第12話「一般人と血溜まり」


 【辰守晴人】


 『――繰り返します。魔獣災害発生、魔獣災害発生、民間人は直ちに地下シェルターへ移動してください』


 サイレンが鳴り響く中、噴水公園の広場から一番近い公衆トイレに向かった俺は、拍子抜けするほどあっさり姉妹を発見した。


 公衆トイレのすぐそばで、お揃いの赤い上着を着た女の子が二人蹲っていた。


「ミユちゃんとミクちゃんだよね? お兄ちゃん、君たちのお母さんに頼まれて迎えにきたんだ。一緒にお母さんのところに行こっか」


 二人とも、どうやら俺のことを『フーちゃんと一緒にいた人』ぐらいの認識で覚えていたみたいで、すんなりついてきてくれた。

 心配させるといけないので、少し悩んだが母親が怪我をしていることは伝えなかった。


 俺は姉妹を連れ、元来た道を引き返して地下駐車場の南口を目指した。現在地からはそこが最短でシェルターに通じているからだ。


「……まじかよ」


 しかし、さっき俺と龍奈達が別れた地点、つまり噴水広場に、魔獣がいた。


 魔獣は体調二メートル程だろうか、人型で腕が四本生えている。


「静かに!」

 俺はとっさに、叫び出しそうになった姉妹の口を押さえて、公園内に設置された自動販売機の影に隠れた。子供を守るという使命感が震える身体を動かしていた。


 幸い魔獣はまだこちらには気付いていないようだ。低い唸り声を上げながら、のそのそと広場を歩き回っている。


「……このままここにいると良くないから、お兄ちゃんと一緒に向こうに行こうか」


 俺は出来るだけ声を絞って姉妹にそう言った。二人は涙目になりながらもコクンと頷いてくれた。


 俺たちは広場の魔獣の目を盗みながら、公園の歩道を逸れて、松林を突っ切る形で公園外の道路へ向かった。


 大通りは魔獣が最初に出現した場所だが、そいつは今噴水広場にいる。 


 大通りの安全が保障された今なら道路を渡って、向かいの店や施設に逃げ込んだ方が早いし、危険はないはずだ。


 松林を抜けて、公園の縁にある腰くらいの高さの塀を姉妹を担いで乗り越えた。


 歩道の先には渋滞のまま乗り捨てられた車がずらりと並んでいる。


「よし、急ごう。そこのショッピングモールならまだシェルターに入れるはずだよ」


 俺は姉妹と手を繋ぎ、車の間を縫うように横歩きに道路を、横断する。

 少女達も互いの身を案じる言葉を投げかけあったりして、少し余裕が出てきたようだ。


――ガゴォンッ!!


 不意に何かがぶつかるような音が響いた。


 音は最初に車が突っ込んだ店の方からしたようで、見るとそこから魔獣が出てきた。


「……な、なんで」


 あまりの異常事態に身体が一瞬硬直した。

 しかし、俺はすぐに姉妹の手を引っ張りモールへ向かって走り出した。


 新たに出てきた巨大なクモのような魔獣とバッチリ目が合ったからだ。


 すぐに道路を渡りきった俺たちはモールへ向かって走った。


 しかし、魔獣も歩道の物を蹴散らしながらどんどんこっちに向かってきている。


 全力疾走しているんだろうが、小さな子供の足では大したスピードは出ない。それに引き換え、魔獣はものすごい速度で追いかけて来ている。


 あと数秒もしたら追いつかれるだろう。


「っ、二人とも、走れ! 行けえぇ!!」 


 俺は繋いでいた手を離して、子供を前へ行かせた。


 二人とも一瞬戸惑ったそぶりを見せたが、ミユちゃんがミクちゃんの手を強く引っ張り、すぐに駆け出してくれた。


 俺は迫りくる魔獣に向き直った。

 魔獣も急に止まった俺に警戒したのか、俺の眼前数メートルの距離で停止した。


「……まじかよ、ハサミとかあんのかよ」 


 子供を先に行かせたのは、別に何か作戦があったからとかじゃない。単純に俺が殺されている間に少しでも遠くに逃げてくれたらと思っただけだ。


 魔獣って言っても、でかいクモみたいな見た目だし、ちょっとぐらい悪あがきして足止め出来るだろうと思っていた。


 しかし、目の前でキリキリと音を立てながらハサミを揺らしているこいつは、クモというかサソリだった。


 ギシ、と停止していたサソリ魔獣がハサミを持ち上げ、俺の方へ向かって進み出した。

 逃げるでもなく、その場で立ち竦み、短い生涯だったと、俺は覚悟を決めて拳を握りしめた。


 しかし、サソリはギシ、と動きを止めたかと思うと、ものすごいスピードでその場から飛び退いた。


――直後、さっきまで魔獣がいた地点に何かが降ってきて、轟音と共にアスファルトを砕いた。


「デートの邪魔しやがってクソがあぁぁ!!」


 降ってきたのは金髪の少女だった。


 俺に気づいているのかいないのか、剣呑なオーラを放つ少女は、唖然とする俺を意に介する様子もなく、何やらわけのわからないことを叫んで、地面にめり込んだ拳を引き抜いた。


 ゴオオオオォ! その時、腹の奥がひっくり返るような咆哮がサソリとは別の方角から飛んできた。さっきサソリが這い出てきた方角から、角の生えた魔獣が飛び出してきたのだ。


 驚く暇もなく、示し合わすように噴水公園の松林をなぎ倒して人型魔獣までもが合流する。しかも、さっき広場で見た時よりも一回り、いや二回りは大きくなっている。


「三匹もいんのかよめんどくせぇ! おいそこの一般パンピー死にたくなかったらさっさと逃げろよ!」


 金髪は背後でへたり込む俺にそう言うと、サソリに向かって突っ込んだ。


 他の魔獣も、サソリと揉み合う金髪に群がり出したので、俺は命からがらモールの方へ走り出そうとした。


 しかし、その時視界の端でこちらへ向かってくるフーの姿を捕らえてしまった。


「な、フー!? 危ないぞ、こっちに来るな!!」


 なんでフーがここにいるんだ? 龍奈と一緒にシェルターに行ったんじゃなかったのか? そんな疑問が頭の中を駆け巡っている間に、俺は既にフーの方へ走り出していた。


 魔獣と金髪が怪獣大決戦を繰り広げる中、再び道路に入る。ちょうど道路の中心あたりでフーの手を掴んだ。


「お前、なんでこっち来たんだ!」


「私、ハレのこと好きだから、ずっと一緒にいたい!」


 こんな状況じゃなければ目頭が熱くなりそうなセリフだが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。


 とにかくここから離れなければ、早くモールの方へ……。


 俺がモールの方へ視線を向けた瞬間、宙を舞った魔獣がモールへ続く歩道に墜落した。  


 道が塞がれた! これじゃモールへ行けない!


「おい金髪! モールの方にまだ子供が二人いるんだよ!」 


 俺は金髪に向かって叫んだ。二人ががどこまで逃げたのか分からないが、吹っ飛んだ魔獣の下敷きになったりしたら取り返しがつかない。


「……分かったから、さっさと逃げろボケエエエ!」


 戦闘音と警報の音が凄まじいが、俺の声はどうやら金髪に届いたようだ。しかし、魔獣にもしっかり届いたようで、角の魔獣がこっちに振り向いてバチバチと白い光を眉間に集め出した。


 俺はフーを連れて一目散にモールと逆方向へ走った。

 途中、すぐそばで凄まじい衝撃と共に爆発音が響き、転びそうになったがなんとか持ち堪え、車の間を縫うように走った。


 なんとか歩道へ走り込み、細い路地に二人で転がり込んだ。どうやら魔獣は追ってきていないようで、戦闘音は遠くの方で聞こえる。


「……フー、ケガ、してないか?」 

 息も絶え絶えにフーの安否を確認する。

 フーだけじゃない、姉妹は大丈夫だろうか、金髪のおかげでモールへ逃げ込む時間はなんとか稼げた気はするが、子供の走る速度を考えると安心は出来ない。


「フー、ここで、待ってろ。俺は子供達を……」


 言いかけた途端に、急に地面が盛り上がってきて、俺の顔に激突した。

 押しのけようとしたが、とてつもなく重い。

 数秒してから、どうやら自分が顔面から地面に倒れ込んだようだと気付いた。


「は、ハレ!? ケガしてるの!?」


 フーが泣きながら俺の顔を覗き込んできた。俺は何か違和感のある脇腹に手で触れてみた。


 グジュ、とびしょびしょになった布を触った時みたいな音がして、見ると俺の手は血で真っ赤に染まってた。


 ドクドクと、路地に血溜まりが広がっていくのが見える。 


……さっきの角魔獣の攻撃、もらっちまったのか。


 フーが泣きながら俺の身体を揺さぶったり、肩を叩いたりしているが、もうあまり感覚を感じない。いつの間にか視界も暗くなってきている。


 けが人はあんま動かしちゃダメって、今度フーに教えないとな……。


 意識が遠ざかっていく中、一言だけフーの声が鮮明に聞こえた。


「――死なないで」


 俺が人間だった頃の、最後の記憶だ――

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