第250話「ティーカップと予行練習」
【辰守 晴人】
彼女の燃えるような赤い髪が好きだ。リボンがついた角も、結構器用に動く尻尾に、優しげな目元とか、ちょっと心配になるくらいお人好しなところ、そのくせ面と向かって感謝されたりすると、照れ隠しにポンコツンデレになるところとか。
恥ずかしくて本人にはとても言えないけど、婚約した日から毎日、惚れてるなぁって思わされるばかりだ。
そしてこうも思う。
──浮気とかしたら、きっととんでもない目に遭うんだろうなぁ、と。
「──うん。とっても美味しい。晴人君って教えたこと何でも出来ちゃうのね」
「いえいえそんな、先生が良かっただけですよ」
「まあお上手だこと」
スカーレットの部屋で二人、和気あいあいのティーブレイク。本来なら幸福以外の感情なんてどこかへ失せてしまいそうなものだけど、俺の内心は穏やかではなかった。龍奈の件、いったいどう切り出せばいいものか……。
「──それで、様子を見に来てくれた晴人君は、もし私が落ち込んでたらどうするつもりだったの?」
ティーカップを淑やかに受け皿に置いたスカーレットが、いたずらっぽい顔でそう言った。
「どうって……すみません、間抜けな話ですけど、正直何も考えてませんでした」
「もう、また謝った。別に晴人君に謝って欲しくて言ってるんじゃないんだってば……でもそうよね。私やイースが落ち込んでるかとか、会ってみるまでは分からないもんね」
「はい。でも、俺だってその、スカーレットの恋人……ですから、もし落ち込んでいたならきちんと慰めるつもりではありましたからね。方法を考えていなかっただけで」
「……ふーん……じゃあ、今からね」
スカーレットはそう言ってティーカップをテーブルの中央に寄せると、片肘を着いてそっぽを向いてしまった。なんだなんだ、何が始まったんだこれは。
「……あの、スカーレット?」
彼女からの反応はない。たぶん……というか、おそらくこれは落ち込んでいる“フリ”なんだろう。どちらかというといじけてる様に見えなくもないけど、まあ今回の件は落ち込んでてもいじけてても怒ってても筋が通るのだから、この態度にケチはつけられまい。
(……慰めろって事だよな。これ)
スカーレットの真意は読めないが、彼女が望むならなんだってしよう。イースの時の予行練習にもなるしな。
俺は椅子から立ち上がって、スカーレットの
「あの、スカーレット。その、色々すみませんでし……」
「謝るの禁止」
そっぽを向いたまま、ピシャリと言われてしまった。確かに再三言われてるのについ口から謝罪が出てしまっていた。言われて初めて自覚したけどこの謝り癖みたいなの、直さないとな。
「スカーレット、もう隠し事したりしませんから、機嫌を直して欲しいです」
スカーレットはピクリとも動かない。目線の端で尻尾を見ていたけど、尻尾も無反応だ。ぐぬぬ。
「今日は大変な一日でしたけど、スカーレットが無事で本当に嬉しいです」
スカーレットの肩に手を置くと、ピクリと尻尾の先が動いた。これはセリフに反応したのか、それとも肩に触れたのが良かったのだろうか。
「恋人同士になれたのに、それらしい事そっちのけでしたよね。俺、ずっとフーの安否とか今日の作戦のことで頭がいっぱいだったんです」
今度は肩ではなくて恐る恐る彼女の頭を撫でてみた。頭を触られるの嫌がる人もいるって聞くけど、大丈夫だろうかこれ。
「……ん」
スカーレットは小さく、声が漏れたのか相づちを返したのか分からないような反応をした。尻尾の先は元気にフリフリしている。
(……これは、好感触なのでは?)
「すぐにとは言えませんけど、お互いのスケジュールとか調整して、またデートしたいです。お城もいいですけど、今度は俺が住んでる街を案内しながらとか」
頬杖を付いていない方の左手をそっと握ってみた。すると、ふわっとした力で握り返された。尻尾の先はさっきよりも大きく揺れていた。
「……いいかげん、スカーレットの声が聞きたいんですけど」
俺はそっぽを向いたスカーレットの逆サイドに移動して、顔を覗き込んだ。すると、顔を真っ赤にしたスカーレットが必死に唇を噛み締めていた。
「……照れてるんですか。もしかして」
「てっ、照れてない! 照れてなんてないんだからね!? 思いのほか晴人君がグイグイ来て動揺とかしてないしっ、デートの話で色々想像して変に恥ずかしくなったりとかしてないんだからね!?」
すんごい早口。物凄い速度で一周まわって素直である。
「スカーレット、可愛いです」
「かわっ……!? やめ、やめてよ急にそんな事……別に恥ずかしくておかしくなりそうだからって訳じゃないけどっ、ああもう! とにかく一回休憩~!!」
スカーレットは椅子を倒しながら立ち上がって、足早にベッドの方に逃げて行ってしまった。どうしようかと一瞬迷ったけど、俺も彼女のあとに続いた。
「……ずるいよ晴人君。可愛いとか、慰める時にそういうことサラッと言うの、なんか女慣れしてそうでやだ」
「今まで恋愛経験とかなかったですよ。だから駆け引き? とかもよく分からないし、思った本心を伝えることしかしてないつもりですけど」
「……だから、そういうとこだってばぁ!!」
俺の隣、ベッドの縁に腰掛けたスカーレットは頭をグリグリと俺の肩に押し付けてきた。深紅の髪の隙間から、ふわりといい匂いが漂ってくる。あと角が痛い。
「ちょ、スカーレットこそ、そうやって急に身体くっつけてくるのとか結構どぎまぎするんで勘弁してください!」
「……え、嫌だった?」
「嫌とかじゃなくて、俺にも心の準備がですね……その、一応年頃の男なんで……」
フーと出会うまで色恋沙汰には全く縁のなかった俺に急に出来た恋人。今まで鋼の理性で耐えてきたけど……いや、耐えれてなかった時もあったけど、とにかく、俺にはスカーレットみたいな可愛い女の子と交際してるという事実だけでかなりいっぱいいっぱいなのだ。
だってのにスカーレットはそっち方面にわりと積極的なもんだから、面と向かって話すだけでも実は結構気合いを入れているわけで……。
「……心の準備が出来たら、いいの?」
「え? えぇと、はい。……いいんじゃないでしょうか?」
いきなりストレートに抱きつかれたりとかしたら色んな意味でたまらんしな。事前に確認とかしてジャブを入れてくれるってことなのか?
なんにせよ、俺の
「じゃあ今から、キス……してもいい?」
「……んん!?」
スカーレットはまだ頬を赤く染めたまま、俺の瞳を見つめてそう言った。心臓が跳ねた。破壊力が凄い。何を破壊するかって……そんなもん俺の理性である。ジャブの時点で粉々になった。
俺は返事をする代わりにスカーレットの瞳を見つめ返して、ゆっくりと身体を彼女の方へ傾けた。どちらともなく目を閉じて、キスをした。
ほんの少しだけ唇と唇が触れると、ぎこちなく離れて目を開けた。
一瞬の視線の交差……直ぐにまた目を閉じてキスをした。今度はさっきよりも長く……スカーレットの手が俺の太ももに置かれた。俺もその上に自分の手を重ねる。一歩づつ階段を上がるように、だんだんと長く深くなっていくキス。重ねた手は、手から腕へ、腕から肩へ、いつの間にかお互い抱きしめ合っていた。
「……晴人君、好き」
「……俺もです。スカーレット」
長いキスの小休止に、感情がそのまま言葉になってこぼれた。
「頭が変になっちゃうくらい晴人のことが好き」
「理性が吹っ飛ぶくらいスカーレットの事が好きだ」
二人してベッドに倒れ込んだ。全くそんなつもりなんてなかったけど、思い返せば良くも悪くも思ったようにことが進まないのが俺の人生だった。いや、きっと誰しもがそのはずだ。
そして龍奈の件を伝えることのないまま、俺はいくところまでいってしまった。あっさりと、今まで飛び越えられないと無意識的に感じていた一線を飛び越えてしまった。
つまり、卒業してしまったのだ。何をって?
そんな野暮なこと聞くもんじゃない。
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