第3話 思わぬ反応

 待ちに待った朝が来た。

 ノックの音が聞こえたら、居ても立っても居られない。開くドアに向かって駆け寄った。


「おはよう! ナタリー、聞いて! 私の天才的な作戦を!」


「おはようございます。お嬢様、今更ですが、はしたのうございます」


 乳姉妹の彼女は、何があっても私の味方をしてくれるので信頼している。素の私を知る、数少ない心の友だ。


「本当に今更よね! 諦めて頂戴ちょうだい!」


「自室ですから大目に見ましょう。さて、今度はどんな悪巧わるだくみでございますか」


 なぜそう思う。

 今までの悪戯いたずらとは違うから、話を聞いて欲しい。


「みんなが幸せになれる、いい方法を思い付いたの」


 嬉々ききとして計画を話すと、ナタリーは徐々に表情を曇らせ、最後には、残念な物を見るような目をして、頭を抱えてしまった。


「どうしたの? てっきり同意してくれると思ったのに」 


 期待した反応がもらえなかったので、拍子抜けする。


「お嬢様。お嬢様の良いところは、素直な性格でございます。そして、お嬢様の直すべきところは、心の機微きびうといことと存じます」


 小言が始まったので、学校に行く支度したくをする。ナタリーの苦言は聞き慣れているので、適当に受け流す技術は身に付いているのだ。


「もう一度、曇りなきまなこでラウル様をご覧くださいませ。その計画は、白紙に戻すべきです。皆様の心の平穏のためにも、他言無用でお願いいたします」


「えー、もう遅いよ」


 顔を洗いながら、会話をする。


「は?」


「昨夜のうちに手紙を送ったの。次の婚約者を早く見つけなくちゃいかないし」


「ど、どちらへ?」


「ローズと、レオン。彼らは交友関係が豊富だから、いい相手を見繕みつくろってくれると思うの」


「な、なんてこと! 旦那様と奥様にお知らせしなくては! お二人へも、使者を送らねばなりません!」


「やだなあ、大袈裟おおげさだよ。それより、学園に行く準備をしましょ」


 タオルで顔を拭きながら振り向くと、彼女の姿はなかった。


「え?」


 その代わりに、階下では大騒ぎとなり、複数の馬が駆けて行く。


「わお」


 廊下も騒がしくなった。あの荒々しい足音は、怒り狂ったお父様に違いない。


(お友だちに手紙を書くことが、そんなにいけないことかしら)


 念のため部屋に鍵をかけ、大型家具で出入口をふさぐ。これでも心許こころもとないが、時間稼ぎにはなるだろう。

 すると、ドアを叩く音がした。


「アリス! ここを開けろ! 何を考えているのだ! 自分のしたことが分かっているのか!」


 お説教からの監禁コースが、脳裏をよぎる。


(こりゃだめだ。すぐに逃げよう)


 今は何を言っても無駄なので、お父様とは冷却期間をおこう。

 私は、学園に避難することにした。制服は自分で着られるけれど、髪は下ろしていくしかないな。


「そーれ」


 テラスからカバンを放り投げると、近くの木に飛び移り、いつものようにスルスルと降りる。


「見よ! 熟練の脱走術を!」


 と言ったところで誰もいない。私には魔力がほとんどないけれど、運動神経には自信がある。

 周囲を見渡し、誰もいないのを確認してから、スキップで馬屋に向かう。


「ソレイユ、おはよう。今日は、あなたにお願いするわ」


 いつも通学には馬車を利用するのだが、御者は父の味方なので頼むことはできない。歩くには距離があるから馬で向かう。


(まあ、夕方になれば落ち着くでしょ)


「行くわよ!」


 愛馬ソレイユに乗り、学園へ向かって駆け出した。


*~*~*~*~


「ごきげんよう」


「ごきげんよう、アリス様。今日はお一人ですか?」


「ええ。所用がありまして、いつもより早く登校しましたの」


 学友と挨拶を交わし、用事があるからと中庭へ向かう。そこにある東屋の椅子に座ると、カバンの中からパンを取り出した。


「ここのパン、久しぶりだわ」


 たまに街を散策しているから、美味しいパン屋さんも知っている。帰りには、お菓子屋さんにも寄ろうかな。


(大人しくなんて、していられないもんね)


 私の貴族令嬢らしからぬたくましさは、ご先祖さま譲りだ。ギルツ家の初代当主は、超人的な強さで国を救った英雄として、教科書にも記載されている。

 そのおかげで、小さい頃からお母様に、戦いのスキルを叩き込まれた。お父様はそれが気に入らないようで、淑女教育を押し付けてきたが、血には逆らえない。


「アリス?」


 我が家が『建国の剣』と言われるように、『建国の盾』と呼ばれる家がある。守りの戦術で人々を救った、もう一人の英雄がいた。

 朝日を背に現れた彼が、その末裔まつえい


「やっぱり、ここにいた」


「レオン、よく分かったわね」


「君のことなら大抵たいていのことは分かるよ。でも、昨夜の手紙には驚いたな」


「お騒がせして、ごめんなさい」


「いや、それはいい」


 彼は向かいの椅子に座ると、じっと私を見た。いつになく真剣な眼差しに、心を見透かされるようで落ち着かない。

 呑気のんきにパンを食べている場合ではないのだろうか。


「本気なの?」


「手紙のことなら本気よ。ラウル様は、私よりもソフィをお望みだわ」


「それは、本当? 君の思い違いではない?」


「やけに食い下がるわね。間違いないわ」


「では、その指輪は何?」


「ああ、婚約のあかしとか」


「ものすごい魔力を感じるよ。複数の魔法を重ねているみたいだ。どんな魔法かは分からないけれど、君に強く執着していることだけは分かる」


(げげっ! なんて物をくれるのよ)


 ラウル様には、そこまでの魔力はなかったはずだから、外注したはずだ。かかった金額を想像すると、婿になりたいという意思の強さを感じる。


「私というより、ギルツ家への熱意なのでは……」


 用意するのは大変かもしれないが、ソフィにも同じ物をくれるだろうか。私のお下がりでは、かわいそうだ。


「君の認識は関係ない。事実を見るんだ。本気で婚約を解消したいのなら、友として協力しよう。ただし、その前に、もう一度ラウル様と向き合うべきだよ」


「……レオン」


 正論で諭されてしまった。

 確かに、体調が悪いと言った(仮病の)私を気遣ってくれたのだから、ラウル様は悪い人ではないとは思う。私限定で冷たいだけで、ソフィには優しく紳士的だ。


「そうね」


 今更、ラウル様と腹を割って話す気はないが、いきなり婚約者が代わったら妹が戸惑うだろう。

 私からバトンタッチすると言えば、心の準備もできるし、罪悪感にさいなまれることはない。ラウル様に願い出るより先に、妹と話をつけなくては。


「ありがとう、レオン。禍根かこんなくソフィに引き継ぐために、最大限の努力をするわ」


 思い立ったら、すぐ行動。

 私は、ソフィの教室に向かうことにした。


「えっ、ちょ、違っ、待って!」


 後ろでレオンの声がするけれど、話はもう終わったので問題ない。

 令嬢モードと素の振り幅が、私ほど大きくない妹なら、きっと彼と上手くやるはずだ。

 せめてものお詫びとして、家督は妹に譲り、私はお嫁に行こう。


(今度こそ、優しい人と婚約できるかもしれない)


 夢は膨らむばかりだった。

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