第255話「親睦会と修羅場」
【辰守 晴人】
──龍奈奪還作戦の翌日。親愛なる恋人達に新しいパートナーを紹介すべく、俺はセイラムタワーを訪れていた。
……無論、5人の恋人達を引き連れてである。
「──まさか晴人の親父がそんな金持ちだったとはなぁ、なかなかいい城じゃねぇかぁ!!」
「アンタほんとバカねイース。こういうのは城とは言わないのよ。けどほんと、素敵な宮殿よね晴人!」
「……ス、スカーレット……た、タワーマンション……だと思うの……」
「むふぅ、私ちゃんと晴人の秘密の愛の巣がぁ……ま、バレたんなら仕方ねぇな!! むははは!!」
「見て見てハレ! このテレビすっごく綺麗に映るよ!! しかもハレの家のテレビより大っきいの!!」
皆をこのタワーマンション……通称セイラムタワーに招いた理由は既に説明してあるが、内容の割には随分とテンションが軽いというか、物見遊山というか……重苦しくなるよりは全然いいんだけど。
「あの、じゃあ龍奈を呼んできますので、皆はこの部屋で待っていて下さい。すぐに戻ります」
フーが持っていたスマホを通じて今日の事は龍奈にも伝えてある。けど、連絡だけしていきなり対面というのも色々とまずいと思ったので、一旦はイース達をタワーの一室に待機させて、龍奈にもきちんと説明してから紹介しようと思ったのだ。
そして──
「おう龍奈、昨日ぶりだな……その、元気か?」
「は、はぁ!? あったりまえでしょ! 意気消沈ってやつよ!!」
「……意気衝天だろ。真逆の意味になってんぞ」
「だ、だから、いっちいち細かいのよ……バカハレ」
一見いつものようなやり取りだが、断じていつも通りではない。なぜなら、お互い恥ずかしくて顔を見れていないからだ。
友人としてずっと普通に接していたのに、昨日の今日で恋人同士になったなんて未だに信じられない部分もある。しかし不思議なもんで、以前はそんなこと思わなかったのに、龍奈のいつもの言い間違いとかも何だか凄く可愛く感じてしまうのだから、やっぱり俺はこいつに惚れているのだ。
「……で、アンタの連れはどこよ、早く案内なさい」
「まあそう急ぐなって、先に注意事項とかを説明しとかなきゃだろ。このマンションが火の海になったらどうすんだよ」
「あのねぇ、いくら龍奈でも室内で魔法使ったりしないから。そんなにヤバい女に見えるわけ?」
「そんなにヤバい女が何人も来てるって話だよ」
(ぶっちゃけ龍奈も大差ないと思うがな)
俺はイース達のことを大まかに説明した。口と態度と酒癖は大層悪いが、実はそこまで悪い奴じゃない事とか、総額を聞くのが未だにはばかられる借金がある事とか、二重人格の内の片方の人格と交際している事とか、ざっとそんなところだ。
龍奈はいつもの仁王立ちで、怒ってるんだか真面目なんだかよく分からない顔で話を聞いていた。こういうとこは店長に似ているらしい。
──そして、いよいよ対面の時がやって来た。
「……えーっと、皆。こちらが轟 龍奈さんです。で、龍奈。こちらがイースとスカーレットとバブルガムとライラックだ。フーは紹介するまでもないよな……」
仁王立ちの龍奈とソファから立ち上がった皆は、お互いをしばらくじーっと見て、そして挨拶を交わした。
「俺様はイース・バカラだ! とりあえず表出ろ、どっちが強ぇか確かめねぇとなぁ!」
案の定、速攻で危ない事を言い出すイースは酒でたしなめて……。
「むはぁ、バブルガム・クロンダイクだ! てーか、おめーちゃん温泉街で殺し損ねたやつか!! こんな事ならやっぱりちゃんと殺しとくんだったなー! むははは!」
案の定、速攻でクソみたいな事を言い出したバブルガムにはチョップを食らわせて……。
「……あ、あの、ライラック・ジンラミー……なの。よ、よかったから、お近付きのしるしに、あなたをカカシにしたいの……」
案の定、速攻でドMを発揮するライラックには「後で俺が付き合いますから」と小声で呟いたりしてな。
「スカーレット・ホイストよ。よろしくね龍奈ちゃん。よかったら後で晴人との馴れ初めとか聞かせて欲しいわ」
……意外だったのは、スカーレットがかなり龍奈に好意的だったことだ。なんというか、急に器が大きくなったというのか、余裕があるというのか、昨日まで浮気なんてしたら刺し殺されそうな勢いだったのに。
「龍奈よ。随分ハレが世話になったみたいね。龍奈が言うのもなんだけど……魔女狩りからこのバカを匿ってくれて、その、感謝してるわ……ありがと……」
そしてもっと意外だったのは、龍奈が皆に対してそんな思いを抱いていたという事だ。そしてそれは、同時にそれだけ俺の身を案じていたという事でもあるのだろう。素直に嬉しいことである。妙にこそばゆい気持ちも大いにあるけれど。
「よーし皆自己紹介もおわったね! じゃあ早速親睦会始めよう〜!」
太陽のような笑顔でフーがそう言うと、ガチャりと扉が開いて1人のオッサンが部屋に押し入ってきた。
……じゃなかった。料理が盛られた皿を持った店長が、扉を開けて部屋に入ってきた。だった。
「あぁん!? 誰だこいつぁ!!?」
「イース、気持ちは分かりますが刀は納めてください」
突然部屋に入ってきたゴリゴリの仏頂面大男に、イースが威嚇行動を示したので慌てて制止する。
「こちらは俺のバイト先の店長で、龍奈の父親です。こんな見た目ですが一応人間です……ちなみに昨日会ってますからね」
「こんな見た目とはどんな見た目だ貴様」
「あ痛だだだだだ……ッ!!!!?」
イースに斬り掛かられないように必死にフォローしたというのに、店長は持っていた料理をテーブルに置くなり俺の頭を鷲掴みにした。握力がゴリラのそれだ。やっぱり人間じゃない。
「まぁ、じゃあ晴人の料理の先生ってこと? 私も弟子入りしちゃおうかしら……」
「けっ、飯まず女が何ほざいてやがんだ!」
「むはぁ、私ちゃんは食べるのが得意だから!……むぐんぐ、うめ〜!!」
「ば、バブルガム……もう食べてるの……」
「ほらほら、ハレも遊んでないで早く座って食べようよ!」
「そうよ。お父さんもやめてよね、恥ずかしいったらないわ」
俺はゴリラに拷問されているわけであって、断じて遊んではいないがフーの意見には賛成だ。飯の時はイースもバブルガムも問題を起こさないからな。円満にこの親睦会を終わらせるには、常に食い物を食わせておく必要がある。
夕食がすんだら、残りの時間もデザートを食べて、それを食べ終えると同時に終了、そして解散……これが勝利へのルートだ。我ながら完璧な作戦だと言えるだろう。
「──おいシェリー説明してくれ。なんでゼリーを後から出す必要があるんだ? これがメインディッシュなのに」
「ねーラインハレトー、君からもルーに言ってやっておくれよ〜! 絶対に追加トッピングはチーズとオリーブの方がいいのに〜パイナップル増量とかナンセンスだよ〜」
「…………んん?」
──なぜか別のフロアで待機させていた筈のルーとラムが、大量のゼリーとピザを皿に乗せてやって来た。意味がわからん。色んな意味で。
「むっはぁ!! また出たなこのチビ!! 何美味そうなモン持ってやがんだこのやろー!!」
「ちょっとバブルガムは黙ってて!! あんた達、昨日の間女1号と2号ね! 晴人、何でこいつらここに居るの!?」
「……そういやぁ、まだこいつらの事ちゃんと聞いてなかったよなぁ晴人ぉ」
「……ハル……せ、説明求む、なの……」
「凄い……ドラマでも見たことない修羅場だ!!」
色んな方向から非難や軽蔑の眼差しが飛んでくる。そういうのは俺に効くからやめて欲しい……が、こうなってしまっては言い訳はすまい。
「……ご紹介が遅れましたが、この2人は先日の龍奈奪還作戦の協力者です。
「えへへぇ〜引き受けられちゃったセイラム・スキームだよぉ〜!!」
「イー・ルーだ。シェリーの連れってんなら、まぁつるんでやんねぇ事もねぇな。このヤロウども」
「えー、ということで、この2人にはここに住んでもらっています。実は俺も近々居住地をここに移すつもりなんで、同棲することにはなるんですけど……あくまでそれは引き受け人としての監督義務があるからでですね、やましい事は何もありませんから。ほんとに。これっぽっちも……」
勢いに任せて紹介する流れになってしまったが、これは……セイラムタワー崩壊の予感だ。きっと今静まり返っているのは、嵐の前の静けさってやつに違いない。魔力始動しとこう。
「……おいおいセイラム・スキームっていやぁ元4大魔女じゃねぇか。よぉし表出やがれ!」
「アンタそれしか脳がないわけ!? シェリーよ!? そっちでしょツッコむとこは!!」
「むはぁ、しかも同棲とか言ってるしなー。何をとは言わねーけど毎日ヤリまくる気だぞ。セックスとか」
「……それ、い、言っちゃってるの……」
「ていうか、龍奈もコイツらの立ち位置ハッキリさせて欲しいんだけど? アンタが居ない間絡みづらいったらないわよ」
「そうだぞハレ。引き受けると決めたならキチンと男の甲斐性を見せろ」
「……くそ、どさくさに紛れて店長まで混ざってこないでくださいよ!!」
可愛い子に混じって急に強面のオッサンが出てきたら脳がパニックを起こしそうになるわ。
しかし、龍奈や店長の言うことも一理ある。婚約相手がいる俺が、それ以外の女性と同棲するんだからキッパリ明言しておかなければなるまい。婚約者達にも、本人達にもだ。
「──ハッキリと言いますが、ラムとルーは引き受け人として面倒を見ます。俺たちの関係はそれ以上でも以下でもありません」
俺はラムとルーの顔をしっかりと見てそう言った。俺への好意は知っているしとても有り難い事だが、公私のけじめは付けなければ。
「……えへへ、まあそうだよねぇ。うん。僕はそれでいいよ。
「アタシは……そんなのイヤだ……シェリーはアタシのこと、好きになってくれないのか……?」
2人とも、見るのが辛くなるような表情を浮かべてそう言った。心が抉られるような思いだ。けど、それでも俺は言わなければいけない。ごめんなさいと──
「──ちょっとハレ、アンタさすがにそれはないんじゃない?」
「……え?」
「よく知らないけど自分で決めて引き取ったんでしょ? 何でそうやってすぐ女の子に愛想振り撒くくせに突き放すような事言うのよ……アンタ前世は罠とかだったわけ!?」
「前世が無生物なわけあるか!」
「龍奈ちゃんの言う通りよ晴人!」
「……スカーレット?」
「晴人の優しいところとか、私は大好きだしとっても素敵だと思うけど、好意を向けられて困るくらいなら最初っから優しくしちゃだめよ! 結果的にそれが1番相手を傷つけるんだからね!?」
「むはぁ! そうだぞ晴人! 慰謝料だ! 慰謝料を払えば許してやるぞ晴人!」
「てめぇは黙ってろバカ」
スカーレットの言葉は俺の胸深くまで突き刺さった。たしかに、俺の行動の結果が今のラムとルーの悲しげな表情なのだ。ぐうの音も出ないド正論だった。
「とにかく、2人とはもっと真剣に向き合ってあげてね。さっきまで正直殺したいくらいムカついてたけど……何だかもう他人事とは思えないわ」
「そうよハレ、アンタが好きになるきっかけ与えたんだから、コイツらにだってその時間は与えられるべきでしょ。なのに一方的にシャットアウトとか……干からびたカビってやつなんだから責任とりなさいよね!」
スカーレットと龍奈の話を聞いて、俺はしばらく考え込んだ。
「……そうですね。俺が間違ってました……さっきの言葉は、取り消します。ありがとうな、スカーレット」
「別に、お礼言われるようなことは言ってないわよ。あーあ、我ながら何で自分でライバル増やすようなことしちゃうのかしらね」
スカーレットは少し呆れたように微笑んだ。
「それに、龍奈……」
「龍奈もお礼とか別にいらな──」
「干からびたカビじゃなくて、身から出た錆だろ。無理して難しい言葉使うんじゃねぇよ」
「お礼を言いなさいよ!! アンタもう殺したから!!」
「でた過去形!!」
龍奈の回し蹴りを避けて、俺はラムとルーに向かい合った。
「……2人とも、さっきは酷いこと言ってすみませんでした。まだ間に合うなら、俺に2人のことをもっと知る時間をくれますか?」
「……えへへ、そんなの、もちろんに決まってるじゃないか。僕も、僕のことたくさん君に知ってもらえるように頑張るね」
ラムはそう言うと俺にハグをした。胸に顔を押し付けながら小さく「大好きだよ」と言ったのが聴こえて、早速ドキリとさせられてしまう。が、慌てる暇もなくルーが直ぐにラムを引き剥がした。
「今までは、この拳でぶん殴れば大抵の事は思い通りになった。けど今は違う……アタシは1人じゃ何にも出来ない。だからシェリー、これからのアタシを見とけ。お前のために色々やってみるから。まずは、料理とかよ……だから、まぁなんだ……アタシに惚れさせてやるよ、コノヤロウ」
ルーは少し気恥しげに、コツンと俺の胸に拳を当てた。正直言って感動した。ヘリックスがこのセリフを聞いたら大興奮するんじゃないだろうか。二重の意味で。
俺は改めて2人と握手して、そのまま夕飯の準備を手伝った。
フーと出会ってからというもの、行き当たりばったりで色んな事に巻き込まれたり、逆に誰かを巻き込んだりしてきた。
一刻も早く日常を取り戻そうともがいてはみたけど、それとは裏腹に事態は日を追う事に複雑になって、もう収集の付け方も分からなくなっていた。
けど、今日この瞬間……ようやく抱え込んでいたいろんな問題にひとまずの区切りを付けられたような気がする。
晩秋から始まった騒動だったけど、気がつけばもう年の瀬が迫っていた──
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