まじかる・めいきんぐ・わーるど・ひゅーまんどらま

@mole_mole

ぷろろーぐ【魔法、または哲学】

「貴方は“魔法”が世界を破壊することを、信じますか?」


 控えめな化粧をした女性が私にマイクを向ける。後ろに陣取ったカメラには、民放で絶賛放映中のニュースとバラエティの狭間を突く人気番組のタイトルがご丁寧に印字されていた。

 五年前ならこんな話題、一笑に付されてもう二度と大衆の目に映らないところだが、あの“異形の化物”が東京に現れてからは少々事情が変わってくる。

皆が『魔法』を、『魔法少女』や『魔法少年』の存在を、真剣に考えるようになった。そして、私みたいな若輩者でさえ評論家としての役柄が与えられるようになったのも、ひとえにあの化物のせいであると言っていいだろう。


 といってこのテレビ番組…否、近頃のマスメディアが我々に求める解は既に決まっている。私は僅かに口角を上げて、『冗談みたいなことを本気で言う人に向けた失笑混じりの呆れ顔』を作りながら言ってやるのだ。


「信じません。きっと今回の“異形騒ぎ”も、一種の社会現象みたいなものかなって思います。以前も“怪物”のせいで社会が混乱する事は少なからずありましたからね。

まあ…あたしみたいな立場がこういう意見で良いのかって言われたら、ちょっと迷うところですけど」

「そうですか…ですが“怪物”は、日本のみならず諸外国にまで打撃を与えられているという意見もあります。その点に関してはどのようにお考えを?」


「ああ…そうですね、確かにあの“怪物”による被害を受けている人はいらっしゃると思います。ですがそれは“怪物”が直接的な原因ではなく、“怪物”に対する慢心的な不安がいわゆるうつの様な状態を作ってしまっているのではないでしょうか」


「なるほど。では、“怪物”自体にはなんの害もない、と?」

「ええ。そうですね」


 念押しの意味も込め目線を上げると、女性は満足したようで頻りに頷いていた。よし、不審がる様子は無い。

 これで“怪物”の脅威に不安を抱く可哀想な人間は減った筈だ。インフルエンサーとしての利点はこういう時こそ活かすのだと、“怪物”のお陰で気付くことが出来た。


「“魔法研究委員会”、MIOの鶯谷天さんにお越しいただきました。今日はありがとうございました」

「ええ、お役に立てたなら幸いです」


 満足した顔で取材班は引き上げていった。ひとりになった部屋の窓を開けて、外の景色を眺める。


 晴れ渡った空、辺りにそびえ立つ高級ビル群。その隙間を縫うように窮屈そうに埋められた“それ”は、一目見ただけでも強烈な異彩を放っていた。

土色の、雲すら突き抜ける巨大な樹。本来は樹液が出る筈の場所からもこもこと黒い塊が大量に現れ、人々の暮らしを監視するかのように幹に張り付いてじっとしている。


“怪物”。そんな字名がつくのも無理はなかった。

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