたが、今回は体勢を崩さずに済んだ。
「……あいつ、今何した?」
「わかんない……急に消えて、なんかヤバいと思ったから勘でお兄突き飛ばしたんだけど、瞬間移動?」
「さあな、何にせよ助かったぜ」
見間違いじゃない。エミリアは確かに一瞬で姿を消した。目にも止まらぬ速さとか、そんな次元じゃない。たぶんオルカの言う通り瞬間移動の類いだ。
けどコイツの魔法は身体強化と氷結魔法の2種類の筈だ……瞬間移動なんて使えるはずが──
「また避けられましたか。勘のいい妹の方から片付けた方が良さそうですね」
「させるかよ」
「止められるつもりですか?」
「兄貴だからな」
俺とオルカはナイフを魔力で手元に錬成した。こうなっちまった以上は戦うほか道は無い……とは言え、アイツには手加減した状態でも叶わなかった。おまけにこっちの
「いくぞ!!」
俺の声を合図に、オルカと同時に左右に飛び出した。ひと塊になっていては数の利を活かせない。だが離れすぎず、お互いをいつでもフォロー出来るくらいに分散して挟撃……言葉にせずとも、オルカと俺はお互いの思考が分かっている。
「小賢しい……」
エミリアが右脚をほんの少し持ち上げて地面に振り下ろした。瞬間、辺り一面が凍りつく。
俺たちは脚が地面に囚われる前に、咄嗟に跳び上がって躱したが、悪手だった。空中ではろくすっぽ身動きが取れない。エミリアの銃口は既にオルカに向けられている。
「くそッ!!」
俺がエミリアに向かってナイフを投擲したのと、エミリアがライフルをぶっぱなしたのは同時だった。
オルカは予測していたのか持ち前の勘の良さか、空中で上体を捩って射線から逸れた。弾丸がオルカの頬をかすめて通り過ぎていった……まさにその瞬間、弾丸の位置にエミリアが瞬間移動した。
無防備になったオルカの背後から、再び凶弾が放たれる。
「……ッきゃあ!!」
「っオルカ!?」
弾丸はオルカの脇腹を貫通した。体勢を崩したオルカは血しぶきを撒き散らしながら地面を転がった。直ぐに駆けつけようとしたが、地面が凍っていてまともに着地もままならない……ナイフを地面に突き立てて、何とか転倒しないようにするのがやっとだった。
──バァンッ!!
次はお前だと言わんばかりに向けて放たれた弾丸は、俺の足元に着弾した。爆発するように冷気を帯びた魔力が広がって一瞬で周囲の空間ごと身体を凍りつかせた。
右手首の先と首から上以外、身体は全て氷漬けにされてピクリとも動かせない。目だけでオルカの姿を捉える……オルカは、氷の地面に血溜まりを広げるばかりで起き上がる様子はなかった。
力の差があるのは分かっていたが、それでもこれは異常だった。1週間前に闘った女とは、完全に別次元の強さになっていた──
「安心してください。妹さん、急所は外してますよ。外装骨格を展開されては厄介なので、魔導コアを撃ち抜いただけです」
「……頼む、俺のことは連行するなり殺すなり好きにしていいから……オルカは見逃してやってくれ」
「その頼みを聞く義理も道理もありません」
「このクソ野郎!! オルカに何かあったらただじゃ済まさねぇぞ!! クソが、このッ……があああああ!!」
身体強化を最大出力にして氷から脱出しようとしたが、ビクともしない。オルカならともかく、俺の共振魔法はせいぜいガラスを割る程度の威力しかない……ちくしょう、どうすりゃいいんだ──
エミリアはパキ、パキ………と、氷の上をゆっくり歩きながら近づいてくる。足元を見ると、氷結を器用に操って靴の裏と地面の固着と解除を繰り返していやがった。
──ガチャリ……。
俺の眉間すれすれに、リボルビングライフルの切っ先が向けられた。
「この期に及んでその眼……最後まで抵抗したのでやむ無く殺したと、枢機卿にはそう報告しましょうか」
いくら目の前の女を睨み付けても、今こいつがほんの数センチ切っ先を頭に突き刺すか、そのままトリガーを引けば俺は死ぬ。いとも容易く、終わりが近づいてきやがる──
(……死ぬ……このまま……こんなとこで、俺は死ぬのか? オルカを、1人にして……)
頭の中を走馬灯が駆け巡った。
ガキの頃、人身売買組織から逃亡したこと、叔父御に拾われたこと、オルカやフカ、アンやギラ……大切な家族が出来たこと。その家族を……守れなかったと──
きっと僅か1秒にも満たない刹那の追憶。人生の全ての記憶が、その一瞬に凝縮されたような感覚……。
分厚い本のページを、高速でパラパラめくるように流れ去る記憶の中……ピタリと、とあるページがブレーキをかけた。
無意識に、俺はその言葉を発していた。
「……
──カタカタと、眉間に突きつけられていたライフルが小刻みに震えた。エミリアを見ると、目をまん丸に見開いて明らかに動揺したような表情になっていた。
エミリアが通う高校に潜入したエキドナ……あいつは何枚か写真を撮っていた。もちろんターゲットになる魔女達の写真だ。
エミリアの写真も当然あった。だが、その殆どが鳳 カルタとのツーショットだった。
生存本能が数ある記憶の中から選びとった、生き残る為の行動……それは鳳 カルタの名前を告げることだった。
実際、エミリアは明らかに様子がおかしくなった。依然として銃口は俺に向けられたままだが、左手で頭を抱えて、苦しそうな表情をしている。
「……ふぅ、はぁ、はぁ……なにを……!」
苦悶の表情のエミリアは、憎々しげに俺を睨みつけた。そしてすぐに呼吸を整えると、ライフルを思いっきり振りかぶった。
(……ああくそ、ダメか──)
俺の必死の抵抗は、僅かにエミリアの隙を生み出すには至ったが、止めることは叶わなかった。ただほんの数秒、寿命が伸びただけだった。俺は目前に迫り来る銃剣に覚悟を決めて、瞼を閉じた。
(……どうせこうなるなら、直接会って謝りたかったな……)
最後の最後。今際の際に思い浮かんだのは、カノンの顔だった。
──ガキィンッ……!!
重厚な金属の衝撃音が耳をつんざいた。それはエミリアの銃剣が、氷ごと俺の首を切り飛ばした音……。
──ではなかった。
目を開けると、そこには女の背中があった。エミリアの銃剣を、魔剣で受け止めた女の背中が。
「──いやはや、くだらん仕事だと侮っていたが、存外楽しめそうな展開だな」
黒い髪に褐色の肌、身の丈は2メートルをゆうに越えている。バカにデカい女がそう言った。
「……どちら様ですか」
ちょうど頭に浮かんだ疑問を、エミリアが口にした。大女はエミリアと鍔迫り合ったまま、余裕たっぷりに答えた。
「私の名はヒルダ。傭兵だ──」
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