第7話 回想・運命の出会い(ラウル視点)

「ラウル・トゥイナです。よろしくお願いします」


 何とか二限目に間に合い、クラスメイトに自己紹介をした。続いて、リーズ先生が補足する。


「食品からインテリアまで、幅広い分野で業績を伸ばしているトゥイナ商会のことは、みなさんご存知ですね。

 ラウル君のアイデアに、とても助けられたとお父様が仰っていました。今も、お店のお手伝いをしているそうです。素晴らしいことだと思います。

 みなさんも、彼からお話を聞いて、大いに刺激を受けてくださいね」


 その時、教室には冷ややかな空気が流れた。平民クラスなら反応が良かっただろうが、ここは貴族クラスだ。貴族様には、俺の行動が理解できないのだろう。


(これは、受け入れてもらえそうにないな)


 前途多難だと覚悟はしたが、まさか、初日からからまれるとは思わなかった。


「金で爵位を買ったのか」


「体裁を整えても、所詮は下賤げせんの身だ」


 時には影で、時には堂々と言われた。貴族の世界は想像以上に陰湿で、余所者よそものには厳しいのだと痛感する。

 俺は、帰宅してすぐに、元の学校に戻してくれと父上に頼んだが、「お前の将来のためだ」と取り合ってもらえなかった。


(嘘だ。父上の体面を保つためだ)


 早く貴族社会に溶け込みたいのは理解できるが、子どもを利用しないで欲しかった。

 地元の友だちと別れ、息の詰まる学園に押し込まれた俺は、卒業するまで生き地獄を味わうのか。


(学園に行きたくない)


 二週間ほど学園に通った頃、朝になると、頭痛や腹痛が起きるようになった。疲れが出たのだろうと学園を休むと、嘘のように痛みが消えた。


「俺もあったぞ。そりゃな、心の痛みが体に現れているんだ」


 たまたま調子が良くて学園に行ったら、門番のジャンさんが笑顔で迎えてくれた。教室まで送ってやると言われたので、甘えることにする。ずいぶんと心配してくれていたようで、何だか申し訳なかった。

 でも、嬉しい。誰か話しながら歩くのは、久しぶりだ。


「一人で抱えていないで、俺たちに吐き出せ。お前が思っている以上に、お前の心は傷付いている。そのことに気付け。じゃないと、壊れるぞ」


(……俺は傷付いていたのか)


 自覚すると、涙が出てきた。ジャンさんは、「そこの詰所で休め」と言い、俺が落ち着くまで側にいてくれた。

 それからは、つらいことがあると、詰所で弱音を吐いた。ジャンさんや警備のお兄さんたちは、じっくりと話を聞いてくれる。俺を否定することなく、アドバイスを押し付けることもせず、ただ、俺に寄り添ってくれた。


「お前、そんなことされたのか! いくら子どもでも許せねえ!」


 時には、俺以上に怒ってくれた。目に余る行為と判断して、先生にも伝えてくれたらしい。   

 そのおかげか、休み時間もリーズ先生が教室にいてくれるようになった。

 「学校に慣れましたか?」「勉強はどう?」「課外活動もしてみない?」

 ひとりぼっちの俺に、先生は話しかけてくれたし、昼食も一緒に摂ってくれた。

 大人のいない所では、相変わらず嫌がらせが続いていたが、みんなの想いが、折れそうな俺の心を支えてくれた。


*~*~*~*~


 ある日の帰り道、正門を出てしばらく行くと、待ち伏せしていた五人の同級生に囲まれた。


「お前、生意気なんだよ!」


「先生に言いつけやがって!」


 興奮した彼らに突き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「何をする!」


 理不尽な扱いをされて、黙っているわけにはいかなかった。


「貴様が学園にいるだけで迷惑だ!」


「目障りなんだよ!」


 集団心理というものだろうか、彼らはやけに強気だ。一人では何もできないくせに、複数になると大口を叩く。

 殴ってやりたいが、父様から「仕返しをしてはいけない」とキツく言われているので、グッとこらえるしかない。

 その時、駆け寄る足音が聞こえた。


「大丈夫ですか?」


 後ろを振り向くと、美しい少女が小走りで近づいてくる。学園の下級生だ。


(俺に構うな、放っておいてくれ)


 転校してから一ヶ月。

 貴族社会の闇を散々見せつけられて、俺は、すっかり心がすさんでいた。貴族と名のつく者は、誰も信用できない。

 すかさず、奴らは言いつける。


「ア、アリス様! こんなところでお会いできるとは!」


「ああ! 僕は幸せ者です!」


「そいつに近寄ってはいけません! あなたが助ける価値のない男です!」


「成金貴族で、自らも商売を手伝ってます!」


「浅ましい男です!」


 アリスと呼ばれた少女は足を止め、眉をひそめた。


(そうだろう。君も、他の奴らと同じだ)


 どうせ、奴らの言う事を鵜呑うのみにするのだろう。助ける素振りをしておきながら、一緒になって、俺をさげすむに決まっている。

 そう思うと、余計に悲しくなった。


「お友だちでしょう?」


 キョトンとして彼女は言った。

 想像もつかない言葉を聞いて、時間が止まる。それは、奴らも同じようだ。


「……友だち? ははっ! まさか!」


「こいつに友だちなんか、一人もいませんって! あははは!」


 何が楽しいのか、大喜びで悪口を言っている。


(もう、やめてくれ。頼むから、俺のことなど放っておいて、立ち去ってくれ)


 俺に残ったわずかな自尊心が、これ以上、彼女に情けない姿を見せたくなかった。せめて、表情が見えないように下を向く。

 しかし、俺の願いとは裏腹に、彼女はどんどん俺に近づいてくる。


(何をする気だ)


 警戒する俺の側に身をかがめ、そうっと俺の手を取ると、ニッコリ笑った。


「私たち、お友だちになりましょう!」

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