第2話 素晴らしい思いつき

「婚約の証だ。遠慮なく受け取れ」


 もらえる物はいただくけれど、「戦利品だ、持って行け」みたいに言われましても、どう反応していいか困る。

 それに、求めてはいないが、もう少しムードとか、接し方とか、甘くしようとは思わないのか。求めてはいないけれど。


「……ありがとうございます。勉強不足で指輪も必要とは存じ上げませんでした。私も、ご用意いたします」


 婚約は、誓約書にサインして終わりかと思っていたのに、面倒だ。宝石商を手配しなくてはならない。


「いや、俺には贈らなくていい。仕事中は、つけられないからな」 


 それもそうだ。剣を握る時に邪魔になるだろう。


「それでは、他の物を贈らせてください。観劇や演奏会でも結構です。私が個人的に提供できることもありますから、ご検討ください」


「……考えておく」


 あごに手をやり、何やら難しい顔をしてしまった。余計なことを提案して、悩ませてしまっただろうか。

 欲しい物は自分で買える人だから、手作りの方が喜ぶかもしれない。私の作った物など欲しくはないだろうが、誠意は見せよう。


「何でもいたしますわ」


 ハンカチに刺繍ししゅうしてもいいし、楽器の演奏もそれなりにできる。指輪とは釣り合いが取れないかもしれないが、そもそも私のすることに、そこまでの価値はない。


「……っ!」


「お顔が赤いようですが、具合でも?」


「な、何もない! 君は、言葉の遣い方を学ぶべきだ!」


 怒られてしまった。模範的な淑女を演じているのに、何が不満なのだろう。

 動揺する彼を制するかのように、ドアがノックされた。


「失礼いたします。ソフィです。お呼びでしょうか」


(呼びましたとも!)


 鈴のような声がして、妹が現れた。十五歳になるソフィは、知識も教養もあり、人付き合いも上手なので学内の人気も高い。


「来てくれて嬉しいわ。一緒にお茶をしない?」


「よろしいのですか? お邪魔になるのでは?」


「いや、ソフィ嬢がいてくれると助かる」


 落ち着きを取り戻したラウル様は、まるで別人のように、優しくソフィに話しかけた。毎度のことだが、あからさまに態度が違う。

 初めの頃は傷付いたりもしたが、もう慣れた。婚約者だからといって、良い関係を築いていけると、安易に考えていた私が愚かなのだ。期待しなければ、苦しむこともない。


 そう、私は、彼に愛されることを諦めた。


 こうやって物思いに耽っている間も、ラウル様は絶好調だ。人気の芝居や、本の話題を次々に繰り出し、ソフィを喜ばせている。私はそれを眺めているだけ。彼は、妹と話すために来ているようだ。


(……ああ、ソフィがお目当てだったのね)


 そんな気はしていたのだが、この時、ハッキリと分かった。未来の旦那様が、妹に懸想そけうするのはショックではあるが、行動の謎も解けた。


(それなら、婚約者を交代すればいいのに)


 彼が求めているのは婿という立場なのだから、このまま無理に話を推し進めるより、妹に鞍替くらがえしたほうがよいのではないか。


(……それ、いいんじゃない!?)


 その瞬間、無数の花びらが頭の中を舞い散り、精霊のコーラスが聴こえるような幸福感に包まれた。

 このような気付きを得るとは、神のお導きに違いない。やはり、神殿にすがったのは間違いではなかった。うまくいけば、私の幸せな結婚も夢ではないかもしれない。


「先ほどから様子がおかしいが、どうかしたか?」


 貴族令嬢のたしなみで、表情は変えていないのに、変なところで勘が鋭いのだから侮れない。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。体調が優れないようですので、中座してもよろしいでしょうか」


「仕方がないな。部屋まで送ろう」

 

 残念そうな顔をして立ち上がるが、親切な姿をソフィに見せて、好感度をあげようという魂胆こんたんだろう。

 だが、これ以上、彼の毒を浴びると、本当に具合が悪くなるから勘弁して欲しい。


「ナタリーがおりますので、お構いなく。ソフィ、私の代わりにお相手して差し上げて」


「はい、お姉様」


 早く作戦を練りたくて、有頂天で立ち上がった瞬間、バランスを崩してしまった。


「あっ」


(しまった、調子に乗りすぎた!)


 高価なティーセットに激突してしまうと目を閉じたとき、柔らかい物に受け止められた。


「危なかったな」


 恐る恐る目を開くと、ラウル様の胸がある。何ということだ、抱きしめられているではないか。殿方に免疫のない私は、気絶できる自信があるぞ。


「歩くのは無理だ。俺が運ぼう」


「……お構いなく。一人で歩けます」


(と言っているのに、おい)


 人の話を聞かない彼は、私をお姫様抱っこすると、ゆっくりと歩き出した。振動を与えないようにという、気遣いを感じる。


「重くてすみません」


「全くだ。俺の首に手を回してくれ」


「は、はい」


 確かに、私から抱きつけば安定するだろうが、密着度が、ものすごいことになってしまうので躊躇ちゅうちょする。

 無駄に美しいお顔が近いし、ラウル様に私の鼻息が当たるのは恥ずかしい。しかし、部屋まで息を止めたら、天国の門を叩いてしまう。


「どうした?」


 挙動不審の私に気付いた彼が顔を近付けようとするから、咄嗟とっさに両手で顔を覆う。


「すみません。こういうこと、初めてで、その、どのようにすればよいのか、困惑しております」


 その瞬間、ラウル様の腕に力が入ったのが分かった。そっと指の間から見上げると、顔を真っ赤にしている。


「……そのままでいい」  


 そう言うと、さらに速度を落として、部屋に送ってくれた。

 行動のおかしな私を見て、幻滅させたかもしれないが、そもそも好感度がゼロなのだ。失う物は何もない。


*~*~*~*~


 ラウル様は、あの後、すぐに帰られたとナタリーが教えてくれた。

 ソフィと親交を深めるチャンスだったのに、もったいないことをする人だ。まあ、そんなことはどうでもいいが。

 婚約者チェンジの可能性を見出した私は、得意の妄想力を爆発させることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る