婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

第1話 婚約者は毒舌家


「会話がここまで弾まないとは、逆に面白いな」


 昼下がりの応接室で、婚約者殿はいつものように悪態をつく。


(文句を言うくらいなら、会いに来てくれなくてもいいのに)


 ある日、降って沸いたように現れた婚約者。親たちの間で、どういった取引があったのか、おおよその察しがつく。

 とても友好的とは思えない彼の態度からも、ギルツ家は弱みを握られているのだろう。お父様は領地経営のできる人だが、もしや、新規開拓した分野が失敗して、多額の損失を出したのかもしれない。彼は二十歳で私は十七歳だから、歳の差のも申し分ない相手だと、両家も納得したのだろう。


 (それなら仕方ないな)


 婚約者の変更を要求したら、領地の民に迷惑をかけてしまう。ここは、我慢のしどころだ。

 彼の家は新興貴族のため、口さがない連中からは、「お金儲けしかできない、成り上がり者」と蔑まれている。


(商売が上手なのはいいことなのに、変なことを言う人がいるものね。我がギルツ家には、歴史と名誉の他には何もないわよ)


 だが、一つだけ言わせてもらおう。会話とは、言葉のキャッチボールだ。

 あなたの変化球を受け取れるほど、私は上級者ではないし、あなたは私の言葉を、場外に打ち返している。私だけが悪いわけではないと思う。

 それでも、家の存続のために、心を殺して謝罪の言葉を投げる。


「ご期待に添えず、申し訳ありません」


「もともと期待などしていない」


 頭の中に快音が鳴り響く。本日、十五本目の場外打を浴び、私のダメージはハンパない。顔はいいのに、口から出る言葉は棘だらけだ。


「……左様でございますか」


 私の未来は暗い。これでも、結婚に夢見ていた時期があったのだ。

 年頃の乙女らしく神殿に足を運び、「ステキな殿方と巡り逢えますように」と祈り、御守りも購入、多額のお布施だってした。

 それにも関わらず、借金ために犠牲にならねばならぬとは、やはり神はいないらしい。


(いかん、話すことがないわ)


 二人の間に静寂が訪れた。いつもより早いが、困ったときの切り札を、ここで使わせてもらおう。


「……妹を呼びましょうか」


「そうだな。妹君は、快活で機転が効き、話が上手い」


 肯定するとは、素直なお人だ。心なしか、頬が緩んで嬉しそうにしている。次回があるならば、最初から妹を同席させよう。


「ナタリー、ラウル様がご所望よ。ソフィを呼んできて頂戴」


「はい、お嬢様。かしこまりました」


 丁寧にお辞儀をしてから、メイドが退室した。二人きりになると、部屋の空気がさらに重い。このままでは窒息してしまうので、息のあるうちに逃げることにする。


「他のメイドを呼んで参ります」


「席を立つは必要はない。呼び鈴を鳴らせばよいだろう」


 気付かれた。さすがは貴族子息と褒めたいところだが、どうか見逃して欲しい。新鮮な空気を吸わないと、どうにかなりそうだ。


「それよりも、手を出せ」

 

 素直に両手を出したら、ものすごい顔をされてしまった。


「察しが悪いな。左の手を出せと言っている」


 それなら、最初から左手を指定してくれればよいのだが、黙って笑っておく。


「サイズはいいな」


 彼のしたいことが終わったらしい。私に話しかけているのか、独り言なのか、分かりづらくて困る。いちいち確認するのが面倒なので、明確でないものはスルーだ。

 先ほどまではなかった重みを感じて左手を見ると、薬指に美しい指輪がはめられていた。


(えーと、ナニコレ)


「なんだ、喜びのあまり声も出ないのか」


「……あの、これは?」


「婚約の証だ。遠慮なく受け取れ」


 心なしか、彼が照れているように見えた。

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