第251話「乱入と報告」


【辰守 晴人】


──レイヴン城には大浴場があるらしい。あるらしいのだが、管理が大変だからもうずっと使われていないんだとか。

 施行上の都合で角部屋にのみ増設された浴室は兼用扱いらしいが、実際のところは1階にある角部屋が空き部屋になっているので、ラテやヘザー、スカーレットなんかは殆どそこしか使わないらしい。


 俺が今いる階は3階。このフロアの角部屋はイースとマリアの部屋だが……風呂を借りる気にはなれない。

 1階の風呂場まで行くにしても、さすがに汗とかいろんなものを拭き取らないことには服も着れないので、俺とスカーレットは渋々洗面台の水で濡らしたタオルを使って身体を拭いた。

 

 そうしてようやく今、服を着込む所までこぎつけたのだった。


「──ねぇ、晴人君」


「……はい。なんですかスカーレット?」


 お互い下着姿で、部屋に放り捨てた制服を回収しているなか、スカーレットが不意に話しかけてきた。


「その、晴人君が嫌じゃなかったらでいいんだけどさ……敬語で話すの、もういいんじゃないかなって」


「え、敬語……ですか」


 レイヴンの皆は俺よりもずっと歳も実力も上だし、自然に敬語で話していた。もちろんスカーレットに対しても。まあ、マリアは例外だがな。


 けど、スカーレットと俺は婚約していて、言わば彼氏彼女の仲……それについさっき固い絆を深め合ったばかりだ。


 他人行儀な話し方は、俺たちの関係にはもはや違和感があるのかもしれない。少なくとも、スカーレットはそういった事を感じたからこんな事言い出したんだろう。


「俺は別に構いませんけど、急には切り替えれないかもしれませんよ。ていうか、それを言うならスカーレットこそ俺の事呼び捨てでいいですからね。たまに呼び捨てになってた時もありましたし」


「え、私そんなに呼び捨てにしてた?」


「してましたよ……ええと、そうだな、何かエロいことしようとする時は呼び捨てになってた気がします」


「…………」


 スカーレットは思い当たることがあったのだろう、顔を赤くしている。俺としては別に嫌でもなんでもないし、全然気にしてないんだけどな。


「……晴人のいじわる」


「早く服着ないと風邪ひくぞ。スカーレット」


「ま、魔女は風邪とかひかないからっ!!」


 スカーレットが早速呼び捨てを実践したので、俺も照れくさい気持ちを堪えて、精一杯気安い感じに喋ってみたけど、言い出した本人の方が恥ずかしそうだ。まあ、そのうちお互い慣れるんだろうけど。


「……スカーレット?」


 服を拾い上げると、不意にスカーレットが後ろから抱きついてきた。背中にスカーレットの髪と角の感触を感じる。


「──ごめん。部屋出る前に、もう1回だけこうしたくて……ほら、いっつも邪魔が入るから」


「ああ、たしかに言われてみれば今日は決定的瞬間に誰も飛び込んで来なかったな……よく考えると珍しい日だ」


 そうだ。俺の経験上、これまで良きにつけ悪しきにつけ、ここぞというタイミングで必ずと言っていいほど乱入者が現れたのだ。

 つい先日スカーレットとそういう雰囲気的になった時も、イースがバンブルビーとラミー様を連れて扉と雰囲気をぶち壊したばかりだ。


 その点、今回はそれがなかった。いつもなら2人でベッドに倒れ込んだあたりで誰かが邪魔しにくるのだ。例えばそれがフーだとすれば「ハレ! スカーレットの様子はどう!?」とか言って急に部屋入ってきて──


「──ハレ! スカーレットの様子はどう!?」


「………………きゃ!?」


「………………やべ」


 噂をすればなんとやら、とは言うが、俺はまだ噂すらしてない。ただ考えてただけなのに、見事にフーが部屋に押し入ってきた。ちなみに俺とスカーレットは現在下着姿で抱き合っている。これはまずい。

 

「あー!! 昼ドラで見たことあるやつだ!! 凄い!! ハレとスカーレット2人でセッ──」

 

「待て待て待て待て違うんだ! いや、違わないけど待ってくれフー!! ていうか、何でそんなに楽しそうなんだよ! ここは普通、怒るか何も見なかったフリをして部屋を出るシーンじゃないのか!?」


「え、ああたしかに! ドラマだとどっちかだね! でもハレ、現実はドラマとは違うんだよ?」


「それはそうですね」


 テンションが読めない。元々、フーの“皆仲良しが1番!”みたいな純心さは分かっていたけど、俺の事を“愛してるの好きだよ”と言ったフーとしては、この状況を見て昼ドラ以外の感想が湧いてこなくていいのだろうか。


 いや、ぶちギレられたり泣かれても困るんだけど、これはこれで別のベクトルで困惑する……というか、どこへ着地すればいいんだよこれ。スカーレットも固まってるし、まいったな……幸い大事故にはならなさそうだけど──


「いいなー2人だけこっそりずるいよー……あ、そうだ! ご飯食べた後で皆も誘ってもう1回しようよ! イース達と、あと龍奈も呼んでさ!」


「いやいや、そんなパーティーじゃねぇんだから……って、なんで龍奈?」


「なんでって、ハレと龍奈付き合ったんでしょ? さっき連絡きたよ?」


 フーはポケットから見たことないスマホを取り出して俺に見せつけた。画面にはメッセージアプリの通知が映っていた。


『龍奈よ。渡したスマホまだちゃんと使えてる? そっちで嫌なことあったらいつでも龍奈を頼ってよね。あと、バカハレと付き合うことになったから。一応報告』


 ギリッ……と、背後から不気味な音が聞こえた。すごく近い。これはそう……たぶん、スカーレットが歯を食いしばる音だ。


 俺は恐る恐るスカーレットの方に振り返った。スカーレットはフーの持つスマホの画面を、血走った目で凝視していた。


(……目が、瞳孔が開いてらっしゃる……)


「──晴人君」


「はい!」


 スマホの画面を凝視したままスカーレットが俺の名前を呼んだ。君付けだった。


「どういうこと?」


「……と、言いますと?」

 

「…………」


 脊髄反射でとぼけると、ギギギ……と、スマホを睨みつけていたスカーレットの顔が俺の方に向いた。怖すぎる。


「すみませんさっき助けた龍奈と結婚を前提に交際をする事になりました御報告と謝罪が遅れて本当に申し訳ございません」


 俺ってこんなに早く喋れたんだ、と自分で感心するくらいの早口と流れるような土下座を繰り出した。2秒だった。それくらいスカーレットが怖かった。


「へぇーまたそうやって謝るんだぁ……ねぇ、

さっきどういう気持ちで私のこと抱いてたのぉ? ねぇ、はれとくぅぅん?」


(ひ、ひぃぃぃぃぃぃイイ!!!!!)


 土下座している俺の目の前に、スカーレットがしゃがみ込んだ。しっぽが床をバンバン打ち鳴らしている。ほんとにまずい、死ぬかもしれない。


「…………あの子のこと、好きなの?」


 頭上から押しつぶすような声が聞こえる。汗を拭いたばっかりなのに、もう全身汗だくだ。

 だがこれは自分がまいた種、己で切り抜けなければなるまい。それが責任とるってことだ! 逃げるな俺!


「俺はスカーレットを愛しています。フーもイースもバブルガムもライラックも、皆愛しています。誓ってこの気持ちに嘘も陰りもありません……そして、また新たに龍奈の事も、幸せにしてやりたいと思いました。お願いしますスカーレット、龍奈との交際を認めて下さい!!」


 娘さんを僕に下さいみたいな光景だが、内容は全く違う。5股男が6股へのステップアップを、交際しているパートナに土下座懇願しているのだ。酷すぎる。

 レイヴンの良心、聖母スカーレットと言えどもさすがにこれは容易に受け入れてはくれないだろう。当然だ。氷漬けにされても文句は言えない。


「……いいわ。また今度紹介してね。さすがに全然知らない子ってちょっと嫌だし」


「…………え?」


「なに?」


「……なにって、いいんですか? 俺、スカーレット達に黙って浮気を──」


「前も言ったけど、本気で好きなら私はそれを浮ついた気持ちだなんて思わないわよ」

 

「スカーレット……」


 俺が結婚相手にスカーレットを指名した日、あの日スカーレットは確かにそう言っていた。『他に本気で好きな人がいるのに、それを押し殺してまで私だけと付き合うなんてそれこそ不純だわ』と。


「ただ、私たちに黙ってたことには怒ってるんだからね。以後気をつけるように……」


「は、はい! 今度からは事前にお伝え出来るように善処します!」


「……今後もあるんだ?」


「え!?」


「あるの?」


「え!?…………ない!……です……たぶん……きっと……そのはず?」


 我ながら酷い様だけど、下手なことは約束出来ない。だってほんの一、二ヶ月でもう既に6人と交際しているのだ。誰かに刺されない限りずっと続くであろう長い人生……何が起こるかなんて分からないからな。


「あとフー?」


「なになにスカーレット!?」


「部屋に入る前にノック……ちゃんとしなきゃダメよ?」


「わ……分かった……ごめんなさい!」


 フーは少したじろぎながらそう言った。さすがにスカーレットの機嫌の悪さを感じ取れたらしい。なんか部屋の温度凄い下がってる気がするし。


 それにしても、出会ったばかりの頃ならいざ知らず、最近のフーはノックもしないで部屋に入るような子ではないんだけどな。イースじゃあるまいし。


「……なぁフー、もしかして何かあったのか? 凄い急いでたみたいだけど」


「……!! そうだった! あのね、凄いんだよ! なんとバンブルビーの腕がね!!」

 

「な、まさか右腕が元に戻ったのか!?」


「それほんと!?」


「ううん、ちょっと違うかな……?」


 俺とスカーレットはガックリと肩を落とした。フーのテンションから勝手にバンブルビーの腕が治ったのかと勘違いしてしまったけど、やっぱりそんな都合のいい話ではないらしい。


 だったら何だろうか? 悪い事が起きた感じではなさそうだが──


「こほん。えっとね、バンブルビー右腕だけじゃなくて、両腕とも元通りになったんだよ! 櫻子達を送るからって、今はラテと転移部屋に居るんだけど……」


 俺とスカーレットは顔を見合せて、猛スピードで部屋を飛び出した。もちろん、行先はバンブルビーのところだ──


 

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