第260話「殺し手と居るはずのない女」
【安藤 テン】
──クリスマスイヴの作戦からちょうど一週間。エミリアとの戦闘で負った傷はもうある程度癒えていた。
ただ、俺の心はあの日からずっと沈んだままだった。なんの罪もないエミリアを襲って、目の前で死なせて……そのうえあいつはカノンの仲間だった。
カノンには、メールでもう会えないと伝えた。本来、連絡する事すら許されざる行為だってのは分かっていた。けど、どうしても何も言わずに立ち去ることは出来なかった。
そして結局今になっても、カノンから連絡が来るんじゃないかとふと思ったりする。個人用の端末はとっくに処分して、連絡なんて来るはずもないのに──
『お兄〜電話だよー!! お兄〜電話だよー!! お兄〜電話だって──』
予備の端末の着信音が鳴り響いた。正直電話なんて受ける気分じゃなかったが、着信音に急かされてつい手に取ってしまった。
オルカ自作の着信音は、3回目のコール音で『お兄〜電話だって言ってんじゃん!?』とブチギレる仕様で、3回目のコール音が流れきる前に電話を取れるかどうか、というのが俺とオルカの間では1つの勝負事みたいになっていたりするのだ。
「──もしもし、ピザなら頼んでないぞ」
「あらあらまあまあ、それって電話じゃなくてインターホンが鳴った時の対応じゃないですかぁ〜?」
声を聞いてギョッとした。間違いなく声の主は
「おい
この端末の番号は
異常を察した俺は、端末をスピーカーにしてテーブルに置いた。昼飯を用意していたオルカが異常を察知して駆け寄ってくる。
「うふふ。今はそんな事よりも、もっと差し迫った状況についてのお話を聞いた方がいいと思いますよぉ〜」
「……分かった。言ってくれ」
平田やレオと違ってこの女の 人となりは、かなり未知数だ。しかし、悪意は無いように感じた。得意のハッキングだがクラッキングだかをしてまで電話してきたんだ、ここは素直に話を聞いてみようじゃないか。
「では、残念なお知らせと悲しいお知らせ。どちらから聴きたいですか?」
「なんだよその救いのねぇ二択」
「あーもう、何でもいいからさっさと話してよ」
オルカが『うんざり』って顔を俺に向けながらそう言った。たぶんあんまり
「では悲しいお知らせですが、平田さんと桐崎さんが亡くなられました」
俺とオルカは顔を見合せて、再び端末に視線を戻した。
平田達の事は、作戦失敗の後 業務的なメールが一通送られてきただけで、それ以降はずっと連絡が無かった。けど、それは療養とか作戦失敗の後始末に追われているからだと思っていた。
まさか、まさかあいつらが死んだなんて──
「な、なんで死んじゃったの!?」
「私が調べたところ、結果的には
「……クソ、残念な方もさっさと教えろ!!」
「あなた達に処分命令が出てます。既に殺し手がそこに向かってるみたいですよ」
悪い予感が当たった。“枢機卿”って言葉が出た瞬間に背筋に悪寒が走ったんだ。たぶん、俺達を殺しにくるのはエキドナだ。“あの日”の事を、結局チクリやがったのかあの女……!?
「ちょ、待ってよ!! なんであたしとお兄が殺されなきゃなんないの!? 意味わかんないんですけど!?」
「平たく言えば、枢機卿の実験材料集めの一環ですかねぇ。あと残念なお知らせの後半ですが……」
「後半!?」
「
「……な、傭兵だと!? そいつらはどれくらいでここに来るんだ!?」
「あらあら、私さっき言いませんでしたっけ。差し迫った状況だって」
俺はオルカに目配せして、緊急時に備えて用意していたバックパックを取りに行かせた。端末を引っ掴み、床に手を当てて振動魔法を使った。オルカのような威力は出ないが、エコーのようにして索敵するのは俺の方が得意だ。
「──南西800メートル……出るぞオルカ! もうすぐそこまで来てる!!」
「それ逃げるって意味!? それとも迎え撃つって意味!?」
「逃げるって意味だ!!」
「昼ごはんどうすんの!?」
「アホか! んなもんほっとけ!!」
2人で家を飛び出した。かなりの速度で接近している物体を感知しただけだから、それがエキドナなのか傭兵なのかは判断が付かない。
けど、どちらにしても俺たちの手におえるような相手ではない事は確かだ。
俺達が今いる場所は“ミナト”の外れ……以前魔獣災害が起きた時の影響で廃墟になり、今は瓦礫と森が入り交じったようになっている。
逃げるなら陸路だが、真っ直ぐ街に向かえばさっき感知した反応と鉢合わせになる。森の中を迂回して、追っ手に気付かれないようにここを抜け出さなければ──
猛スピードで森の中を駆け抜ける。感知が得意な奴だと逆効果になる可能性があるから、あえて魔力始動はせずに純粋な体力に任せた全力疾走だ。
「──お兄、いつまで森の中走んの!? これ、もう撒けたんじゃない!?」
「……分かんねぇけど、そうだな! そろそろ街へ入るルートに出るぞ! 人混みに紛れた方が安全だ!」
──タァン……ッ!!
ずっと自分たちの息遣いと枯葉を踏みしめる音しかなかった空間に、何処か遠くの方で何かが弾けたような乾いた音が紛れ込んだ。
思わず足が止まる。耳をすませて音の発生源を辿ろうと意識を集中させた……その時だった。
「お兄ッ!!」
急にオルカに突き飛ばされて、数メートル吹っ飛んだ。どうやら魔力始動して突っ込んできたみたいで、俺も反射的に魔力始動した。
「……な、いつのまに……!?」
さっきまで俺が立っていた場所の地面が、吹き飛んでいた。そこに立っていたのは1人の魔女だ。
こちらに背を向けているから後ろ姿しか見えないが、灰銀のショートカットに、手にはマスケット銃のような物をもっている。どうやらあの銃を振り下ろした衝撃で地面が吹っ飛んだらしい……。
「──随分と、勘がいいんですね。仕留めたと思いましたが……」
女は俺たちの方に振り返った。その顔を見た瞬間、俺の身体は凍りついたように固まってしまった。
「…………なん、で、お前が……」
「……ど、どうなってんの!?」
俺は、俺たちは……目の前の女を知っていた。いや、知っていたもクソもない。ほんの1週間前に会ったばかりの女だ。
だが、絶対にここに居るはずのない女だった──
灰銀の髪に赤い瞳、魔力で作ったリボルビングライフル、凍えるような魔力……間違えようもない。
俺の眼前に立っている女は、こいつは、エミリア・テア・フランチェスカ・ヘルメスベルガーだった──
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