第10話「母親と姉妹」

 【辰守晴人】


 新都の大通りに面した『噴水公園』で、俺と龍奈はベンチに腰掛けていた。


「……だからバスで来ようって言ったんだよ」


「はあ? ハレだって賛成してたじゃない!」


「俺は龍奈がごねるから渋々、不承不承に賛成したんだよ」


――新都まで歩いて行こう。そう言い出したのは龍奈だった。


 フーの異常な学習能力の高さを見た龍奈は、新都にいく道すがら色んなことを経験させた方がいい、と強引に押し切ったのだ。


 俺は昨晩フーをおぶってしこたま歩いたから、正直バスで行きたかった。


 実際のところ、何が疲れたっていうと二時間以上歩いたのもそうだけど、その間、十秒に一回のペースでフーの「これなーに?」攻撃を食らったからだ。


 道端の空き缶を見ては「これなーに?」 

 鳥が飛べば「あれなーに?」

 石ころ、草、電柱、廃ビル、新聞、猫、のべつ膜無し、なになになになに――


 最初こそ「これが教育というものよね!」とか言いながら丁寧に対応していた龍奈も、三十分もすればげっそりとしていた。


 そんなわけで心身共に疲弊しきっているわけだ。フー以外は。


 大きな噴水の周りに設置されたベンチにもたれかかりながら、俺は何やら子供と遊んでいるフーへと視線を向けた。


 姉妹だろうか、お揃いの服を着た四、五才くらいの子と、六、七才くらいの女の子が楽しそうに遊んでいる。


 そしてその女の子たちと同レベルのやり取りを繰り広げるフー。


 一見するとフーが幼く見えるが、昨日まで会話もままならなかったことを鑑みると、むしろ成長したな、と思う。


「――龍奈、お腹すいたんだけど、キレそう」 


 ベンチで項垂うなだれている龍奈が、ボソッと物騒なことを言った。


 もし俺が子供を持つ親なら、こんな奴がいる公園には来たくない。


「そういえば、なぜか四時半から起きてんのに朝飯も食ってねえもんな」


 龍奈はまだ日も登らないうちから、フーにつきっきりで構っていた。


 伸びっぱなしだった前髪も、綺麗にパッツンに切り揃えられていて髪型もハーフアップに結われている。


 今フーが身に付けている服や靴も、龍奈が家から持ってきたものだ。


 なんだかんだ面倒見がいいよな、龍奈。


「てかさ、フーが着てんのお前の服なんだよな」


「はあ? だったら何よ! 龍奈のセンスに文句あるっての!?」


 何故そんなに被害妄想が強いのか。


「いや、なんかお前のにしてはサイズがデカいと思ってな」


「……背が伸びる想定で、去年の売り尽くしの時に買っといたのよ。一ミリも伸びなかったけどね」


 え、なにその悲しいエピソード。


 まあ、けどフーが着れてるし結果オーライだろ、とか励まそうと思ったがやめておいた。未だにこいつの地雷が分からんしな。


「……飯、食いに行くか」




* * *




――大通り沿いのバーガーショップで朝食をとることにした俺たちは、店の奥の方の席に陣取って一心不乱にバーガーを食べていた。 


 何故だろう、夜更かしをした時とか、身体がまいってる時に食うジャンクフードはバカに美味い。


「ハレ! ハンバーガーって美味しいね! 私これ大好き!」 


 それにしても、フーの言語能力の発達が著しい。


 噴水公園に着く前と、公園を出た後で、すでに一人称が『フー』から『私』になっている。


「フー、お前いつの間に自分のこと私って言うようになったんだ?」


「んー? さっきだよ! ミユちゃんがお姉ちゃんは自分のこと『私』って呼ぶんだよって言ってたから!」 


「へー、そうだったのか」


 ミユちゃん、というのはさっき公園で一緒に遊んでいた子だろうか。しっかりした子だな。


「しっかりした子じゃない。ハレ、アンタも見習いなさいよね!」 


 龍奈と前半だけ意見が一致した。後半はケンカを売られているが。 


「ねえねえ、リューナはまだお姉ちゃんじゃないの?」


「……ぶふっ、そうなんだよフー。はまだお子ちゃまなんだよ」


 素晴らしい。ぶっ込んでくる話にもキレが増している。そして思わず調子に乗った俺。


「悪かったわね!! お子ちゃまで!!」


 店中に響き渡る怒鳴り声と共に、首に肘打ちが飛んできた。首は死ぬって!


「二人とも、ケンカはダメだよ! 仲良くしよ?」


 フーが心配そうな顔でそう言った。フーにたしなめられたらもう何も言えない。


 龍奈もそれは同じようで、「怒鳴って悪かったわよ」と殊勝な態度を見せた。


 怒鳴ったことよりも首に肘打ちの方が事件なんだがな。


「よし、じゃあさっさと食べて行くわよ! 今日は回らないといけないお店いっぱいあるんだからね!」


 そう言って龍奈はトレーに山積みになったバーガーをむしゃむしゃと食べ始めた。フーも負けじとがつがつ食べる。


――俺の中で、『女子少食説』に一段と影が差した。


 バーガーショップを出た後、俺たちはすぐそばにある大型のショッピングモールへ向かった。


 今日の買い出しの目的は、もちろんフーが俺の家に住む為に必要な生活用品などを確保するためだ。


 俺と龍奈、そしてモール内の店や人に目を輝かせて興味深々なフー。三人で様々な店を回って必要な物を買い揃えた。


 俺が持つ荷物がだんだん増えていくのと反比例して、財布の中身は寂しくなっていった。


――なんだかんだで買い物開始から二時間後。 


「とりあえず必要な物は揃ったし、それ食ったら帰るか」


 現在俺達がいるのは、ニ階フロアのフードコートだ。フーと一緒にソフトクリームを食べる龍奈はいつになく機嫌が良さそうに見える。


 買い出しは概ね完了し、俺と龍奈が早朝から作った買い出しリストには、全てチェックが付いている。リストに載っていないものもいくつか買ったから予算ギリギリだった。


「そうね、帰ったらフーちゃんの部屋もちゃんと作らないといけないし。龍奈の財布もそろそろやばそうだし」


「いや、今日の支払い全部俺が払ってんだけど」


「はあ? 何言ってんの、アンタが龍奈の財布なんだから当たり前じゃない」


「お前が何言ってんだよ! もう千円しかないんですけど!?」


 冗談じゃなくて、真面目な顔で言ってるのが怖い。


「はあ? まだ千円も残ってるわけ!? ハレ、三人でプリクラ撮りに行くわよ!」


「か、勘弁してくれ!」


――もちろん勘弁してくれなかった。




* * *




――バス停に着くと、電光掲示板に『~により只今三十五分遅延~』と表示が流れていた。


「はあ? 冗談じゃないわよ、一体全体どんな理由があって龍奈様を待たせるっての!?」


「地下シェルターの拡張工事で道路が何車線か通行止めって理由だよ。ようは渋滞」


「だったら仕方ないわね!」


「聞き分けいいんかい」 


 二十年前の魔獣災害以降、街の至る所に地下シェルターが作られていった。


 この新都に至っては地下シェルターを基盤として作った後に建物を建てている。


 地下シェルターは拡張工事が頻繁に行われていて、地下はシェルター同士がアリの巣のように繋がっているのだ。


「ハレ、龍奈! 待ってる間にさっきの公園行ってもいい?」


 フーが噴水公園を指差しながらそう言った。


「そうだな、まあ十分前に戻ってきたら問題ないか」


 ということで、再び噴水公園へ向かおうとした、その時だった。


――ドゴォォン!!


 噴水公園から真逆の方向、五十メートルほど先の交差点から、轟音が響いてきた。

 道行く人が一斉に交差点の方を振り返った。


「な、事故か!?」


「そうかも……って、車が店に突っ込んでるじゃない!」


 龍奈に言われてよく目を凝らすと、大通り沿いの店のあたりから確かに煙のようなものが上がっている。


「ううぅ、怖いよ、ハレ」


 フーが俺の腕にしがみ付いてきたから、頭を撫でてやる。


「大丈夫、ただの事故だからここにいれば安全……」


 言いかけた瞬間、再び轟音が響いた。建物がガラガラと崩れるような音だ。


 再び視線を音の方へ戻すと、さっき車が突っ込んだ店から、何かが這い出てきた。


 『何か』は俺たちがいる距離からでも視認できた。


「ま、魔獣だああぁ!!」


 遠くの方で誰かが叫んだ。その直後、街中に魔獣災害発生のけたたましい警報サイレンが鳴り響いた。


 示し合わせたようにその場にいた人間が悲鳴を上げて走り出す。


「や、やばい、逃げるぞ! 龍奈、先に行け!」


 言うが早いか、俺は荷物を捨ててフーの手を握りおっとり刀で走り出した。


 俺たちは龍奈を先頭にして、魔獣が現れた場所と反対方向の噴水公園へ向かった。 


 噴水公園は新都で唯一の大型公園だ、地下駐車場のさらに下にはシェルターが設けられている。 


 数分で公園の入り口にたどり着くと、沢山の人で賑わっていた公園はすでに閑散としていた。ちらほら人が見えるがすぐに走り去っていく。 


 おそらくみんな地下シェルターへ向かったのだろう。


「ハレ! ちょっとこっち来て!」


 先頭を走っていた龍奈が急に進路を変える。向かう先には地面に倒れ込む女性がいた。


「大丈夫ですか!?」


 龍奈が女性のそばに膝をついて声をかける。


 どうやら女性は避難する人波に巻き込まれて転倒したのか、服の至る所に土や靴の跡が付いていて意識が朦朧としている。 


 龍奈が忌々しげに『ひどい』と呟いた。


「……私は大丈夫、ですから、どうか、子供達を、探してもらえませんか」 


「まかせて! どこを探せばいいの!?」


――即答だった。


 正直、俺は今にも魔獣が迫って来て、全員殺されるんじゃないのかと気が気ではなかった。我先に逃げ出したい。


 踏みつけられたこの人を見て、龍奈はひどいと言ったが、俺だってもしかしたら誰かを押し除けて、足蹴にしたかもしれない。


 我先へと逃げ出していたかもしれない。そう思うほど俺はこの状況に臆していた。


 くそ、みっともない、情けない、怖い――。


 恐怖心と自責で全身の感覚がふわふわする。


「警報が、鳴る前、子供達だけで、トイレに行って、それっきり……」


「ハレ! ボケっとしてんじゃないわよ!」


――急に顔に衝撃が走って視界が揺れた。

 数秒してから、龍奈に頬を打たれたことに気づいた。


「い、痛えな、急になにすんだ!」


「なにすんだじゃないわよ! 今の話聞いてたでしょ! さっさと子供探して来なさいよ!」


「俺が行くのかよ!」


「アンタのは龍奈の『財布兼、ご飯兼、足』なんだから当たり前でしょ! 龍奈はフーちゃんとこの人をシェルターまで連れていくから、さっさと探しに行きなさい!」


 言ってることは無茶苦茶過ぎるけど、龍奈の方が遥かに男らしい。


「……こ、子供さんの名前と、それから来ている服の特徴は!?」


 こうなったらヤケだ。魔獣がうろついてようが何だろうが、龍奈にボコボコにされるより怖いことはない。


「七歳の女の子がミユ、それと、五歳の妹が、ミクです。お揃いの赤い上着を、着ています」


 数時間前の記憶が蘇る。なんてこった、じゃねえか……!


「分かりました! 龍奈! そっちは頼んだからな!」


 俺は母親を介抱する龍奈にそう言って、姉妹を探すべく走り出した。


――ジンジンと、ようやく頬に痛みを感じだした。

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