第6話 回想・転校(ラウル視点)

 今から、七年前。

 俺は、貴族子女が多く通う、王立ブァナマ学園に転入した。


*~*~*~*~


 学園は、小高い丘に建てられているので、街のどこにいても見ることができた。

 街のシンボル、または目印として、長い間、人々に親しまれてきた、歴史ある学園だ。

 しかし、家からは距離があったし、用事もなかったため、俺には縁がなかった。


(まさか、通う事になるとは)


 父上の一存で、転校させられた。

 一方的な提案に反発もしたが、俺も貴族の端くれなのだから仕方ないかと、受け入れた。


(まあ、何とかなるだろう)


 元々、俺は楽観主義だ。

 平民の通う学校では、そこそこ成績優秀だったし、まあまあ人気もあって、のほほんと通っていた。

 学校なんて制服が違うだけで、どこも似たような物だろうと、軽く見ていたのだ。


(何だ、こりゃ)


 登校初日、正門に立ち、おのれの考えが浅いことを、大いに反省した。

 まず、門がやたらと大きい。複数の馬車が行き交うからだろうか。

 そして、その門を守るのは、屈強な男たち。対魔物用の装備をしているが、街に魔物が出るなんて、聞いたことがない。一体、何と戦うつもりだ。


(ここは学園だよな)


 何度も地図を確認し、門に記された学園名と見比べる。


「おい、そこの坊主。見かけない顔だが、転入生か? 名前は?」


 門番の一人が、声を掛けてくれた。


「は、はい。今日からお世話になります! ラウル・トゥイナです!」


「話は聞いている。やけに遅かったな。まあ、無理もない。初めての者は、大抵たいてい迷うからな」


 そして、彼は憐れむような目をした。


「……徒歩か。頑張れよ。自分を信じて、真っ直ぐ進め。そうすれば、必ず学園に辿たどり着けるからな」


「え、それ、どういう……」


「もう行け。一限が始まっているぞ。明日からは、もっと早く来い」


 そうなのだ。

 学園があまりにも大きすぎて、正門がどこにあるか分からなかった。高い壁の周りをぐるりと一周しているうちに、この時間だ。


「ありがとうございます!」


 お礼を言って走り出した俺は、すぐに、門番の言葉の意味を知ることになった。


「はあ、はあ」


 息が切れる。もともと運動は得意ではない。父上の仕事を手伝うようになってからは、外で遊ばなくなったから、完全に運動不足だ。


「門から校舎まで、どれだけあるんだよ!」


 緩やかな坂道を登っているのだが、走っても、走っても、景色が変わらない。

 この並木道は、おそらく校舎に続いているのだろうが、果てしなく続いているように感じられた。

 おまけに、木が邪魔して、先が見通せないから、余計に不安が募る。


(貴族様は馬車で通うから、平気なのか)


 情報不足を悔やみながらも、今さら遅い。学園に通っている知り合いなどいないからだ。こんなことなら、転入手続きの時、同行すればよかった。下見くらいしておけと言った、父上の言葉が脳裏に浮かぶ。


(……甘かった!)


 門番の言葉がなければ、諦めて引き返していただろう。でも、彼は信じて進めと言ってくれた。


(もう少しだけ、頑張ろう)


 運動神経はないが、根性だけはある。気持ちを奮い立たせて、前へ前へ、進んだ。


(見えた!)


 並木路を抜けると、突然、景色が開けた。見事な景観に圧倒される。


「……すごい」


 そこは、まるで一つの街のようだった。

 まず、目に飛び込んで来たのは、広大な運動場だった。それは、建物群をぐるりと取り囲むようにして何ヶ所も設置してある。

 各運動場では、男女別に様々な競技が行われていた。


(スポーツに力を入れているのかな)


 だとしたら、俺は落ちこぼれてしまうかもしれない。少し落ち込むが、気を取り直して進む。

 運動場の向こうには、豪華な造りの校舎が点在していた。初等部、中等部、高等部で分かれているのだろう。確か、大学もあったはずだ。


(あのうちの、どれだろう)


 校舎に向かって歩いて行くと、建物の隙間から尖塔せんとうが見える。どうやら、一番奥には礼拝堂があるようだ。

 

(礼拝堂の裏は、切り立った崖になっているはずだ)


 ようやく、記憶にある景色と、建物の配置が一致した。


「おい、お前がラウルだな。案内してやるから、ついて来い」


「わあ!」


 突然、至近距離で声をかけられて、飛び上がる。振り返ると、門番と同じ服装の男性が立っていた。


「あ、ありがとうございます」


「門番の奴が心配して、俺に連絡してきたんだ。よくここまで来たな。学園を見て驚いただろう」


 それを聞いて胸が熱くなった。帰りに会えたら、お礼を言いたい。

 しかし、どうやって連絡したのだろう。鳩か?


「ああ、気になるか。俺たちは、通信用の魔道具を持っている。非常事態にも即座に対応できるようにな。」


 今、不穏なワードが聞こえたぞ。


「危険なことがあるのですか?」


「滅多にないがな。身分の高い人は、高い人なりの苦労がある」


 意外だ。貴族はいい暮らしをして、威張っているものだと思っていたから、つらいことがあるなんて考えたこともなかった。


「ついでに教えておくが、俺たちから校内放送が入ったら、『緊急事態発生、直ちに礼拝堂へ避難しろ』の合図だ。話の内容は関係ない。敵に避難場所を知られるわけにはいかないからな」


 だから、一番奥に建てられているのが、礼拝堂なのだと理解した。最後の砦なのだ。


「分かりました。そのようなことがないように祈っています」


「俺もだ。礼拝堂からの避難方法は、先生に聞くといい。クラスによって、脱出ルートが違うからな」


「学園から逃げられるのですか」


 礼拝堂に立て篭もるのではなく、秘密の抜け道があるということらしい。


「運動場にも驚いただろう。もちろん授業でも使うが、万が一、戦闘になったときに、校舎の前で敵を食い止めるためにある。子どもたちを、巻き込むわけにはいかないからな」


「……そんな」


 彼らは、生徒の避難が完了するまで、敵と戦って時間を稼ぐというのか。平民の通う学校のほうが、よほど平和だった。


「よく見てみろ。あちこちに、詰所があるだろう。監視体制は万全だ。安心して勉学に励め」


 安心していいのか、不安に思えばいいのか、しばし迷う。

 俺の戸惑いを察したのか、彼は「大丈夫だ」と、肩を軽く押してくれた。


「外のことは、俺たちに任せろ。お前は、自分のことをやれ。

 貴族との付き合いは、身分の差や家柄が絡んでくるから気を遣うが、そんなに心配するな。

 子ども同士、仲良くやれるといいな」


 いい人だ。

 なぜ、ここまで親切にしてくれるのだろう。


「俺もな、お前と同じなんだ。転校してきて苦労した。門番には、そんな卒業生が何人もいるんだ。

 だから、俺たちはお前を応援しているぞ。何もなくても、詰所に寄れ。話くらいは聞いてやる」


「……ありがとうございます」


 彼の目は、とても温かかった。

 それと同時に、この先、いかに過酷な学園生活が待っているかを、俺に予感させた。

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