第9話 かなともの会(ラウル視点)

 俺は、彼女の隣に立ちたいと、強く思うようになった。出会ってから一年間、様々な手段を模索したが、正攻法ではダメだった。護衛を出し抜くしか方法はない。


(だが、一人では無理だ)


 こうなったら、なりふり構っていられない。

 俺は、学年や憎しみを超えて、多くの人を集めることにした。「お互いに協力することで、アリス様とお近付きになろう」と、呼びかけて回ったのだ。


(大人数で集まるには、場所が必要だ)


 そこで、学園の講堂が借りられないかと、リーズ先生にお願いした。先生は、驚きながらも喜びの涙を流し、全力で協力してくれた。


 集会の当日、どれだけの生徒が来てくれるか不安だったが、結果的に、男女合わせて百人ほどが集まった。俺は男にしか声をかけていないが、話を聞いていた女子が、「私も!」と来てくれたらしい。

 改めて、アリス様の人気のすごさを知る。


(……時間だ)


 舞台に上がり、演説台に立つ。よくよく考えてみると、俺はこんなに多くの人を前にして話したことがない。勢いでここまで来たが、緊張で体が強張こわばる。呼吸が乱れて、嫌な汗が背中を伝う。みんなの視線が俺に集中し、恐怖を感じた。口の中がカラカラで、目の前の景色が揺れている。


(……やっぱり、俺には無理だっんだ)


 両手のこぶしをギュッと握り、自分の弱さに負けそうになっていたとき、入口から大勢の人の気配がした。


「おーい、ラウル! 俺たちも仲間に入れてくれー!」


「年齢制限ないよなー?」


「私もお邪魔させてくださいね!」


「……ジャンさん、警備のお兄さんたち、リーズ先生も……」


 一粒の涙が、ポロリと落ちた。

 俺が苦しいとき、泣きたいとき、寂しいとき、いつも側で見守って、励ましてくれた人たち。


(俺は、一人じゃない)


 それを今、思い出させてくれた。無償の愛で支えたくれた彼らに、俺は何も返せないけれど、せめて、精一杯の自分を見てもらいたい。

 涙を拭いて俺は前を向き、一番の笑顔で彼らを迎える。


「もちろん、大歓迎です!」


 そして、胸を張り、発起人として挨拶をした。


「まずは、ここに来てくれて、ありがとう。心から感謝します。

 さて、同じ志を持つ者として、俺は、皆さんに問いたいのです。「このままでよいのですか?」と。

 ここにいる皆さんは、アリス様に憧れ、お慕いしているはずです。だが、それだけではないでしょう。何よりも、彼女の状況を憂いているのではないでしょうか?」


 会場がざわついた。


「ご存知の通り、彼女は『かごの鳥』でいることを望んではいません。そこから出て、自由に羽ばたきたいと願っているのです。限られた友人に囲まれている生活よりも、より広い世界を見たいと渇望しています!」


 そうだ、そうだと言う声が聞こえてくる。


「彼女を救えるのは、誰でしょう。家族ですか? 女子クラスの生徒ですか? 護衛ですか? ……いいえ、違います」


 じゃあ、誰だよとヤジが飛ぶ。


「……俺たちです!」


 ええっ、と会場が揺れる。


「俺たちが、彼女を助け出すのです! 人海戦術で護衛の目を掻い潜り、アリス様と接触します! 徐々に距離を縮めて行き、ゆくゆくは、お友だちになるのです!」


「無茶だ! プロにかなうわけない!」

 

 反論が出たが、それは想定内だ。俺は、自信たっぷりに言い返す。


「できます! 俺は、アリス様をずっと見てきました。護衛の顔、人数、配置、行動パターン、全て覚えています! 

 しかし、一人では、それを崩せませんでした。でも、複数で当たれば、隙ができるのではないかと思い立ったのです! 見ているだけの自分に別れを告げて、共に行動しましょう! 俺たちが全力を尽くせば、不可能はありません! 

 さあ、窮屈な鳥籠から彼女を救い出し、アリス様と共に、楽しい毎日を過ごそうではありませんか! 一度きりの学園生活、俺に預けてくれませんか!?」


 会場は、水を打ったように静かだ。それぞれが、どんなことを考えているのか分からない。どんな罵声よりも、沈黙に勝る恐ろしさはないだろう。俺は、この時ほど孤独を感じた事はなかった。


(……怖い!)


 俺の演説が悪かったのだろうか、やはり嫌われ者の俺の言うことは、受け入れてもらえないのか。いろいろな思いが胸をよぎる。ジャンさんたちも、心配そうに様子を見守っていた。

 この静寂は永遠に続くかと思われたが、「できる、かも。みんなと一緒なら」と、一人がポツリと呟いた。

 それを聞いて、「そうだな、試しにやってみようか」と前向きな意見も出始めた。住む世界が違うのだから仕方ないと、諦めていた彼らの心が、次第に揺らいで行く。


「……百人いれば、何とかなるかも」


「なんだか面白そうだな」


「俺は、乗った!」


「私も!」


 会場に、拍手が沸き起こった。先ほどまでの苦しみが吹き飛んで、嬉しさが込み上げる。


「みんな、賛同してくれてありがとう! これより、この会の名称を『アリス様と必ずお友だちになるぞの会』と命名します! 略して『かなともの会』です! 賛成の者は拍手を!」


 一瞬、間があった。


(……あ)


 やっちまったと、瞬時に思った。柄にもなく浮かれて、調子に乗りすぎた。


(会の名称がまずかったのか? それとも、略称がダサかったのだろうか? やはり、ネーミングセンスのない俺が、考えるべきではなかったのか)


 頭の中を、後悔が駆け巡る。


(でも、夜も寝ないで考えたのに……)


 自信作を否定された気がして、悲しくなった。目の前が涙でにじんだ時、一人の拍手が聞こえた。


「『かなともの会』いいじゃん! 賛成!」


 見ると、俺にちょっかい出していた、マルセルだ。その声に引っ張られるように、次々と拍手が沸き起こった。


「あ、ありがとう、みんな」


 こうして、俺の提案は満場一致で承認された。

 最後は生きた心地がしなかったが、マルセルのおかげで助かった。お礼に、会員番号は二番にしてやろう。もちろん、一番は俺だ。

 細かいことは、日を改めて話し合うことにする。俺の体力と精神的が、もう残っていないからだ。各クラスの代表者だけ決め、閉会にした。


 終わってから、ジャンさんたちとリーズ先生が「感動した」「よくやった」と褒めてくれた。みんなに喜んでもらえて、俺も嬉しかった。少しは恩に報いただろうか。

 でも、俺自身の頑張りというより、今までのわだかまりも、俺への偏見も、アリス様の魅力の前に霞んだだけだろう。改めて、彼女の影響力はすごいと感心する。


(おや?)


 帰宅途中、正門を出た所で、近付いてくる生徒たちがいた。俺を散々いたぶってくれた顔ぶれだ。講堂では大人しくしていたが、ここで仕掛けてくるのかと身構え、相手の出方を見る。

 そのうちの一人が、真っ赤な顔をして、俺の前に立った。


「あ、あのさ、お前に酷いことばかりして、す、すまなかった。お、俺の家は名ばかりの貧乏貴族で、勝手にひがんでいたんだ。えと、その、ゆ、許してくれ!」


 一人がそう言うと、「悪かった!」「ごめん!」「気の済むまで俺を殴れ!」と、次々に謝り始めた。


(……信じられない)


 自分より身分の低いものに謝罪するのは、彼らにとって簡単なことではないはずだ。

 この時、警備のお兄さんの言葉を思い出した。


「身分の高い人は、高い人なりの苦労がある」


 だからといって、人をいじめていい理由にはならないし、彼らのしたことは、とても悪い事だ。

 だが、俺の知らないところで、彼は彼らなりにつらかったのだろう。

 簡単には許せないが、彼らは自らの過ちを認め、頭を下げた。その勇気と誠意は、人として受け取るべきだ。俺は、混乱と葛藤の中、理性を総動員して口を開いた。


「……君たちの気持ちは(すぐには受け入れられないけれど)とても嬉しいよ。いろいろあったけれど、(アリス様と仲良くなるためには、君たちの力が必要だから)一緒に頑張ろう」


 俺が必死の思いで言うと、皆一様に、ホッとした表情になった。それは年相応で、あどけなさの残る少年の顔だった。

 それと、俺の心の中では、思いもよらない変化が起こった。

 虐めた本人から直接謝罪されたことにより、心の流していた血が止まり、傷口が塞がっていく感覚があったのだ。ダダ漏れしていたエネルギーが、蓄積されていく。


(……不思議だ)


 過去は消せないが、今の彼らとなら、付き合っていけそうな気がする。そう思った瞬間、腹の底から、今まで感じたことのないエネルギーが湧いてきて、自然と笑顔になれた。


「……俺たち、何としても、アリス様とお友だちになるぞ!」


「おー!」


 こうして俺は、アリス様のおかげで、たくさんの仲間を得た。意外にも、多くの女子が入会してくれたが、その子たちから、毎日のように手紙やお菓子を貰う。会を立ち上げたことを、そんなに感謝してくれているとは、頑張ったかいがあるというものだ。

 俺が明るくなったからか、会員以外にも友だちができたのも嬉しい。

 こうして、みんなで行動を共にするうちに、お互いの誤解や思い違いが解消し、仲良くなった。そのうちの一人が、マルセル。今は、かけがえのない親友だ。

 俺は仲間たちと、これから様々な作戦が展開をしていく。アリス様とお友だちになるために。

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