第254話「強姦魔と殺人鬼」
【辰守 晴人】
──身体強化した状態での数百メートルはあっという間だった。月明かりに照らされた浜辺……波の音が静かに行ったり来たりしている。
そんな穏やかな空間に水を刺すような、陰湿なオーラを放つ奴がいた。
一瞬で自分の頭に血が登ったのが分かった。俺は男に向かって駆け出し、勢いのまま殴り掛かった。
男はとっくに俺に気づいていて、難なく俺の拳を素手で弾いていなした。続けざまに蹴りや拳を繰り出すも、男は最低限の動きで攻撃を躱しながら、しかし反撃はしてこなかった。
「お前、どこのどいつだ! イースに何をした!!」
「……何もしていない、と言ったら信じるのか?」
「んなわけあるか! 現行犯だぞこの野郎!!」
横目で確認したイースは生きていた。生きてはいたが、全身ボロボロで酷い有様だった……それに、上着が傍らに放り出されて、着ている服もはだけていた。そして目の前には上裸の男……。
「……っこの、強姦魔が! よくもイースを!!」
俺は指輪に魔力を込めて魔剣カタストロフを抜いた。同時に身体強化のギアを上げる。
「……!」
強姦野郎は一瞬驚いたような顔をして、すぐに戦闘体勢をとった。丸腰相手とか関係ない、ぶった切ってやる!
「……な!?」
振り下ろしたカタストロフは、男の手に持った刀に受け止められていた。普通の刀じゃ魔剣は防げない……つまりこれも魔剣だ。
そもそも、冷静に考えればこいつが普通の人間なわけがなかった。でなきゃ身体強化した俺の攻撃を受け流すなんて不可能だ。
つまりこいつも俺と同じ眷属……魔女狩りの構成員か? 構成員の強姦野郎か!!
俺は握りしめたカタストロフにいっそう強く力を込めた。
「やるな小僧……手加減はできないぞ」
「あぁ!? この強姦野郎が何を──」
──あまりにも一瞬の事だった。視界が真っ黒に染まった次の瞬間、男が消えて身体に衝撃が走った。視界が宙を舞い、水切りの石みたいに砂浜を跳ね転がって、何度目かで体制を整えた。
視線の先には黒い羽が舞い散る中、いつの間にかスーツを着込んでタバコに火をつける男の姿があった。
いったい何が起きたのか……オレには分かっていた。鍔迫り合いの最中、視界が漆黒に染まった瞬間あの男は身体を無数のカラスに変えたのだ。
そして俺の背後を取り、再び人間の姿に戻って腰を蹴りこんだ。
マリアと同じ身体を無数のカラスに変える魔法……俺にとっては若干トラウマの魔法だ。
それに加えてケリの威力もハンパじゃなかった。俺の身体強化のギアが1つ下だったなら、確実に勝負が決していただろう。
「……クソ、その魔法使うやつ、ろくな奴がいねぇな」
「それに関しては否定しない」
蹴り飛ばされたおかげか、頭が少し冷えた。こいつはかなり強い。カラスに変身する魔法も身体強化の魔法も、正直マリアと遜色ないんじゃないかってレベルだ。
がむしゃらにやって勝てる相手じゃない。冷静にぶっ倒す方法を考えろ、辰守晴人。
「……“イグラー”」
俺はカタストロフを地面に突き刺して、魔力で魔剣イグラーを練り上げた。10数メートル先の男に向かって振り抜くと、風の刃が空気を切り裂いた。
「……ちっ」
男は
イグラーを振る度に、風の刃が猛烈な勢いで空間ごと男を切り裂こうと襲いかかる。男は縦横無尽に砂浜を駆けて剣閃の間をくぐり抜けるが、全てを避けきれているわけではない。段々と身体に傷が増えていく。
「ちょこまかと……これならどうだ!?」
イグラーの切っ先を大きく回した。男を中心に大きなつむじ風が巻き起こる。それは一瞬で収縮し、小さな竜巻となって男を閉じ込めた。
(このまますり潰して……いや、そんな事よりイースは!?)
強姦野郎を竜巻に閉じ込めたまま、俺は横たわるイースに駆け寄った。全身生傷だらけの身体に急いで回復魔法をかける。
「イース! 大丈夫ですか!? イース!!」
身体中の傷を癒して、何度もイースの名前を呼んだ。反応は無かったが、手を握るとイースの瞼がぴくりと動いた。
「……は、はれと……?」
「……! イース、俺です! 大丈夫ですか!?」
イースは眉間に皺を寄せながら、のそりと上体を起こした。頭が痛いのか、手で押さえている。
「……ってぇ、くそ……なんだぁ、どこだここ、私何して……」
「何してたはこっちのセリフですよ! なんで城から居なくなって強姦野郎に襲われてるんですか!?」
「……あぁ? お前何言って……っておい、ありゃあ何だ?」
イースが俺の背後の竜巻を見て目を丸くした。
「落ち着いて聞いてください。あれは強姦魔です」
「お前が落ち着けよ。ありゃあ竜巻だろうが」
「竜巻の中に強姦魔が入ってるんですよ!!」
「……酔ってんのかぁ?」
「俺は素面です!!」
イースにだけは言われたくないセリフをくらって、埒が明かないと判断した俺は彼女を担ぎあげて城の方へ走り出した。取り敢えず安全な所までイースを連れていかないと……魔女狩りの構成員は2人1組で行動するらしいし、近くにあの眷属の主人が居るかもしれない。ここは城に戻って増援を頼むのが先決だ。
(つーか眷属でマリアと同レベルって、主人の魔女はどんなバケモンだよ……!!)
「……っおい! ハレトてめぇ、なに急に走り出してやがんだぁ!? 止まりやがれこら!」
「止まりません! 魔女狩りの奴らがイースを狙ってるんですよ!!」
「何わけわかんねぇこと言ってんだ!……そうだ、アイツはどこだ!?」
「強姦野郎は竜巻ですってば!!」
「ちげーよバカ! ヴィヴィアン・ハーツだ!」
林を駆けていた脚が急ブレーキをかけた。慣性が働いて担いでいたイースが飛んで行きそうになったが、慌ててつかまえて何とかお姫さま抱っこの形に落ち着いた。
落としたら燃やされかねないからな。
……ていうか今なんて言った?
「……ヴィヴィアン・ハーツって言いました?」
「言った、けど……おろせよバカ! いつまで抱き上げてんだこら!」
イースが暴れ出すから、俺は仕方なく彼女を地面に降ろした。抱き上げられたのがよっぽどご立腹なのか、イースは顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。
「……昼間にな、城にヴィヴィアン・ハーツが来てたんだよ。覚えてるか? 四大魔女の不殺卿だ」
「ええ、それはまあ、覚えてますけど」
(なんなら会ったことあるけどな……カラス?っていうか分身?みたいなやつだったけど)
「その不殺卿を帰り際にとっ捕まえて、一戦
「……はい?」
なんだか、話がよく分からない方に進んできた気がする。そして同時に、なにかまずい方向にも進んでいるきがする……。
「ジューダスのやろうと闘ってもう少しで何か掴めそうだったからよぉ、同じ四大魔女と闘ったら今度こそ……てな」
「もしかして、それであんなにボロボロに?」
「おう、そういえば治してくれたんだなぁ。ありがとよハレト……つーか、誰がここまで俺様を運んだんだ? ぶっ倒れるまで闘ってそっから記憶がねーんだがよぉ」
ダラダラと、背中に凄い量の汗が伝うのを感じる。
──ぼとり。
嫌な予感に拍車をかけるように、不気味な音が耳を撫でた。何かが近くに落下した音だ。
「……おい、手だぜハレト」
「……イースにもそう見えますか」
──ぼと、ぼとと、ぼとぼとと……。
ちぎれた手首が降り積った雪にめり込んでいるのを確認するや否や、付近に大量の肉片が降り注いだ。だんだん胃から夕食が混み上がってきた。
「なぁ、そういえばお前さっき竜巻に強姦野郎がどうとかって……」
「…………強姦野郎かどうかはさておき、多分その人がヴィヴィアン・ハーツさんの眷属、だったみたいですね」
「……まぁ、過去形だよな」
「ぎゃああああああああ!! 違うんです違うんです! こ、殺すつもりなんてそんな、だって裸だったし! 見るからに変態強姦魔だったから、イースが襲われてるのかと……ああああああ!! やっちまったよおおおおおおお!!!!」
頭を掻きむしりながら天に向かって叫んだ。まさかこんなことになるなんて、つまりなにか? あの強姦野郎、じゃなかった、あの人ヴィヴィアン・ハーツと闘って気を失ったイースをここまで運んでくれてたとか、そういう事だったのか!?
(……だったら素直にそう言ってくれよぉぉぉぉぉぉぉ!!)
『何もしていない、と言ったら信じるのか?』
(いやよく考えたら本人は否定してたああああぁぁぁ!!!!)
「……うぅ、い、イース、俺……とんでもない事を……ちょっとヘリックスのところに行って、自首してきます……殺人鬼になってしまった……」
「よせよハレト、言わなきゃバレねぇよ。俺様が証拠隠滅手伝ってやるから元気だせって。こういうのは全部消し炭にしちまえば何とかなるからよぉ」
イースが心配そうに俺の顔を覗き込んで、右手に蒼い炎をメラメラさせている。俺の事を思って言ってくれてるんだろうが、全面的に主張は最低である。
「──やれやれ、タバコが全部ダメになっちまった。お前ら持ってないのか?」
「あぁ? 俺様ぁ、ケムリはやらねぇ主義だぜ。酒の味が鈍るからなぁ!……はっ、そういえば、俺様は何時間酒を呑んでねぇんだ……」
「……うぅ、俺もまだ未成年なのでタバコはちょっと……」
「そうか。なら10分ばかり禁煙だな……やれやれ」
3人の物憂げなため息がシンクロした。
「……って、ぎゃああああああ!!? あんた何で生きてんだ!?」
「あんたじゃない。俺は八熊だ。ちなみに質問の答えは俺が不殺卿の眷属だからだ小僧」
「まじかよ、眷属まで不死身とはなぁ! 恐れ入ったぜあのババア!」
「……よかった、殺してなかった……殺してなかったぁ〜!!」
ほんとうに吐くかと思った。イースを運んできてくれた無実の人を、強姦野郎と間違えて殺したなんて最低すぎる。まじで不死身でありがとう八熊さん。
「いや、ていうか何で上裸だったんだよアンタ」
そもそもあの上裸抱きつきがなけりゃ俺だって勘違いしなかったかもしれないのだ。納得する言い分をきかせろってんだ!
「運んでる最中にイース・バカラが吐いたんだよ。汚物にまみれて引き渡す訳にもいかないから、汚れた服を海で洗って、イース・バカラの口元を拭いていたらお前が襲いかかってきたんだ」
「あぁ、道理で口ん中が酸っぱいはずだぜぇ……吐いた分早く呑まねえとな」
「完全に俺たちが悪くて吐きそうです。ほんとうにすみませんでした」
スカーレットを慰める時はあんな事になったのに、イースの場合はこんな事になるとは……。
神様、バランスをとるってこういう事なんですか──
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