大人になったら
「星!遅かったねぇ〜!何してたの〜!」
教室に戻ると恋と花が心配そうに駆け寄ってきてくれた。
「ちょっと、図書館に行ってて!」
「そうなんだぁ〜!じゃあ今度は、私も行く〜!」
花が満面の笑みで笑って、私の腕を抱き抱えた。
「あのさ、さっき続き聞けなかったから、今度は花ちゃんと恋が好きなKPOPアイドルの話詳しく聞かせて!」
「うん!もちろん!その代わり星ちゃんの好きなことについても聞かせてね!」
「そうそう!星の好きな音楽とか!」
思わぬ言葉に私は、心のモヤモヤしたホコリみたいなものが掃除された気分がした。これは、空先輩のおかげでもあるのか。空先輩にありがとうと心の中で呟いた。
それから、私は、週に2回ぐらい2人には図書館に行くと言って空先輩のところに行った。先輩はいつも「いらっしゃい。何にする?」とカフェの店員のように私を迎えてくれる。私は、ハマっている歌や好きな歌を弾き語りしてもらった。ヒゲダンもマカロニえんぴつもbacknumberもあいみょんも彼が歌うといい意味で彼の歌になる。歌詞の言葉一つ一つが心にストレートに刺さって、時間が止まればいいのにとドラマの主人公のような気持ちになる。空先輩は、私よりも少し高いが全体的に線が細いが、それがまた彼の魅力を生み出している。ギターの弦をなぞる指は、細くて、昔のローマの人が彫った彫刻のように美しかった。ギターも上手いが、私は、彼の声が好き。歌う時になると少し高い彼の声は、少し儚さを感じる。ずっと聴いていられる。彼の弾き語りを聞いて、今日も教室に戻った。
「ねえ、星〜!今日さ、放課後、進路の紙、先生のとこに出しに行かない?」
恋が進路希望調査の紙を持っていた。締切は、明日までのこの紙。私は、1文字もかけていなかった。
「まだ、書いてないから、ごめん!」
「OK!進路指導室っていくの怖くない?」
恋のマシンガントークが始まった。私は、適当に反応したが、この紙に何を書こうか迷っていた。進学校であるこの学校は、大学に行く子がほとんどで私も大学に進学するつもりでいる。でも、なにかに行けばいいのか、決まっていない。恋は、体育の先生になるために地元の教育学部に行くそうだ。花ちゃんは、ファッション関係に進むために都会の大学のデザイン科に行く。しかし、私には、夢がない。小さい頃は、花屋とかケーキ屋とかあったが、大きくなっていくにつれて、夢を見なくなった。今の私は、子供のままでいたい。
次の日、いつものように空先輩のところに行った。進路希望調査の紙は、白紙のままだ。
「空先輩は、進路どうするんですか?音楽やるんですか?」
「僕?うーん。音楽は、やらないかなぁ」
いつもは、センターで分けているのに今日は、セットしていない少し長めの前髪を首を横に振って目にかからないようにしている。かっこいい。純粋にかっこいい。
「まぁ、親は別に何やってもいいよって言われてんだけど、いろいろ迷惑かけたし、大学は経済学部に行って、一般企業に就職するつもり。まぁ、趣味程度に音楽はやりたいけどね」
迷惑かけたって、空先輩が?そんなふうには、見えない。こんな息子、私も欲しいぐらい。
「私、やりたいことが見つからなくて。趣味とか特技とか特にないし」
「そっかぁ。まあ、俺も別に夢とかないから、あんまり参考にならないかもしれないけど、別に今決めなくてもいいと思うけどね。17歳だもん。まだ」
空先輩が言ってくれた言葉は、いつも安心する。空先輩は、前髪をかきあげて、こっちを見て笑った。
「でも、学部とか決めなきゃだよねぇ。進路相談は俺にするな笑!友達に聞いてみたら?」
照れながら喋っていた先輩の笑顔に少し心が軽くなった。空先輩の言葉は、心を包むような、暗い部分を拭いてくれるような感じがする。ありきたりな言葉でじゃなくて、空先輩にしか出せない言葉だ。
「ありがとうございます。聞いてみます。」
「まぁ、1個言うなら、星ちゃんって、一緒にいると安心感があるって言うか、なんていうか落ち着くんだよね。それって多分、星ちゃんにしか出せないと思う」
珍しく照れた先輩がギターを持ち直した。私も嬉しくて、でも恥ずかしくて窓の外を見た。彼はHYの『366日』を弾いた。
「ねぇねぇ、実は、進路の紙まだ出てないんだよね〜」
私は、花ちゃんの席で喋っている2人に相談した。
「そっかぁ〜。ていうか、まだ17の私たちに将来のこと決めろって無理な話なんだよ。まだ子供だよ〜!」
「だよねぇ、でも星ちゃんって、一緒にいて落ち着くし、話しててもしっかり聞いてくれるし。まだ決めてなくても絶対合う仕事見つかると思うけどね」
「うん!それはある!心理カウンセラーとか」
空先輩と同じことを言っている2人に私は、心が温かくなった。正直、自分には特技も趣味もないから、花ちゃんも恋も空先輩も羨ましかった。今、自分のことがちょっと好きになった。自分では見えていないことも周りの人にはちゃんと見えてるんだなぁ。空先輩がいなかったら、気付かなかった。私は、2人にありがとうっと言って、自分の席に戻ろうとしたら、恋が私の前に立ち塞がった。
「なんか隠していることあるよねぇ?ねぇ?」
恋は私の顔を覗き込むように見てきた。花ちゃんは、ニタァっと笑ってこっちを見ている。隠し事?そんなのしてないけど?
「何?なんの事?」
「さすがに、図書館そんなに行かないでしょ?彼氏でしょ?か・れ・し!」
そういう事ね。さすがに無理あったかぁ。
私は、空先輩の話をした。2人はニヤニヤと話を聞いている。
「そんな、漫画的な展開ある?それって、音楽室のピアノ少年とか美術室の絵が上手い少年とかと同じジャンルでしょ!いいなぁ」
「星ちゃん、今度見たいなぁ。彼氏さん!」
「彼氏じゃないから!そんな、私には、もったいないぐらいの人なの!」
「へぇ〜、ですって、花センパーイ!」
「ふぅ〜ん、そうなんですねぇ〜、早くしないと旧部室の特等席が奪われちゃうよぉー」
2人は、ニヤニヤとして、自分の席に戻って行った。
空先輩は、私には、もったいないぐらいの人だ。でも彼の声とギターの音色が聴けなくなるのは、辛い。今度、好きな人いるかぐらい聞いてみよっかなぁ。いや、こういうのしたことないし!
悩みが尽きないのが女子高校生である。
「空先輩、勉強教えて欲しいんですけど」
私は、ノートと数学の問題集と筆箱をトートバッグから取り出した。
「いいよ。どの問題?」
先輩がいつも使っているベンチを机替わりにして教えて貰った。いつもより距離が近くて、勉強が頭に入らない。これは、全く意味が無い。ドラマの世界でしかこういうのを見てこなかった私は、免疫力が弱い。多分顔が赤い。バレませんように!集中!
先輩の細くて、綺麗で真っ直ぐな指で私のノートを指している。いつもは、汚く見えるノートでも先輩の指がそえられることで芸術作品のように見える。こんなこと考えていると時間が経ってしまっていた。先輩には、ありがとうございますと言って立ち上がろうとしたら、急に窓から、強い風が吹いて、ボロボロの旧部室が揺れた。上から、ボールが落ちてきて、当たる!と思った瞬間先輩が私に覆い被さるように抱き抱えて、ボールから、守ってくれた。先輩の体は、温かかった。先輩の胸の鼓動が私の耳に直に伝わってくる。
「大丈夫?」
「はい。ありがとうございます」
先輩は、焦ったような表情だった。私も少し恥ずかしくて、先輩の顔を見れなかった。
「すごい分かりやすかったです。ありがとうございました」
私は、お辞儀をして、部屋を出た。なんか、空先輩に抱きしめられて、不思議な感じがした。でも、温かいあの一瞬の感覚がまだ私の体には、残っていた。
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