第5話 婚約者は行方不明

 ギルツ家が見えた時、「ドーン」という爆音がとどろいた。街が騒然とする。


「何だ!」


「襲撃か!?」


 そのままパニックに陥るかと思いきや、人々は周囲を見回すと「危険はないようだ」と話して、日常に戻って行った。


(……やけに順応しているな)


 戦地にいるわけでもないのに、争い慣れしているのを不思議に思ったが、今はそれどころではない。心に湧き上がる疑問を投げ捨て、先を急ぐ。

 門が開いていたのを、これさいわいに、玄関前まで乗りつけた。馬から飛び降りると、ドアを荒々しくノックして勝手に開ける。


「御免!」


 驚いた家令が飛び出してきた。


「ラ、ラウル殿!? なぜ、こちらに!?」


「先触れもなく失礼します! アリス殿は、ご無事ですか!?」


(あ、彼女はいないのだった)


「いいえっ、何も問題ございません! ど、どうぞ、お引き取りを」


 何もないわけがないだろう、花瓶が床で割れているし、貴婦人の像も倒れて粉々だ。爆発音の振動によるものならば、音の発生源はここで間違いないのに、なぜ隠す。

 それに、いつもは冷静沈着な彼が、ここまで取り乱すとはおかしい。疑う俺の目を見て察したのか、背筋を正し、笑顔を作る。


「ラウル様、お仕事に差し支えては大変でございます。お見送りいたしましょう」


 家令は必死に追い返そうとするが、納得のいく答えをもらうまでは、帰るつもりはない。

 その時、二階から声が飛んできた。


「ジル! アリスがいないぞ!」


(行方不明だと? 彼女は誘拐されたのか!?)


 その瞬間、俺の足は勝手に動いた。


「旦那様! ラウル殿がお見えになっております!」


「さ、先に言わんか!」


 後ろでは慌てた家令が叫び、二階からは、まずいことになったと言わんばかりの声がする。

 俺に見られなくないのなら、行くしかない。階段を駆け上がり、部屋に近づくと、ようやく現状が把握できた。


「……なんてことだ」


 アリス殿の部屋は、ドアが無惨にも吹き飛ばされて、見る影もない。家具もめちゃくちゃな状態で転がっている。

 念願の彼女の部屋を見られたというのに、喜びはなく、焦燥感に駆られる。無意識のうちに彼女の姿を探すが、どこにもいない。


(ああ、そうだった)


 いないと分かっているのに、探してしまうとは、いかに自分が冷静さを失っているかを思い知る。


(落ち着け、俺)


 非常事態に陥った時こそ、頭を冷やさなければいけない。感情に振り回されると、大切な事を見落としてしまう。


「部屋を破壊したのは何者ですか。アリス殿に何があったか、お聞かせください」


 お父上に向かい、説明を求める。


「ドアを壊したのは、私だ。アリスから返事がなくてな。まさか、バリケードまで築かれていたとは」


 ならば、家族の侵入を阻止するために、犯人が大型家具で入口を塞いだのだな。単独犯か複数かは不明だが、徹底している。 


「アリス殿は、かどわかされたのですね。すぐに、騎士団を派遣しましょう!」


「それには及びません。誘拐ではないからです」


 家令が、ハッキリと否定した。


「では、何だと言うのですか!? アリス殿が自ら鍵をかけ、重い家具でドアを封鎖し、窓から逃げたとでも? か弱い女性が、そこまでするのは何のためですか?」


 先ほどから、妙に違和感があると思ったが、ようやく分かった。

 アリス殿が行方不明という緊急事態だというのに、二人からは、心配している様子が感じられない。あるとすれば、『苛立いらだち』だろうか。


 父君と家令は黙ってしまった。


(……何かを隠している。言えない事なのか)


 ……人に話せば、アリス殿の命はないと、何者かに脅されているのか? 「言うことを聞けば、娘の命だけは助けてやる」と言われたら、何があろうと口を割らないだろう。

 これ以上は、時間の無駄だ。


「捜索にあたります。失礼!」


 走りながらペンダントを握り、指輪の場所を探った。どうやら、特定の場所で止まっているようだが、ここなら目を閉じても行ける。

 馬に飛び乗ると、行き先を告げた。

 

「学園だ。急いでくれ。最悪の事態は回避せねば」


 俺は、一つの仮説を立てた。

 彼女の部屋に何者かが侵入し、彼女を誘拐した。

 そいつは、家族に口止めした後、怯えるアリス殿とともに、学園へ侵入する。ギルツ家の従者にふんすれば、怪しまれる事はない。

 奴らの狙いは、王侯貴族の子どもたちだ。


(彼らを人質にされたら、非常に厄介な事になる)


 人質の安全を最優先にするのは当たり前だし、誰の命も等しく大切だ。

 だが、未来の王になられる、王女殿下も在籍していることは、絶対に無視できない。

 国家を揺るがすクーデターや内乱、他国の陰謀など、考え始めたらキリがない。下手をすれば、大勢の人が命を落とし、国が崩壊してしまう。


 (俺の悪い癖だ。常に、最悪の事態を想定して動く)


 杞憂きゆうであって欲しいが、アリス殿の無事を確認するまでは、とても安心できない。


「頼むから、間に合ってくれ」


 彼女の無事を祈りながら、俺は全力で馬を走らせた。

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