第34話「三回勝負とムテキング」



 【馬場櫻子】


「――今日は私ん神がかった技を見せたげるよ~」


 そう言ったカルタちゃんの向かった先は、新都の南区にあるさびれたゲームセンターだった。


 放課後特にプランの無いわたしとヒカリちゃんは、カルタちゃんとエミリアちゃんの遊びに同行することになった。ついでにカノンちゃんも一緒である。


「へえ、ここもゲームセンターなんですか? 昨日、一昨日行った所とは随分様子が違いますね」


 カノンちゃんの面倒見のいい姉と化しつつあるエミリアちゃんは、興味津々という感じで店を見回している。


 というか、三日連続ゲームセンターで遊んでいるとは、かなりのゲームフリークだ。心なしかいつも眠たそうなカルタちゃんの目が、生き生きしているように見える。


「ここレトロな筐体がたくさん残ってて楽しいんだよ~、でもちゃんと最新のも入ってるから安心して~あ、あと結構改装してるから中に入ると外観とのギャップに驚くかもね~」


 これはもはや勘違いでも何でもないけど、舌もよく回っている。カルタちゃんあれだな、授業は全部寝て、部活とか遊びに全力投資するタイプの子だ。


「これが庶民の盛り場ですの? なんだか小汚いですわね」


「んだよ、成金はゲーセン初めてか?」


「そうですわね、存在は知っていましたけどお目にかかるのは初めてですの」


「じゃあアタシがゲーセンのルールってやつを教えてやるよ。まず、初めて来たやつは一緒に来た経験者に幾らか金を渡すという……」


「ヒカリちゃん、光の速さで嘘つくのやめようか」


 わたしは悪い顔でニヤついていたヒカリちゃんの側頭部にチョップを食らわせた。それにしてもカノンちゃんって、ヒカリちゃんに成金とか言われて怒らないのだろうか。


「ほらほら~皆のもの、さっさと中に入ろうよ~」


「あ、こら、カルタ。そんなに激しくジャンプすると髪が崩れますよ」


 いつも髪を下ろしいるカルタちゃんだけど、今日はエミリアちゃんにかんざしで髪を纏めてもらっているのだ。


 エミリアちゃんもいつも編み込んだ灰色の髪をお団子にして、かんざしで纏めているのだけど、あれどうやるんだろう。今度教えてもらおうかな、かんざしなんて持ってないけど……


 それにしても、このままでは痺れを切らした……というか、薬を切らしたようなカルタちゃんが、飛び跳ねすぎてエミリアちゃんの努力が水の泡になりかねないので、さっさと店に入ることにした。




* * *



 カルタちゃんの言っていたとおり、店内は外観とは裏腹にかなり綺麗で、ちょっとしたサプライズだった。


 カルタちゃんは店に入るなり深呼吸を始め、『ちょっとまってて~ゲーセンの酸素を吸ってゲーセンの身体になるから~』と狂気染みたことを口走っていた。


 コインゲームやクレーンゲーム、奥の方にはズラリと筐体が並んでいて、店内には妙に中毒性のあるBGMが流れている。


 しばらくすると、儀式を終えたカルタちゃんが、迷いなく歩き出した。


「――よし、行こうかエミリア。今日も私の神業見せてあげる」


 いつになくハキハキした喋り方にぎょっとすると、別人かと思うほどにいつもの眠たそうな瞳がキリッとしていた。


「アイツ、スマホの画面割れた時もキャラ変わってたけど、忙しい奴だな」


 両替したメダルをジャラジャラしながら、ヒカリちゃんが苦笑いした。


「皆さんはカルタの神業を見ていかないんですか?」


「アタシはメダルゲームしたいからな。別に興味ねぇよ」


 少し残念そうなエミリアに、ヒカリちゃんは素っ気ない態度だ。よっぽどメダルゲームがしたいらしい。


「いいよエミリア。ヒカリは私の神業を見るのが怖いんだよ。見たが最後、自分にも敵わない奴がいるって認める事になっちゃうだろうからね」


「……は?」


 しかし、ゲーセンの身体になったカルタちゃんは、つまりはゲーセンの舌を有しているわけで、煽りスキルが異常に上昇していた!……何を言っているんだわたしは。 


「まあ無敵のカルタさんの前では仕方ないことだよ。ほら、行こうエミリア」


「……おい、ちょっと待てよバカルタてめえ。いいぜ、アタシと対戦しようじゃねぇか」


 ヒカリちゃんが持っていたメダルの入ったバケツ型の容器をわたしに押し付けてきた。やる気満々である。


「ヒカリちゃん、やめとこうよ。カルタちゃんきっと強いよ。向こうで一緒にメダルゲームしてあげるから」


「止めるな櫻子、大丈夫だ。ああいう無駄に自信満々の奴に限って大したことねぇんだよ」


 せっかくみんなで遊びに来たのに、わざわざケンカの種になるようなことをする必要はないんじゃなかろうか。


 しかし、もはやヒカリちゃんはわたしの制止も効かない状態だ。


「へえ、言うじゃんヒカリ。じゃあ賭けようか、勝った方は負けた方に“一日絶対服従権”を行使できるってのはどうかな?」


 カルタちゃんもカルタちゃんで、何やら恐ろしいことを言い出した。


「上等だぜ、アタシが勝ったら櫻子の靴を舐めさせてやる」


「それわたしが只々迷惑なんだけど……」


 かくして、突如名誉をかけた仁義なきゲームバトルが勃発した。


――それにしても、こんなやり取り前にもあったような気がする……気のせいだろうか。



* * *




――結論から言うと、ヒカリちゃんのボロ負けだった。


 最初に選んだゲームで完敗し、『三回勝負だバカ!』と、往生際悪く二回目に選んだゲームでも完敗、『次のゲームで買った方が百億ポイントなんですー』とか、聞いていて恥ずかしくなるようなことを言って選んだゲームでも……完敗。


 結果、百億ポイント対0ポイントで完膚なきまでに叩きのめされた。


 そもそも、筐体きょうたいが並んであるエリアにカルタちゃんが姿を表した途端に、店の客が騒ぎ出した時点でおかしいとは思っていた。


『おい、ムテキングのお出ましだぞ!』『ムテキング氏だ! 神の手をもつ者、ムテキング氏が今日も降臨した!』と、しきりにカルタちゃんを『ムテキング』と呼ぶ客達がいたのだ。


 最初はなんのこっちゃ分からなかったけど、ゲーム終了後の画面に映し出されたランキングに、『1st.ムテキング』と表示されていてピンと来た。


 ちなみに、ヒカリちゃんと対戦したゲームは全てランキング一位がムテキングだった。おそらく、ほとんどのゲームの一位を総嘗そうなめしているのだろう。恐るべし、ムテキングである。


――そして現在。


「……ヒカリちゃん、元気出して? ほら、一緒にメダルゲームしよ?」


「……」


 惨敗を喫したヒカリちゃんは、店内の隅で三角座りを決め込んでいた。正直言って声をかけるのもはばかられるような雰囲気だけど、流石に放っておいてゲームをする気にはなれない。


「あ、そうだヒカリちゃん。あっちにクレーンゲームがあったんだけどね、可愛いネコのぬいぐるみがあったの。わたしとカノンちゃんじゃ取れそうになくて、ヒカリちゃんに取って欲しいなぁ」


「……ムテキングにとってもらえよ。一発やで、ほんま」


「なんで後半関西弁になったの?」


 ダメだ。完全にいじけている。そもそもこんなに打たれ弱いなら、なんであんなに強気に出たんだろうか。


「……まあ、落ち込む気持ちは分かるけどさ。自信満々の奴に限って大したことはない、とか何とか言ってたのに、結果的に盛大にブーメランしちゃったわけだし」


「……あれ、慰めくれるんじゃねぇの?」


「……あ、ごめん。励まそうとしたら、残酷な真実突きつけちゃったよ」


 悪気は無かったのだけど、ヒカリちゃんは益々背中を丸めて三角座りを強固にした。このままだとダンゴムシか何かになってしまいそうだ。


「……そのコインやるから、あっち行って遊んでこいよ」


「……もう、そんな事言わないでヒカリちゃん。あ、そうだ。抱っこしてあげるから機嫌なおして?」


 自分でも何が『あ、そうだ』だよ、と思いつつも、思いついたからポロッと言ってしまった。流石のヒカリちゃんもこんな事では機嫌が直ったりしないだろう。


「……ん」


 しかし、目の前のダンゴムシはおずおずと丸めていた背中を伸ばし、ゆっくりとこちらに向き直った。目が真っ赤に腫れており、どんだけ泣いたんだよという感じである。


 ジリジリとヒカリちゃんが膝立ちで詰め寄って来るけど、言い出しっぺのわたしはどうしていいか分からない。


「……ん」


 涙目のヒカリちゃんが上目遣いで両手を広げた。自分でもよく分からないけど、なんだか堪らなくなって、ヒカリちゃんをやにわに抱きしめてしまった。


 ヒカリちゃんは一瞬身体を強張らせたものの、すぐに広げた腕を私の腰に回してきた。つまり、今完全に抱き合っている状態……。


 今までふざけて抱きつかれたことは何回かあったけど、抱きつかれるのと抱き合うのって、こんなにも別物だったんだと、妙にふわふわした頭で思った。


「――ひ、ヒカリちゃん、そろそろ大丈夫かな? これ凄い恥ずかしいんだけど」


 抱き合っていたのは数秒だったのか、数分だったのか、最早時間の感覚すら分からないほどに緊張した。心臓がめちゃくちゃ早い、これヒカリちゃんにも伝わってるんじゃ……止まれ、一回止まってくれわたしの心臓!


「……アタシさ、歳取って死ぬ時はこうやって死にたいな」


 不意に、ヒカリちゃんがわたしと抱き合ったままそんな事を言った。


「……わたし達魔女なんだから歳取らないでしょ」


「そっか」


 顔を上げたヒカリちゃんは、悪戯っぽく笑った。まだ涙目だけど、機嫌は直してくれたみたいだ。


「ほら、もうお金メダルに変えちゃったんだから、使わないと勿体無いよ」


 わたしはヒカリちゃんの腕を引いて、メダルゲームのコーナーに向かった。


 ヒカリちゃんの方を振り返ると、なんだか妙に照れたような顔で頬を赤らめているもんだから、思わず目を逸らしてしまった。


 いや、さっき泣いてたから顔が赤くなってるんだろう。考えすぎだ、わたしが意識し過ぎているんだろう。


 気持ちを紛らわすように、わたしはやや早足になって進んだ。


――それにしても、さっきの言葉。いつだったか前にも聞いたことがあるような気がする。





『――私が歳を取って死ぬ時は、こうして死ねたらきっと幸せだ』

 

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