第256話「葬儀と協力要請」
【馬場 櫻子】
──エミリアちゃんの葬儀は、いわゆる一日葬の形式で執り行われた。彼女の唯一の親族……お父さんの意向らしかった。
エミリアちゃんのお父さんはわたしが彼女の同僚だと知っていたみたいで、名前を名乗ると「娘と仲良くしてくれてありがとう」とお礼を言われた。
参列者は主に
わたしを含め、バラバラになっていたVCUの面々も全員が集まった。ヒカリちゃん、カノンちゃん、そして温泉街での合宿ぶりの再開となるカルタちゃん……カルタちゃんは、見るのが辛くなるくらいにやつれていた。
お通夜振る舞いでの食事も、皆ほとんど喉を通らなくて、なんとか一口食べるのがやっとだった。ヴィヴィアン社長はバクバク食べていたけど。
真夜中になり葬儀が終わると、徐々に参列者達が少なくなっていった。わたし達もそれぞれの家路についた。
カノンちゃんは迎えに来たお母さんと一緒に、カルタちゃんはローズさんとマゼンタさんと
そしてその翌日、……わたしはVCUの事務所に呼び出されていた。
「──エミリアを殺した実行犯が分かった」
全員が揃うなり、社長はそう言い放った。
「犯人探しには各方面に手を回しておったが、ハイドの調査官が有益な情報を得た。新都には100を超える監視ゴーレムが撒かれておったらしい。襲撃犯の1人、ゴーレム使いの者による仕業であろう。軍警の協力を仰ぎ、監視ゴーレムが撒かれておった地点の監視カメラをしらみ潰しにしたところ、怪しい動きをしておった者を複数人特定した」
八熊さんが私たちの前に写真の印刷された資料を差し出した。そこには、先日魔女狩りの施設で見た平田と名乗る異端審問官や、温泉街でわたしを刺した
「面が割れればあとの追跡は容易じゃ。顔認証システムがあるからのう。それぞれの足跡を監視カメラの情報をもとに辿り、エミリアが討たれた廃工場付近で最後に目撃された者が……こやつらじゃ」
ヴィヴィアン社長が、手に持っていた資料をテーブルの上の資料に重ねた。
そこに写っていたのは、白髪の若い男と黒髪の少女だった。
「……コイツらは、今どこにいるの」
カルタちゃんが静かに、微かに震えた声でそう言った。
「居場所は特定済みじゃ。拠点にしておるあばら家を調査官が突き止めた。
「……具体的には、
社長の話に詳しい補足を足した八熊さんは、懐からシガーケースを取り出してタバコを咥えた。
「……その作戦、正確にはいつ……いえ、どこで行われますの?」
ずっと押し黙っていたカノンちゃんがそう言うと、社長は片眉をぴくりと吊り上げて、懐から折りたたまれた紙を取り出した。
「作戦開始時間は今日の正午じゃ。場所は……ミナトの外れじゃな」
「おいヴィヴィアン、何でお前がそんな詳しい内容まで知ってんだよ」
ヒカリちゃんが訝しむような目で社長を睨みつけながらそう言った。
「何故も何も、
社長は手に持っていた紙をテーブルに放り投げてそう言った。紙には確かに作戦概要と、協力を要請する文言が書かれてあった。
けど、社長はそれを断ったという……。
「……それは、どうしてですか?」
「捕縛など出来るはずがなかろう。
皆が黙り込んだ。社長のふざけたようなセリフに呆れたから……ではない。
いつもならふざけて聞こえるセリフなのに、今に限ってはそうじゃなかったからだ。
「この話を聞かせたのは納得させるためじゃ。
「……要約すると、このバカも報復したい気持ちを堪えて
「バンビ、何勝手に要約しとるんじゃ貴様」
再び八熊さんの補足を聞いて、ようやく社長の意図が汲み取れた。
わたしが記憶を失っている期間、社長はわたし達に復讐したいなら止めないとハッキリ言ったそうだ。
けど今になってこんな事を言い出すのは、きっと本心では引き止めたかったからに違いない。
よくよく考えてみると、捕縛の要請も
目の前の紙にも、誰が誰に協力要請をしたかは書いていないのだ。
「とにかく話は以上じゃ。年の瀬に朝から呼び立ててすまんかったの、さっさと学校へ行くがよいわ」
「……冬休みだよバカ」
ヒカリちゃんが皆の代わりに気力を振り絞ってツッコミを入れた。無理にでも明るくしようとする社長に、自分だってしんどい筈なのに頑張ってくれたのだ。
「……帰ろっか。ヒカリちゃん」
「……いいのか?」
「うん。今日は大丈夫」
ヒカリちゃんが言いたかったのは、わたしの記憶のことだ。
ヒカリちゃんは、わたしに起こっている異常事態をきちんと皆にも話した方がいいと言ってくれて、わたしも機会があればそのつもりだった。
……けど、今日はまだその時じゃないきがした。ただ、それだけの事だ。
「……皆様。お先に失礼致しますの。ごきげんよう」
ヒカリちゃんの首にマフラーを巻いてあげていると、コートを羽織ったカノンちゃんが窓際に脚をかけながらそう言った。随分と帰り自宅がはやい。
「カノン」
「……はい。なんですの?」
「ウィスタリアによろしく言うておけ」
カノンちゃんは社長にぺこりと頭を下げると、窓枠から外へ飛び出した。
「……カルタちゃんは、このまま
「……私は……ううん。いいよ、先に帰ってて……」
まだソファに腰掛けたままのカルタちゃんが心配で声をかけたけど、虚ろな目で曖昧な返事を返されただけだった。ヒカリちゃんはカルタちゃんの肩をぽんと叩いて、わたしの手を引いた。
「そっとしといてやれ」
ヒカリちゃんの目配せはそう言っているような気がした。
──わたしの家までは、バスを使った。ヒカリちゃんはバスなんて滅多に使わないんだろうけど、今日ばかりは身体に魔力を通すのすら億劫になったんだろう。わたしだってそうだ。
「……これで、よかったのかな」
後ろから二番目の席、2人で隣合ってバスに揺られながら、わたしはそう呟いた。
「よかっただろ。正直アタシはあの写真を見せられた時、カルタのやつが暴れ出すんじゃねぇかって思ったぜ。自分も一緒に乗り込むんだってよ」
「わたしも、ちょっと思った」
「……復讐が悪いとは言わねぇ、いや、言えねぇけどよ……お前らの手まで汚れるのは、アタシは見たくねぇよ」
ヒカリちゃんは窓の外を眺めたままそう言って、そっとわたしの手を握ってくれた。魔法で出来たヒカリちゃんの手は少しひんやりするけど、なんでかわたしには暖かく感じられた。
「──櫻子の家に着く前に、言っておかなきゃなんねぇ事があるんだけどよ……」
わたしの家の最寄り駅の1つ手前まで差し掛かった所で、ヒカリちゃんが不意にそう言った。
「実はアタシ、昨日の夜……櫻子の家に行ったんだ」
「え……昨日の夜って、葬儀の後?……でも、あの後はずっと一緒にいたんじゃ……」
「お前が寝た後だよ。起こさねぇようにこっそりな」
なんでまたそんなことを……と思ったけど、わたしは黙って続きを促した。
「櫻子の今の状況とか色々考えると……どうしても、その……お前の親御さんが気になってな。確かめに行ったんだ」
わたしはヒカリちゃんの言っている意味がよく分からなかった。わたしのお母さんが……なに? 確かめるって、いったい何を──
「もぬけの殻だった」
「…………え?」
「2階の壊れた窓から家に入ったけど、櫻子の部屋以外は……何も無かった。あの家には、お前以外の奴が住んでた形跡はなかったんだよ」
必死にヒカリちゃんの言葉を噛み砕こうとして、何度も何度も頭の中で繰り返し言葉を再生した。
それでもやっぱりヒカリちゃんが言っていることは信じられなかった。確かに温泉合宿より後の記憶は曖昧だけど、それより前の記憶はちゃんとあるのだ。
お母さんを心配させない為に学校生活が円満なフリをして、部活なんてしてないのにしてるって嘘ついて、遅くなって帰ったら、洗濯物を両手に抱えたお母さんが出迎えてくれて……なのに、わたしの家に、わたし以外が住んでいた形跡が無いだなんて言われても──
「櫻子、アタシが居るから」
名前を呼ばれてハッとした。いつの間にかバスは最寄り駅に着いていて、ヒカリちゃんがわたしの手を引いて立ち上がった。
バスを降りてしばらく歩くと、見慣れた家が視界に入った。2階の窓は、バブルガムさんに壊されたままの無惨な状態のままだ。
そして結論から言うと、わたしの家はヒカリちゃんの言っていたとおり、もぬけの殻だった──
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