第33話「屋上と膝枕」


 【馬場櫻子】


 前回の魔獣出現から三日。初対面こそギスギスしていたエミリアちゃんは、学校が同じということもあり、すっかり打ち解けていた。


「――お待たせしました。昨日も言いましたけど、別に先に食べていてもらって構いませんよ?」


 昼休憩、一昨日からわたし達は校舎の屋上で昼食を取るようになっていた。仕方のないことだけど、転校生の魔女達が普通に教室でご飯を食べるには視線が痛すぎる。


 そこでカノンちゃんが、屋上ならば立ち入り禁止だから人はいないはずと言い出したわけだが、無論わたし達も立ち入ってはならないわけで……。


 しかしヒカリちゃんが有事の際に素早く移動するためとか何とか、口八丁手八丁に学校側を丸め込み、めでたく屋上が解禁となった。


「エミリアちゃん、校舎が遠いから大変だよね。ごめんね、一人だけ」


「いえ、学年が違うのは櫻子さんのせいじゃありませんから、気にしないで下さい」


 わたしとヒカリちゃん、それにカノンちゃんは同い年で二年生。クラスも一緒になった。けど、カルタちゃんは実は一つ年上らしく、三年生に。エミリアちゃんは一つ年下で、一年生だ。


 外国の血のせいなのか、五人の中では一番大人びて見えるのに意外だった。


「カルタ、今日の放課後なんですけど、よかったらまた遊びについて行ってもいいですか?」


 もっと意外なのは、エミリアちゃんがカルタちゃんに一番懐いていることだった。真面目そうな性格だから、基本ダラダラしているカルタちゃんとは相性が悪そうに思えたけど、存外人間関係は奥が深いようで……。


「もちだよ~お姉さんが今日もエミち~を楽しいところに連れてったげるかんね~」


 カルタちゃんもエミリアちゃんをかなり可愛がっているみたいだ。心なしか目つきが少しいやらしい気がするけど、きっと気のせいだ。


「櫻子、アタシ達も放課後デートしようぜ、今日は特訓休みの日だろ」


 購買で大量購入したパンを両手に持った、食いしん坊スタイルのヒカリちゃんがそう言った。


「別にいいけど、どこか行きたいところとかあるの?」


「櫻子と行くところなら何処だってアタシの行きたいところなんだぜ?」


「つまりノープランなんだね」


 ヒカリちゃんのこの感じにも、だんだんと慣れてきた。初めは自分に向けられる好意にどう答えればいいのか分からずに戸惑ったけど、無理に答えることもないと思った。


 分からないものは、しばらく分からないままで置いておくのも一つの手だ。いつか答えが見つかる日まで。


「――ところで、櫻子さんとヒカリさんは、いつからお付き合いしてるんですか?」


 やっと心の整理がついた話題を、エミリアちゃんが唐突に蒸し返して来た。おそらくデートというワードに反応したのだろうけど、危うく食べていたパンを吹き出すところだった。ヒカリちゃんめ……。


「……え、わたし達別に付き合ってないよ?」    


 出来るだけ平静を装って、わたしはにこやかに返した。なぜかエミリアちゃんはカルタちゃんにお弁当をあーんしている。


 そっちこそ、いつから付き合い出したんだ。


「……え、アタシ達付き合ってなかったのか?」


 話をややこしくするプロのヒカリちゃんがさも意外そうな顔でそう言った。もちろんふざけて言っているだけである……だけだよね?


「もう、ヒカリちゃんふざけないで。いらないならパン食べちゃうからね」


「まかせろ、アタシがあーん、してやるよ」


「……もう、ああ言えばこう言うんだから」


 わたしは紙パックのトマトジュースを啜った。一昨日からヴィヴィアンさんの都合が合う日は、放課後に特訓をしてもらうことになったのだが、ヴィヴィアンさんは何故か事あるごとにトマトジュースを薦めてくるので少しハマってしまっている。


「はあ、なんだか私、疎外感ですわ」


 重箱をつついていたカノンちゃんが、深くため息をついた。何やら物憂げな表情である。


「カノンちゃん、どうかしたの?」


「どうしたも何もありませんわ。このまま櫻子とヒカリ、カルタとエミリアがくっついたら、わたくしだけ取り残されることになりますの」


「大丈夫だよ、心配しなくてもヒカリちゃんとくっついたりしないから」


「そういう正直なところが好きだぜ」


「めげませんわね、ヒカリ」


 それにしても、カノンちゃんもそういうこと気にしたりするのか。よくは知らないけどお嬢様っぽいし、恋愛とかの価値観もわたし達とは違うと思っていたけど、そこのところどうなんだろう。


「わ、私も別にカルタのことをそういう風には思ってませんからね、なんというか、手のかかるのような感じです」


 エミリアちゃんは怪訝な顔でカノンちゃんに抗議しながら、カルタちゃんのほっぺについたご飯粒を取ってあげている。物凄い説得力である。


 てっきりカルタちゃんに恋愛感情が芽生えたのかと思ったけど、わたしの早とちりだったみたいだ。


「え、もしかしてだから私だけ呼び捨てだったん~? てかせめて姉って言えし~」


「ま、まあ、たまにはお姉さんっぽい時もありますけど……」


 エミリアちゃんが何か思い出すように目を伏せて、少し頬を赤らめた。あれ、ほんとに早とちりだったのかな?


「そもそも、成金はどんな奴がタイプなんだよ。やっぱ金持ちか?」


 カノンちゃんのことを失礼なあだ名で呼ぶヒカリちゃんを横目に、ふと思ったのだけど、これってもしかして恋バナとかいうやつじゃないんだろうか。


 急に魔女だとか言われたり、わけの分からない会社に就職したりして脳が麻痺していたけど、お昼ご飯を友達と囲んであまつさえ女子会、恋バナをしているなんて夢のような状況だ。


 どうしよう、今のこの奇跡的状況を写真に……いや動画とかに収めておきたいのだけど流石にダメかな、ダメかなぁ!?


「――まあ、お付き合いするならやはりたくましい殿方が良いですわ。背が高くて紳士で勇気があって、私の知らない世界を教えてくれるようなお方。ワニが好きだと尚良いですの」


「理想クソ高えな、しかも最後のワニはどうした」


 カノンちゃんが話し始めてしまったからとりあえず動画は断念した。余計なことは考えず、今この状況を満喫するべきだ。あとワニどこから出てきたの?


「わ、ワニはよく分からないけど、カノンちゃんは普通に男の人が好きなんだね」


 魔女同士が付き合うことは当たり前、とは聞いていたけど、カノンちゃんは殿方と言っていたから恋愛対象は男性ということでいいのだろうか。


「カノンは男好きだ~」


 既に食べ終わったのか、無理やりエミリアちゃんに膝枕してもらっているカルタちゃんが茶々を入れた。たぶん、カルタちゃんは女好きだな……。


「カルタお黙り。まあ、わたくしは男女の両親の元で育ちましたから、お付き合いするとか、結婚するというイメージがどうしてもそれに引っ張られるといいますか、とにかく同姓に恋心を抱いたことはありませんわね」


「なんにせよ、私達の周りに付き合っている者はいないわけですから、そう気を落とさないで下さい」


 の口の周りについたソースを拭きながら、エミリアちゃんが微笑んだ。面倒見のいい娘だなぁ。


「いえ、まだそうとは言い切れませんわ」


「と、いうと?」


「社長と八熊ですの。あの二人もすこぶる怪しいですわ」


 以外な人選をついてくるカノンちゃん。しかし、言いたいことは分からなくもない。二人からは何か特別な関係を感じるのだ。


「いやいや、オッサンと幼女だぜ? 逮捕だろ」


「社長はああ見えて五百歳は越えてますの」


 ヴィヴィアンさんは魔女の中でも高齢らしく、五百年以上の長い時間を生きているらしい。もはや想像もできない規模だ。


「それもそうか、オッサンとババアだったか……」


 ヒカリちゃんはあっけらかんと笑ってパンを頬張った。ヒカリちゃん、口調以外は可愛いのにな……口調以外は。


「ヒカリちゃん、それ絶対に本人の前で言っちゃダメだよ」


「本人ってどっちだよ」


「どっちも、だよ」


 一瞬、ヴィヴィアンさんのタコ足でぐるぐる巻にされるヒカリちゃんが脳裏をよぎったため、一応忠告をしておいた……いや、でも一回くらいは痛い目を見てもいいかもしれないな――


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