第249話「本物とカミングアウト」
【夕張 ヒカリ】
──魔法には2種類ある。親の代から受け継ぐ系譜型と、自らの願いを糧に発現する願望型。
9歳の頃、アタシは魔獣災害で両親を
当時のアタシは自分が先祖返りの魔女だなんて知る
もう一度自分の足で立つことができたら、もう一度自分の足で歩くことができたら……もう一度誰かと手を繋いで、抱きしめ合う事ができたら──
もう一度、もう一度……そう思わない日なんてなかった。
そして、“あの日”ほどそう強く願った日もない。炎と煙に巻かれる病院の廊下で、冷たくなっていく櫻子と2人きりになった日……アタシの魔法が発現した日だ──
* * *
「アタシの魔法は身体のパーツを生成できるんだ」
「……生成、っていうと再生とは違うってこと?」
「回復魔法とか再生魔法は“本物”を治したり元通りに生やしたりすんだろ。アタシのは別だ。本物じゃねぇからな」
「……本物じゃないって……感覚までしっかりあるんだけど……」
バンブルビーは自分の両手を何度も握ったり開いたりした。
「限りなく本物に近いってだけだ。感覚も本物に比べたら若干鈍いし、爪とか伸びたりしねぇからな」
「……ぎゃ、逆にそれ以外は普通の手足と変わらないってこと? ヒカリちゃん、凄すぎない? ていうか爪切らなくていいとか、何ならメリットじゃない?」
「褒めてもなんも出ねぇぞ櫻子。ま、確かに怪我しても魔力を集中させれば補修出来るし、便利っちゃ便利だな」
「ヒカリちゃん……本物超えてるってそれ」
「……すごい、これ俺の魔力通せるんだ……」
若干引き気味の櫻子とは対極に、バンブルビーは目を丸くして新しい腕に夢中って感じだ。知り合ったばっかだけど、あんな顔されるとなんか、ちょっと嬉しいかもしんねぇ……。
「さすがにちぎれたりしたら魔力流してもどうにもなんねぇからな。気ぃつけて使えよ……まあ、ちぎれてもアタシのとこ来たらまた新しいのくっつけてやるけどよ……」
「ありがとうヒカリ!!」
バンブルビーが急にアタシを抱きしめた。身長差のせいで足が地面からちょっと浮いてる……ってのに、バンブルビーはそのまま身体をクルクル回転させた。当然抱き締められてるアタシもクルクル振り回される。やめろ。
「おい、分かったから回すな! 下ろせバカ!」
バンブルビーはアタシを地面に下ろすと、両手を握って微笑んだ。
「……本当にありがとう。ヒカリには返しきれない借りが出来ちゃったね。俺なんかに出来ることは知れてるけど、何か困った事があったらいつでも声をかけて。どこからだって駆けつけるよ」
「べ、別に大したこたぁしてねぇし、櫻子が世話んなってたからな……これでチャラだろ」
「……ヒカリ、まだ若いのにいい子過ぎるんじゃない?」
「そうなんです。ヒカリちゃん、口が悪いだけで基本的に凄くいい子なんですよ」
バンブルビーに続いて、櫻子までアタシの事を褒めるから妙に小っ恥ずかしくなってきた。こういうの苦手なんだよアタシは……。
「とにかく、バンブルビーもハッピーになったんだし、アタシらはもう帰るぞ。色々予定が詰まってんだから止めんなよ」
「……うん。引き留めるつもりはないよ。ラテに頼んで家の側まで送らせるね」
バンブルビーは少しだけ間を開けて返事をした。たぶんほんとは引き留めようとしたんだろうけど、アタシ達の“予定”に気を使ってくれたんだろう。
明日にはエミリアの通夜がある。数日ぶりにVCUのメンバーが全員揃うわけだ……いや、最近の櫻子が櫻子じゃなかったんなら、殆どひと月ぶり……か。
「──櫻子」
城へ向かって歩き始めたバンブルビーが、不意に櫻子の名前を呼んだ。
「……は、はい!」
「しばらくはヒカリ達のところで過ごすといいよ。ほんとは
「い、いえ、わたしが自分から入るって言ったので……」
「状況が状況だったでしょ。辰守君にしてもそうだけど、まだ若い2人には出来るだけいつも通りの生活をさせてあげたい。不老だって言ってもね、やっぱり10代は今しかないんだし、用事がある時は使いを出すからゆっくり休んでよ」
「あ、ありがとうございます……バンブルビーさん」
「バンブルビーでいいよ。櫻子」
なんていうか、身近にいる魔女はどいつもこいつもおかしな奴ばっかだから、バンブルビーがすげぇ輝いて見えた。上手く表現出来ねぇけど……なんつーか、こんな姉貴が欲しかったな──
* * *
【辰守 晴人】
──コン、コン、コン。
イースの部屋の扉を、少し控えめにノックした。部屋を訪れるのは初めてじゃない。むしろ、牢屋に入れられていた時から頻繁に酒を回収しに訪れていたから、かなり慣れ親しんでいる部類だ。
ただ、今回は状況が状況なだけに、どうしてもノックする拳が少し重かった。
「……イース、俺です。あの、起きてますか?」
扉越しに声をかけたが、しかし返事は帰ってこなかった。経験上、扉の前に立ってる奴を殺す勢いでイースが扉を押し開けて出てくるか、あるいは「寝てる」と大胆な入室拒否をかますかのどちらかではないかと踏んでいたが、予想はすっかり裏切られてしまった。
「イース、少し話したいことがあるんですけど……イース?」
扉をノックしながら何度か呼びかけた。しかし、やはり反応はない。
「──どうしたの晴人君? たぶんイースのバカなら寝てると思うけど……」
「……スカーレット!」
隣の部屋の扉の隙間から、スカーレットの顔がひょっこりとこちらを覗いていた。スカーレットの方に向き直ると、彼女も部屋から廊下へ出てきた。
「実はさっきバンブルビーが目を覚ましましてですね」
「ホントに!? その、大丈夫だったの!?」
「……大丈夫、とは言い難いんですけど……なにせあの怪我ですから。けど、本人は寝てても仕方ないから手分けしてみんなの様子を見て回ろうって」
「……そう、それでイースと私のところに、ね」
「はい。自分で言うのもなんですけど、今回は色んなことが起こりすぎましたから……イースもふて寝してるみたいだし」
「ほんとよ。作戦のこと隠してたの、私すっごく傷ついた」
「ほんとに、すみませんでした」
タラレバの話だけど、イースやスカーレット、バブルガムに作戦の事を素直に打ち明けて協力を取り付けておけば、ルーとバブルガムが闘うこともなかったし、イースとスカーレットがジューダス・メモリーの凶刃に倒れることも避けられたのかもしれない。
魔女狩りを助けるなんて裏切り行為に、恋人達を巻き込みたくなかった故の決断だったけど、俺は選択を間違ったんじゃないかと思わざるを得なかった。
「もう、謝って欲しくてこんなこと言ってるんじゃないんだからね」
スカーレットが俺の手を取って、優しく包み込んだ。顔を上げると、少し困ったような顔で微笑んでいた。
「とりあえず部屋で紅茶でも飲まない? この廊下、寒いったらないわ」
「そうですね、じゃあ俺が
「あら、それは楽しみね~」
本来ぶん殴られてもおかしくない事をしでかしたのに、スカーレットは寛容だった。もしかしたら紅茶を飲んだあとにぶん殴られるのかもしれないが、そうだとしてもそれは甘んじて受け入れなければなるまい。
100歩譲っていただいて、作戦のことは大目に見てもらったのだとしても、それとは別にまだ打ち明けていない事が、出来るだけ早急にカミングアウトしておかなければならない“あの事”があるからだ。
そう、つまり、龍奈のことだ。
龍奈と、結婚を前提にお付き合いから始めましょうと言ったアレのことだ。
とりあえず、首と心臓だけは守るつもりだ。俺には回復魔法があるからな──
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