第43話「香港スターと合鍵」
【馬場櫻子】
ヴィヴィアン社長の質問講座は、眷属の話が落ち着いてからひと段落ついた所だった。
「――眷属の話なんて、私たちには殆ど関係の無い話だと思うんですけど……もっと大事な話とかないんですか?」
さっきまでわたし達と一緒になって、社長と八熊さんの関係について言及していたエミリアちゃんが、急に我に帰ったかのように手を挙げた。
ものすごい変わり身であるが、確かにエミリアちゃんは社長の見張りと活動の調査が目的で派遣されているわけだから、今は絶好の機会と言えよう。
「ふむ、エミリア・チャン・フランクフルト・ベビーシッターよ……眷属の話がお主らに関係ないということはないぞ?」
「……私の名前、エミリアまでしか合ってませんけど」
「
「……いや、別にわたしはそんな香港スターみたいなノリで言ってるわけじゃないですから。というか他の皆もちゃん付けで呼んでるし……」
社長が天然で言っているのかふざけて言っているのかは分からないけど、エミリアちゃんは機嫌を悪くしたのかむすっと頬を膨らませている。
「エミち~社長にいじめられたん~? お姉さんが慰めたげる~」
エミリアちゃんも本気で怒っているわけではないだろうけど、カルタちゃんが後ろから抱え込むように抱きついた。
すけべ親父みたいな顔をしていなければ微笑ましい光景である。
「――で、眷属の話がアタシ等に何の関係があるってんだ?」
「うむ、お主等も魔女の端くれである以上……というか、魔女の端くれゆえ、魔女狩りから狙われる立場にあるわけじゃ」
「……魔女狩り」
魔女を狩り、人間が魔獣化する原因を作った秘密組織。わたし達がその組織に狙われるのは納得だが……どうも眷属との関連性が見えてこない。
「そもそもじゃ、何故人間ごときが我等魔女を狩るなどということが出来るのか……考えてみるがよい」
人間がどうやって魔女を狩るか……言われてみれば、確かに人間が魔女をどうこうしようなんて容易なことではないだろう。
ローズさんから聞いた昔の話だと、魔女は元々自身が魔女であることも知らず、魔法の使い方を知らない者が殆どだと言っていた。
そんな状態なら、確かに人間でも魔女を拘束したり、殺したりも出来たのだろう。
しかし、今はどうだろうか。実際に鴉が組織されてからは逆に狩られる立場になった魔女狩りが、それでも尚活動を続けて、僅かながらも魔女を狩っているわけだ。
昔とは違う、魔法を扱える魔女を実際に狩ることが出来ているのだ。その理由とは……
「……もしかして魔女狩りって、人間じゃないんですか?」
わたしの呟きに、周りの皆んながピクリと反応した。おそらく同じ考えに至ったのだろう。
「
「そんな、なんで……?」
社長の衝撃的な発言に、わたしをはじめ皆言葉を失っているようだった。ローズさんから聞いた話では、そんなことは一言も言っていなかったけど……
「ざっくりと説明しておくと、魔女狩りには階位というものが存在する。元老院を長とし、その下に枢機卿、司教、信徒と続くわけじゃが……信徒や一般人の中から、司教直々に適正を見込まれ選別された者は、異端審問官という役職に就くのじゃ」
「この異端審問官の適正というのが、つまりは眷属化の適正じゃ。早い話、異端審問官とは、捕らえられ言いなりになるように調教された魔女の眷属にするための人材で、魔女を直接狩る実行部隊のことじゃ」
にわかには信じがたい話だけど、つまり魔女狩りは捕らえた魔女を言いなりにさせて、無理矢理眷属を作らせ、その眷属にさらに魔女を捕らえさせているということだ。
そんなの、魔女を悪魔だと糾弾する組織のやることではない。明らかに狂っている。
「……言いなりになるように調教とは、いったいどういうことですの?」
「まあ、薬に拷問、人質に拷問、あと拷問とか拷問じゃな。そして調教済みの魔女は
「……そんな、めちゃくちゃな」
「といっても、最近の魔女狩りは少し妙での、どういう手を使っているのか分からんが、
ヴィヴィアンさんが考え込むように目を伏せた。
捕らえた魔女が無理矢理従わされるでもなく、自ら進んで魔女狩りに協力するなんて、そんなおかしなことが本当にあるのだろうか。
「でもさ~なんで自ら協力してるなんて分かるん~?」
「実際に戦ったドールの目じゃ……アレは確かに魔女に対して本気の憎しみがこもっておったからのう。それにペアの異端審問官を殺されたドールは、大抵怒り狂い暴走して魔獣になるか、さもなくば自決するのじゃ……それゆえ詳しいことは何も掴めておらん」
「……そんな、せっかくドールにされた魔女を助けようと思っても自ら命を絶つっていうんですか?」
「然様じゃ。異端審問官の死に、本気で怒り、悲しみ死んでゆく……まるで自分の家族か恋人と錯覚しているかのようにのう……度し難い限りじゃ」
魔女狩りに狩られ、自らも仲間を捕らえる為に利用されている筈の魔女が、いったいどうして異端審問官の死を憂うことが出来ると言うのだろうか。
なにかとてつもなく不気味な話に、わたしの背筋がぞくりとした。
「――とにかくじゃ、今後お主等が魔女狩りに遭遇する確率もゼロではない。その時襲ってくる相手はただの人間ではなく、魔女とその眷属であることを
* * *
【轟龍奈】
――私は両手に買い物袋をぶら下げて、ひび割れたアスファルトを歩いていた。
前回家に食料品を持って行ったきり、ハレとは会っていない。以前は急なことでインスタント食品ばかりの差し入れになってしまったから、きっと今頃家庭の味というやつが恋しくなっている頃だろう。
本当はもっと早く差し入れしたかったのだけど、このところ朝から晩までお父さんと捜索に明け暮れていた為にそんな隙は無かったのだ。
――見慣れた玄関。私は合鍵を使って鍵を開け、家の中へ入った。
「……やけに静かね」
時刻は午前十時過ぎ……早朝四時ならまだしも、この時間にこんなに静かだなんて不自然だ。
まるで、家に誰もいないような静寂。
「……ハレ、フーちゃん!? 居ないの!?」
誰もいないリビングから二階に向かって呼びかけるも、反応は無い。
「……あのバカ、どこ行ったってのよ」
あまりのショックに眩暈がして、私はテーブルにもたれかかった。
――その時、手に何かが触れた。一枚のメモ用紙である。
「……『ちょっとだけフーと旅行に行ってきます。お土産は期待しとけ』……ですって……?」
誰もいない部屋で、妙に達筆な字で描かれたメモを音読した。メモを持つ手が、怒りのあまり小刻みに震えている。
あれだけ家から出るなと言ったのに、旅行だと……? フーちゃんと二人で?
「……そんなの、龍奈が行きたいわ……っ!!」
――いや、今はそんな事言っている場合ではない。いったいいつから、何処へ旅行に行ったのか、それが問題だ。
というか、何故このタイミングで旅行!? あのバカは何処にそんな金があったのだ……まさか商店街の福引で当たったなんてわけじゃないだろうし――
とにかく、すぐに何処にいるか確認しなければ。なにせフーちゃんを血眼になって探している魔女狩りがこの街のあちこちにいるのだから。
「……電源切ってんじゃないわよ、バカハレッ!!」
電話をしても案の定応答は無し……几帳面なハレがメモに行き先を書いていないあたり、私に旅行を邪魔されたくないのだろう。いい度胸だし能天気である。
――ポロロン……! 静寂な部屋に、携帯電話の通知音が鳴り響いた。
電話に気づいたハレが、メールか何かを送ってきた……わけではない。
なぜなら今通知が来た端末は、数日前に組織から支給されたものだからだ。
この端末に通知が来るということは組織からの連絡か、あるいは同じ端末を支給された他のメンバーからの連絡ということになる。
「……嘘でしょ」
『山奥の教会にてターゲットを発見。至急応援を求む』
発信者はふわふわ頭だった。メッセージの下には位置情報と画像が一件添付されていた。
「……なんで、ウェディングドレスを……?」
画像は、ウェディングドレスを着たフーちゃんの写真だった。
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